第十一話 都市伝説の真偽
その後、店主と俺たちはすっかり仲良くなってしまい、依頼料という名目で晩ご飯までご馳走になってしまった。
近くのレストランで食事を取って談笑した後、またアンティークショップへと戻り、再度テーブルを囲んで話に花を咲かせている。
話題としては魔素に関すること、商品に関すること、別の都市伝説に関することなどで、部長が俺以外とここまで楽しそうに話しているのを初めて見た。
かくいう俺にとっても興味深い話が多く、気が付くと随分時間が経っていた。
「まさかこんなに気が合うなんて、初めて会った時は天敵だと思ったのに」
「あながち間違ってもないかもね。 私たちだけで会ってたら話もしなかっただろう?」
「そうね、瑠璃ちゃんは周りの物を怖がらせちゃうから」
「悪意はないんだけど、魔素が溢れるのは私にとっても課題なんだ」
ランプに照らされた店内はとても幻想的で、それぞれ違うパターンで光るランプたちは星の光のようにも見える。
その光に照らされた瓶から中の液体に応じた色の影が映し出され、暗い木目の床が鮮やかに彩られていた。
こんなに綺麗な店なら、今後も頻繁に顔を見せても良いかも知れない。
「さて、じゃあそろそろ本当にお暇しようかな」
「本当に? 泊まっていってくれても良いのに」
「いや、流石に泊まるのはまずいし、あんまり遅いと両親に心配されちゃうからね」
「そっか、渉君とのおでかけで一泊は確かにまずいかも」
「うちに挨拶に来てくれたら良いんだけどね」
にやりと笑う二人を無視し、手元の携帯で時間を確認する。
時計は夜の八時を示していた。
「じゃあまた遊びに来てね」
「また近々遊びに来るよ。 その時はまた都市伝説の話をしよう」
「では、お邪魔しました」
店主に見送られ、店を後にして駅の方へ歩き始める。
すっかり上機嫌になった部長は手を後ろに組んで楽し気に道を進んで行く。
夜もやはりまだ寒く、春の暖かい気温が恋しくなってくる。
「今日は良いデートになったね」
「そういえばデートでしたね、これ」
「ああそうだよ。 おとしごさまの件で依頼っぽくなってしまったけどね」
「普段の依頼より依頼らしい内容でしたね」
「ここ最近は当たりが多くて困るよ。 いっそ二人で旅行にでも行くかい?」
「旅行先でも都市伝説を探すんでしょう?」
「君が一日中見張っててくれるならオカルトを忘れられるかもね」
「はいはい、電車に間に合いませんよ」
逃避行とかあこがれるんだけどなぁ、とふざける部長を追い抜いて駅への道を急ぐ。
特に予定があるわけではないが、上機嫌の部長と関わっているとこちらが疲れてしまう。
駅への道を半分ほど過ぎたくらいで部長の足が止まる。
視線の先にはほかほかと湯気を立てたクリームまんの出店があった。
「せっかくだから食べてみよう。 地元の名物ってあんまり食べる機会がないだろう?」
中華風の饅頭にバニラたっぷりのカスタードクリームを詰めた物で、水無瀬市の名物とされているクリームまん。
CMが流れていたり耳にする機会は多いのだが、言われてみるとちゃんとした物を食べた事はなかった。
「クリームまん二つください」
「はい、クリームまん二つ。 箱にお入れしますか?」
「いや、ここで食べるからそのままで」
「はい、お待たせしました!」
部長は返事を待たず注文し、二つのクリームまんを手に嬉しそうに駆け寄ってくる。
夜ご飯も十分食べていたはずなのだが、この部長はどれだけ食べるつもりなんだろう。
「はい、君の分。 記念になるから食べておくと良いよ」
「ありがとうございます」
とはいえ、こうして寒空の下湯気をたてるクリームまんの誘惑には抗えず、ありがたく頂く事とした。
「なかなか重いけどおいしいね」
「そうですね、正直みくびってました」
バニラが多めな分甘さは抑えられており、量の割にはあっさり食べられる。
温かい状態で食べているのもあってバニラの香りが強く、皮がシンプルなだけにカスタードクリームがかなり強く感じられた。
「ふぅ、寒い中食べる肉まん系ってなんでこんなに美味しいんだろうね」
「寒い時期の風物詩みたいなところありますよね」
