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魔科学時代のオカルト研究部  作者: SierraSSS
都市伝説編
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第八話 おとしごさまの正体

 あの会話の後、部長は何が書かれているかわからない本や用途のわからない金属製の棒など、数点を手に取って店主から曰くを聞き、今は店内奥のテーブルで一緒にお茶を飲んでいる。

 店に入ってからどれくらいの時間が経過したのだろう。

置かれている時計は全て別々の時間を示しており、どれが正しい時間なのかわからない。

 加えて、この店の重々しい空気が時間の感覚を狂わせる。

 手元の携帯で時間を確認すると、そこには十五時と表示されていた。

 昼過ぎに店へ入ったはずだから、すでに三時間近くが経過したことになる。


 二人の放つ空気の冷たさに耐えかね、こうして店内を見て回っているわけだが、この店の狭さに対してこの商品の量ははっきり言って異常だろう。

 壁の高さと同じ両サイドの棚からは収まりきらなくなった紙類がこうべを垂れており、落ちてこないのが不思議なくらいだ。

 中央に置かれた棚やテーブルに至っては謎の液体が入った怪しげな瓶や、何を光源にしているかもわからない仄かな光を放つランプなど、まるでファンタジーの世界から飛び出してきたかのような商品が並んでいる。

 

 「君はこういうのが好きなの?」

 「うわっ! い、いえ特に好きなわけじゃないんですが」


 いつのまに隣に来ていたのか、突然店主から声を掛けられ、思わず体をびくりとさせてしまった。

 

 「このランプも魔素の力で光ってるから、君が惹かれるのもわかるな。 ランプの方が君に惹かれてるのかも知れないけど」

 

 話しているうちに気付いたのだが、この人は商品について話している時や部長と話している時など、魔素に関わる話をしている時はだいたい例の笑顔を浮かべている。

 部長がオカルトに関する話や魔素に関する話をしている時も似た表情をしているのを見るに、魔素を扱う者は感情が高ぶったりすると魔素が溢れてしまうのではないだろうか。


 「ランプの方が惹かれるとは?」

 「魔素のこもった物は人の感情で満ちてるのと同じだから。 十分な魔素と歴史があれば、ただの物が付喪神みたいになってもおかしくないでしょ?」

 

 魔素に触れる事で発光する性質を利用した水晶ランプであったり、魔素の性質が個人個人で異なる事を利用した新たな生体認証要素としての魔素の利用は聞いたことがあったが、魔素を込められた物が付喪神になるとは。

 学院での講義はおろか、今まで受けてきた依頼の中でもそんな話は聞いたことが無い。


 「実際に動いたりはしないかもだけど、物だって懐いたり、持ち主を好き嫌いしたりはするんだから」

 「物に懐かれたり、好かれるとどうなるんですか?」

 「持ち主を守ってくれたり、悪い魔素が入って来ないようにしてくれるよ。 だから、渉君みたいな人は特に持っておくと良いかもね」

  

 そう言いながら、こちらへ小さな金属製の筒を差し出してきた。

 三センチほどの長さの恐らく真鍮製の筒で、中央はガラス張りになっていて中には何も入っていない。

 

 「これは?」

 「魔素のペンダント。 昔は水銀入れとして使われてたんだって。 お代は要らないから、また今度来た時に何か買ってね」

 「いえ、そんな頂くわけには」

 「このペンダントは私とは合わなくて。 お店にあっても危ないから、遠慮なく貰って」


 言い終わるや否や、ペンダントを両手で握らせ、そのまま包み込むように手を重ねられてしまった。 

 聞きたい事は色々あるのだがここまでされたら無下に断るわけにもいかない。

 それに何より、受け取らない限りペンダントを握った手が一生開かないという確信があった。

 この人の魔素がそう思わせるのか、それともペンダント自体がそうさせるのか。

 こちらを見る店主の目は妖しく光っており、蛇に睨まれたカエルのように、俺の体は動かなくなっていた。


 「あまりいじめないで貰えるかな?」

 

