第十二話 水無瀬学院新聞部
都市伝説調査の後、俺は一週間程ですでに二回、例のアンティークショップを訪ねていた。
一回目、異世界ホームを介さずに訪れたその場所は案の定別の店になっており、あの店が本当に異世界にあった事を証明する形となってしまった。
二回目、この時は部長と一緒に異世界ホームを通ってその店へ向かったのだが、そうすると、前回の事が嘘だったかのようにアンティークショップが現れ、店主の咲耶さんも変わらぬ様子でそこにいた。
つまり、部長が言うように異世界ホームは異世界へと繋がっており、あの一日の出来事は異世界で起こった出来事であるという事だ。
ここまで念を押して確認したのには、単に信じられなかった以外にも理由がある。
俺の異世界での記憶には一部欠如が出るのに対して、部長は全て覚えていられるのだ。
部長が言うには自身の記憶の一部を魔素に込めて後から回収しているらしいのだが、同じ方法を俺で試してもらった場合にはうまくいかなかった。
俺の魔素に対する感度が鈍すぎるのが原因らしく、部長の力を持ってしてもどうにもならないそうだ。
咲耶さんはというと、別れた当初と何も変わらない様子だった。
おとしごさまの件を解決してから多少明るくなった印象はそのままに、相変わらずクロエちゃんや怪しげな商品を愛でながら俺たちの相手をしてくれた。
俺たちが異世界から来ている事と、おとしごさまの魔素と偽って部長の魔素を共有している件は秘密とし、咲耶さんには話さない事に決めた。
どちらの秘密も今打ち明けるにはリスクが高く、打ち明けるのは咲耶さんが持つおとしごさまの魔素に対して何かしらの対処手段が見つかった時と決めたのだ。
そうして都市伝説編に一端の区切りをつけ、いつも通りの状態へと戻ったオカルト研究部だが、今日は珍しく来客があり、今はこうして机を囲んでいる。
「どうもどうも、新聞部の湊咲です。 本日は取材を受けて頂きありがとうございます」
湊は自己紹介を終えるや否や、俺の淹れた紅茶をせわしなく口に運ぶ。
新聞部の性らしいが、いつ見ても忙しそうだ。
肩にぎりぎり届くくらいの軽くウェーブがかかった髪型に、何もなくても楽しそうな明るい表情。
日頃、暗い色ばかりのこの部室では浮いてしまうような明るい茶色が目に痛い。
「えらく改まってるな。 俺に対しては全然気を使わないくせに」
「先輩は余計な事を言わないように。 まさか瑠璃さんが話を聞いてくれるとは思わなくて、てっきり前回の一件で呆れられているかと……」
「心底呆れはしたよ? でも、それで学んでくれたのはわかったから、もう気にしないで」
「瑠璃さん……」
感動で今にも泣きそうだ、といった顔。
一見素直でまじめな新聞部員に見えるこいつも本性は狡猾で、このキャラクターも取材を円滑に進められるように作り上げられたものだ。
この湊咲という人間については、前回新聞部より持ち込まれた呪いのアイテムの一件でそれなりに理解している。
新聞部にしても、取材係を顔で選んでいたり、記事を売るためにゴシップすれすれなネタを煽りに煽るそのスタイルが気に入らず、その件が無くても距離を置きたいくらいだ。
「で、今回はなんだ? 学校の七不思議か? 恋愛運の上がるパワースポットか?」
「そう、まさにそれ! 学校の七不思議です!」
なんとなく言ってみたものがまさか当たるとは。
それにしても、入学したての学院でいきなり七不思議探しとはどういう事だろう。
「七不思議って、水無瀬学院にそんなもんあるのか?」
「さぁ? 水無瀬学院は知りません。 今回は水無瀬第四中学校の話ですから」
「へぇ、あの中学校か」
部長が身を乗り出し、食い入るように話に入ってくる。
水無瀬第四中学校。
その名の通り水無瀬市で四つ目の公立中学校の名だが、現在は耐震工事の為、閉鎖状態になっていたはずだ。
曰くのある場所でよく聞く事故の多発や自殺などは聞いた事がないが、部長はこの中学校のどの部分が引っかかったのだろう。
「部長が知っているという事は何かあるんですか?」
「何かないと知ってちゃいけないのかい? まぁ、あるんだけど」
一度不満げな顔をしたのはなんだったのか。
すぐに得意げな顔をして、話を続ける。
「どうもあの学校、魔素に敏感な生徒や霊感のある生徒は体調を崩しやすかったみたいでね、一度専門家に調査を頼んだそうだよ」
「専門家って、国の魔素管理官にですか?」
「どうだろう。 そこまでは知らないが、その調査では何も異常がなかったとか」
「そうなんですよ。 こちらの調べでは魔素管理官はもちろん、地元のお坊さんまで呼んで徹底的に調査したのに異常がなかったらしいです。 そこで、うちの新聞部に白羽の矢が立った、って訳です」
得意げな顔をしているが、これは新聞部に、というよりは心霊研究部に、という事だろう。
新聞部の部長は心霊研究部の部長を兼任しており、興味のあるものだけを調べているらしい。
ちなみに、うちの部長とは犬猿の仲である。
「で、魔素的な調査も必要だから私の協力を得たいと?」
「さすが瑠璃さん、話が早い!」
「でも、なぜそれが七不思議の話になるんだい?」
「これも調査の結果わかった事なんですけど、あの学校で体調不良者が出始める以前に、夜の学校へ忍び込んで七不思議を調べてた生徒たちが居たそうなんです。 なので、原因を調べるついでに七不思議も記事に、っていうのが狙いなんですが一石二鳥だと思いませんか?」
「相変わらずアグレッシブだね。 で、私たちへの報酬は?」
「部長からは依頼料の折半と聞いてます。 成果次第で追加報酬も考えてるそうです」
「あいつにしてはまともな提案だね。 いいよ、興味もあるし引き受けよう」
「ありがとうございます! さっそく部長に報告してきますね!」
話が終わると湊は駆け足で部室を飛び出していく。
湊が部室へ来てから話がまとまるまでほんの十分程度。
本当に嵐のような奴だ。
「という訳で次は学校の七不思議だ。 追って詳細は伝えるから、君も準備をしておくといいよ」
「わかりました。 霊的な準備で良いですか?」
「いや、遊びに行くくらいで良いと思うよ。 あいつは嫌いだが有能だからね」
心霊研究部とオカルト研究部でそりが合わないのはわかるが、これだけ毛嫌いされているんだから何かしらあるのだろう。
名前を出すだけでも雰囲気がピリつきとても聞けたものじゃないが、いつかは聞いてみたいものだ。
こうしてオカルト研究部にとっては貴重な来客が去り、部室にいつも通りの落ち着いた雰囲気が戻ってくる。
窓からは暖かな日の光が差し込んでおり、本格的な春の訪れを感じさせていた。