「コンビニの肉まん系でどれが一番美味しいかも調査しようか」
「オカルトはどこに行ったんですか」
「たまにはオカルトを忘れても良いんじゃないかな?」
「旅先で肉まんを食べるのが一番良さそうですね」
冗談だよ冗談、とふざけ合ってはいるが、部長の言った一時的にオカルトを忘れる、という点については賛成だ。
初めの一年の内に受けた依頼は大した事ないものが多く、怪異と直接対面するような依頼は数えるほどしかなかった。
それが今年度はすでに二回と、ペースとしてはかなりハイペースだ。
これがこの先も続くとなると、部長や俺の体に何かしら異変が起きてもおかしくない。
「ちゃんと休んでくださいね」
「うん? 十分休めているよ? 君の方こそ無理はしないようにね」
「お互い気を付けましょう」
部長は嬉しそうに笑うと俺の手を取り、そのまま駅の方へ向かって歩き出す。
こんな街中で手を繋いで歩くのは恥ずかしいのだが、デートというのならこれも普通のことなのかもしれない。
そうして歩き続け、俺たちは駅に着いた。
駅前は相変わらず混雑していて、様々な人が足早に通り過ぎて行く。
「帰りは同じ電車で帰ろうか」
「中央線ですか?」
「ああ、左回りで三駅。 君は?」
「最寄りではないですが同じ駅でいけそうです」
「駅までは車だろう? だったら私が君に合わせるよ」
「じゃあ一駅後の水無瀬公園駅で降りましょう。 そこからは僕が車で送ります」
「ありがとう。 一番近い電車は……九時発だね」
「少し時間がありますけどホームで待ちますか?」
「そうだね、帰る前にもう少し君と話して居たいし、ホームで座って話そうか」
二人分の切符を買い、水無瀬駅構内へと入る。
行きかう人はほとんどが中央線を利用するようで、遠目に見ても中央線ホームに人だかりが出来ているのがわかる。
「一つ聞きたいんだけど、咲耶さんについてどう思う?」
「どうしたんですか急に」
「今聞きたいんだ。 なんでもいいから話してよ」
突然どうしたのだろう。
あれだけ一緒に話していたのに今さら何が聞きたいというのか。
なんでもいいから、と言われるとよけいに考えてしまう。
「嘘をついてはいけないよ」
何気なく握られていた部長の手が別の意味を持ち始める。
嘘をついているかどうかは魔素を通してわかるらしく、部長に手を握られている状態は噓発見器に繋がれているのと同じだ。
ここまでして、本当に何が聞きたいんだろう。
「彼女に好意は抱いているかい?」
「はい、ペンダントも貰いましたし、悪い人ではなかったですし……」
「そういう意味ではなくて、異性として、だよ」
「はい?」
突然なにを言い出すのか。
思ってもみない質問に思わず焦り、手からは汗がにじみ出てしまう。
こんな状態の手を握っていて、部長は嫌じゃないだろうか。
「嘘は通用しないからね、ほら、答えて」
「異性として、なんて意識してませんでした。 あくまで友達としての好意だと思います」
「そうかい? その割には楽しそうにしていたけど」
「それは話の内容が面白かったからで、特別な意味はありません」
部長が俺の手を引いて歩き始める。
電車の時間が近いのだろう。
「憧れや羨望に近い感情が見られるけど、これはなんだい?」
「たぶん、ああいう店や商品に対しての感情です。 古い物や歴史のある物には惹かれるところがあるので」
「へぇ、ペンダントに対して思うところは?」
部長の声はいつもと比べて冷たく、進行方向を向いたまま話しているのに一言一言が脳に直接響いてくるように感じる。
「便利で、ありがたいとは思います」
電車の通る音で視線を一瞬上げる。
上げようとしたのだが部長の背中を見る事ができず、そのまま視線を落とす。
詳しい理由は無いのだが、何故か部長を見る事ができない。
しばらく無言のまま歩いた後、横に並ぶ形でベンチに座る。
部長は片手で握っていた俺の手を両手で包み、下から覗き込むように視線を合わせてくる。
「ここからは目を離さないで答えてほしい」
「わかりました」
妖しい光は感じないものの、全てを見透かすような視線はそのままだ。