 店主の肩に部長の手が触れると、今まで感じていた束縛感や嫌な予感がすっと消え、動かなかった体が自由に動くようになった。

 店主の目も元に戻っており、今までの出来事が幻覚のように思えてしまう。


 「いじめだなんて、このペンダントが渉君と一緒に居たいって言うから仲を取り持っただけなのに」  

 「魔素を溢れさせながらそう言われてもねぇ。 あれじゃ押し売りや洗脳と思われても仕方ないよ」

 

 あら私ったら、と、店主は少し恥ずかしそうにしながら髪の先を指でくるくるとさせる。

 あのやりとりの裏でそんな事になっていたとは。

 魔素の見える人間からしたら、どんな状況になっていたのだろう。

 

 「まぁ少なくともそのペンダントに害はないし、お守りとして貰っておいても良いと思うよ。 中に込められた魔素も悪い人間の物じゃなさそうだ」

 「はい、では、ありがたく頂きますが、本当に代金は良いんですか?」

 「ええ、また今度来てくれるならそれだけで」

 「わかりました、また来ます」


 ふふっと笑う店主に妖しさはなく、そこに悪意があるとも思えない。

 約束通り、また近くに来ることがあれば足を運ぶこととしよう。

 手の中のペンダントは、微かに熱を発していた。


 「さて、随分長い間お邪魔してしまったけど、最後に一つ聞いてからお暇しようかな」

 「ええ、まだお茶も残っているし何でも聞いて」

 

 二人と一緒に店奥のテーブルへ座る。

 座ってから気付いたのだが、丸いテーブルの中央には六芒星のようなマークが描かれており、テーブルの縁に沿って謎の模様が刻まれている。

 何かの映画で見たのだが、これはたしか、悪魔を呼んだりする黒魔術用のテーブルではないだろうか。

 

 「はいどうぞ。 で、聞きたい事って?」


 差し出されたマグカップからは湯気が立ち昇っており、その香りからこれが緑茶であることがわかる。

 西洋人形や魔法用具のような品ぞろえからてっきり紅茶が出てくるものだと思っていたが。

 

 「このあたりで都市伝説を調べていてね。 何か良いネタはないかな?」

 「都市伝説? 珍しいものを調べてるのね」


 なんの曰くもなさそうな無地のマグカップを口に運び、緑茶を一口啜る。

 この店にあるのが不思議なくらい何の変哲もないその味はとても落ち着くものだった。


 「うーん……なんならこのお店が都市伝説だけど。 誘われた人しか入ることの出来ない魔法のお店。 噂によると、人形と魂を入れ替えられちゃうとか」

 「で、それは本当なのかい?」

 「まさか、クロエちゃんとそこらの人間とじゃ釣り合わない。 このお店が魔素的な人除けをしてるのは本当だけど」


 ここに来てから一度も他の客を見なかったのはそういう理由だったのか。

 楽しそうな雰囲気でされているとは思えない内容だが、当の本人たちはもうすっかり友達同士といった様子で会話をしている。

 

 「そういう品もたくさんあるけど、他には……やっぱりおとしごさまが有名かしら」

 「ほう、やっぱりそれになるんだね」

 「現に私も見てるから。 それに、あれは噂に聞くほど良いものじゃないだろうし」

 「へぇ、詳しく聞きたいな」

 

 店主の持っていたマグカップから立ち込めていた湯気が消え、室内の温度が若干下がる。

 もう慣れてしまったが、足元には冷たい泥が溜まり始めていた。

 

 「もう数か月前なんだけど、中央区のはずれから裏道を通って店に帰ってくる途中、道の真ん中に薄黒い煙が漂ってて、なんだろうと思ってたらそれがこっちに近づいてきたの。 それは私の魔素に触れられなかったみたいで目の前で止まったんだけど、人の悪意とか恨みみたいなのが伝わって来てね。 うわっ、って思って魔素で塗りつぶそうとしたら、その煙の中から赤黒い生き物が出てきたんだ」

 

 話の内容的には怖い話だと思うのだが語る店主はどこか楽しそうで、目にあの妖しい光が差し始める。

 この人にとって、その出来事はどういうものだったんだろう。

 

 「おとしごさまは龍神の子供だって言われてるけど、あれはたぶん膨れて破れた人間の何かだと思うな。 もうドロドロで細かくはわからないんだけど、宙に浮かぶ赤黒い塊と爛れて垂れた皮膚が龍や海の生き物に見えたんじゃないかな」


 それは本当におとしごさまなのだろうか。

 噂の内容とあまりにも違い過ぎて、それがおとしごさまであると判断できたことを疑問に思ってしまう。 

 この人は何をもってそれをおとしごさまだと判断したのだろう。

 

 「あの、なんでそれがおとしごさまだと?」

 「わからないけど、直感的にそう思ったの。 思ったというか、向こうからそう伝えてきた感じかな」

 「魔素の感じ方にも個人差があるからね。 咲耶さんの場合は普段物に籠った魔素を相手にしているから、魔素からそのものの意思や考えを汲み取れるようになったのかもしれないよ」

 「へぇ、そういうものなんですか」  

 「あぁ、ちなみに私は色とか気配とかの方が得意だよ」

 

 それが本当におとしごさまだとするなら、なぜそれが良いもののようにいう都市伝説が広まったのだろう。

 悪い人を食べる噂も、それが龍神ではなく人のなれの果てだとしたら本当に悪い人だけで済むのだろうか。

 

 「悪い人を食べるっていうのは……」

 「これも感じた事なんだけど、生贄を選んだ側の人間の事だと思う。 その子孫も含めて、復讐のために襲ってるんじゃない?」

 「だいぶたちの悪いものみたいだね。 そこまでくると無理に関わらない方が良いかな」

 「どうにかできないんですか? そんなものが居るだなんて」

 

 出来方や正体はどうあれ、そんなものが居ては被害が出てしまう。

 なんとかできるのであれば対処した方が良いに決まっている。


 「人を実際に食べているのだとしたら、放っておけばおくほど手が付けられなくなるだろうね」

 「私が会った頃はまだどうにかできそうだったけど……」

 「じゃあ、そのおとしごさまを祓って今日の調査は完了としようか。 咲耶さんにもできれば助力を頼みたいんだけど、何か役に立ちそうな物はあるかな?」

 

 それを聞いた瞬間、店主の表情がぱっと明るくなる。

 その後すぐに例の笑顔を浮かべると、奥の棚から怪しい人形を取り出した。

 赤い紐を巻いて作られたであろうその人形は何の模様もないただの人型で、特に変わったところは見られない。

 

 「これはブードゥー人形の仲間で、込められた魔素を増幅して身代わりになってくれるんだ。 これに瑠璃ちゃんの魔素を込めておとしごさまに食べさせたらきっと面白い事になるよ」

 

 店主は本当に楽しそうな顔をしていて、どうなるのか想像はできないが、恐らく、ろくなことにならないんだろうとわかった。

 受け取った部長もにやりと笑みを浮かべていて、こちらも嫌な予感をより強めている。

 

 「お代は要らないから、おとしごさまを祓ったらその人形を持って帰って来てね」

 「わかった。 協力感謝するよ。 じゃあ行こうか」

 「おとしごさまがどこに居るかはわかるんですか?」

 「この人形のおかげで探せるよ。 この人形、すでに一回使ってるね?」


 店主の目が妖しく光る。

 

 「私の身代わりに食べられたから。 その人形が居なかったら私は食べられてたかも」

 「珍しい魔素だと思っていたけど、おとしごさまの魔素を取り込んでるね?」

 「どうでしょう。 魔素の扱いは苦手だし、相性も良くなかったもの」


 にこやかに話してはいるが、お互い怪異に近いレベルまで目に妖しい光が宿っている。

 店内の泥は水かさを増し、今や俺の腰の高さまで来ていた。

 

 「まぁ詳しくは詮索しないし、正気を保ててるようだからもう聞かないよ。 ではまたいつか、近いうちに」

 「ええ、瑠璃ちゃんも渉君もまた来てね」

 「はい、また」

 

 そうして店を後にし、俺たちはふたたびデメテルガーデンへと出る。

 賑わっていた通りも落ち着きを見せ始め、日もだいぶ落ちてきていた。

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