俺の魔素に触れた影響なのか、薄いグレーの瞳は銀色になっている。
「咲耶さんと私なら、どちらを選ぶ?」
どういう意図があるのだろう。
今までの流れから察するに異性として、という話だと思うのだが、なぜあの店主の話となるとここまで真剣になるのだろう。
学院内でも新聞部の後輩であったり、同級生とのグループワークであったり、他の女性と親し気にしていたことは幾度かあり、それに関しては何も言ってこなかったのに。
「それは……部長です」
「後悔はないかい?」
「はい」
それを聞くと部長はにっこりと笑って俺の両手を離す。
特に悪い事はしていないのだが、まるで警察の事情聴取を受けたかのように疲れてしまった。
「もうすぐだよ。 三、二、一」
零。
体のすぐ横を風が吹き抜けて行き、その強さに一瞬目を閉じてしまう。
風が止んだ頃、ゆっくりと目を開くと、そこは北東線のホームだった。
「おかえり」
にこやかな部長はそう言うと、また俺の手を両手で包んだ。
「どういう事ですか?」
「九時九分発の異世界電車、覚えているかい?」
「そりゃ覚えてますけど」
「君は今それで異世界から帰って来たんだよ」
「はい?」
一体何を言っているのか。
周りの風景も変わらなければ肌寒さも変わらず、あたりには何一つ変わった様子がない。
これも部長の悪い冗談だろうか。
「何を言って……」
「あのアンティークショップの名前と店主の名前、憶えているかい?」
「え……?」
アンティークショップを見た記憶とそこで起きた事の記憶、貰ったペンダントの事も覚えているのだが、店の細かな外観と名前、それに、店主の顔と名前が思い出せない。
これは、どういう事だろう。
「異世界と現実が大きく違う訳ではないという事だね。 今回は私も良い勉強になったよ」
「え、じゃあ異世界ホームは本物で、今日の出来事は全て異世界の?」
「そうなるね。 あのイタリア料理店もアンティークショップも、全てこちらの世界とは微妙に異なるはずだよ」
にわかには信じられない。
今すぐにでも様子を見に行きたいくらいだ。
「そんな、また悪い冗談じゃ」
「ここに来るまでの質問だけどね。 君が動揺しそうな事をわざと聞いていたんだ」
「そんな事しなくても、事情を説明してくれたら良かったのに」
「もし君の意識がおとしごさまの魔素を消す事に向いていたら、君は全力で拒否したか、体がここへ来るのを拒んだだろうね」
「なんでそんな事……」
「あいつの魔素がそうさせるから。 魔素は意志に影響を与えるって言っただろう?」
おとしごさまの魔素。
部長とあの店主の話では害はない、ということだったが。
「害はないって」
「ああ、害はないよ。 君の分と私の分くらいなら影響を抑えることができる それに、あいつの魔素はこちらの世界へ来られないと思ったんだ」
「どうして来られないと?」
「正反対の魔素は反発しあうからね、行きに感じた神聖な魔素とあいつの魔素は間違いなく正反対だ」
「その、店主は大丈夫なんですか?」
「大丈夫。 咲耶さんには私の魔素を取り込ませてそれをあいつの魔素だと認識するようにしといたから、寂しさに悩むこともないよ」
咲耶。
全く聞きなれないその名前があの店主の名前なのだろう。
「飲んだあの人形は」
「ほとんどが私の魔素だよ。 あいつの魔素も多少は入っていたけど、あくまで咲耶さんに私の魔素を送り込むまでの時間稼ぎだ」
言われてみればそうだ。
もしあれにおとしごさまの魔素が多く含まれていたのなら、部長の髪は黒くなっていないといけない。
「……咲耶さんとはもう会えないんですか?」
「異世界電車が来ている内は会えると思うよ。 向こうの世界との繋がりも出来たし、君が望むなら可能だろう」
「じゃあ特に問題はないんですね?」
「ああ、異世界ホームのルールを守ればね」
「……わかりました」
いまいち実感が湧かないまま、部長に連れられて中央線のホームへと向かう。
ポケットの中のペンダントは全く何の反応も示さず、変わった様子は見られない。
ホームへ向かう途中、ポスターにあったデメテルストリートの名前が妙に頭に残って離れなかった。