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魔科学時代のオカルト研究部  作者: SierraSSS
都市伝説編
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第七話 魔素の特徴

 グランドツリーの根元に位置するこの地域は、看板によるとデメテルガーデンと名付けられており、グランドツリーと一緒に開発されたものらしい。

 現在もテナント誘致や開発を続けているそうで、オシャレな店の並びにはいくつか開店したてと思われる店が出来ていたり、工事途中の場所もある。

 学院生の中でも水無瀬駅周辺は人気のエリアらしいのだが、あいにく俺とはほとんど縁がなかった。

 オシャレな店がオシャレな人を呼ぶのか、通りを歩いている人たちもどこか華のある人が多く、もし部長が居なかったら近寄りもしなかっただろう。


 そんなデメテルガーデンを探索する事すでに三時間。

 その間に部長はカスタードパフェ、マルゲリータピザ、ボロネーゼひと口を平らげている。

 入った店も本屋、家具屋、雑貨屋、花屋など様々で、その全てで部長はあれこれ手に取って楽しそうにしていた。


 「早めに食事を取って正解だったね。 さっきのお店、もう行列が出来てるよ」

 

 先ほど食事を取ったイタリア料理店の前には長蛇の列が出来ており、もし今から入ろうとしていたなら、いつ食事にありつけていたかわからない。

 

 「本当に正解でしたね。 良いお店でしたけどここまで人気店だったとは」

 「あの味なら納得だよ。 次に来た時は私もパスタ系を頼もうかな」

 「いっそコース料理とかも色々食べられて良いかもしれませんね」

 「その時は君から私をディナーに誘って欲しいな」

 「考えておきます」

 

 ふふっと例の笑みを浮かべてから、部長はくるりと反転して道を進む。

 前を歩く部長についていく形で道を進んできたのだがやはり部長は目を引くようで、すれ違いざまにこちらへ視線を向ける通行人がかなり多い。

 部長自身が新たな都市伝説にならないと良いのだが。


 「次はあそこに入ろうか」 


 部長が指さした店はアンティークショップのようで、中世の時代からそのまま飛び出してきたような、古めかしく重々しい店構えをしている。

 オシャレであることには違いないのだが、他の店とは明らかに雰囲気が違った。

 薄暗い店内には淡く光るランプの類や、世界各国の食器の数々、更には映画でしか見た事のないような大きな西洋人形など、いかにも部長が好みそうな物が並んでいた。

 

 「いらっしゃい」


 奥から聞こえる女性の声。

 店内を埋め尽くすかのように置かれた商品に阻まれて顔は見えないが、若い女性の物と思われる。

 辛うじて店の角にカウンターが見えるだけで人の気配はなく、恐らく店員は先ほどの声の主一人なのだろう。

 

 様々な商品が並ぶ中、まず目についたのは入り口横に座る大きな西洋人形。

 入る前から見えてはいたが、こうして直接見るとその雰囲気に圧倒される。

 店の持つ重々しい雰囲気を吹き飛ばすような華やかさがありながら、じっと見ているとどこか不安を覚えるような、それでいて目を離せなくさせる何かがあるような。

 

 「お客さん、かなり特殊な人ですね。 見る人によっては普通の人形なんですが、貴方はあまり見入らない方が良いですよ」

 

 顔の見えない店主の声が奥から聞こえてくる。

 その声にはっとして人形から目を離したがその刹那、人形がこちらへふふっと笑いかけたように思えた。

 あの笑顔には見覚えがある。

 部長が良くするあの笑顔だ。

 それに気付いた時、人形の持つ華やかな雰囲気が妖しいものへと変わり、体が怪異と遭遇した時のような反応をし始める。

 

 「呪いの人形という訳ではなさそうだけど、君と波長が合ったのかな」


 暗くなった視界の隅に部長の顔が映る。

 その瞬間、一気に視界が元に戻り、微かに鳴っていた耳鳴りが元に戻る。

 どうやら部長が助けてくれたようだ。


 「あら珍しい。 その人形に魅入られるお客さんとその人形を抑えられるお客さんが一緒に居るだなんて」

 

 いつの間に近づいて来ていたのか、店主と思われる女性がすぐ隣に立っていて、こちらを品定めするような目で見ていた。

 真っ黒な長髪と瞳、更には同じくらい真っ黒な古めかしいレースのワンピースを着ており、まるで闇がそのまま人の姿になったかのような印象を受ける。

 細身で長身、さらに容姿端麗である点は部長に似ているのだが、この人からは部長以上に人間離れした何かを感じる。

 

 「店主の天野咲耶です。 うちのクロエちゃんがご迷惑をおかけしました」

 

 うっすらと浮かべた笑みをそのままに、店主は西洋人形の頭を愛おしげに撫でる。

 その表情や仕草からも、謝りに出てきたというよりは単に気になって出てきたのだという事がわかった。

 

 「水無瀬瑠璃です。 そういう貴女も随分珍しい魔素をお持ちだ」

 

 部長の雰囲気が仕事の時のそれになっている。

 今までの店では見られなかったその変化に驚かされたのだが、やはりこの人か、この西洋人形がそうさせたのだろうか。

 

 「魔素は混ざり合うものでしょう? クロエちゃんやこの宝物たちと混ざったからかしら?」

 「御冗談を。 貴女の魔素は混ざり合うタイプではなく塗り潰すタイプだ」

 

 店主は部長や人形に似た笑みを浮かべ、嬉しそうな目で部長を見る。

 対する部長もどこか楽しそうで、内容はあれだが、恐らくどこか通じるところがあるのだろう。

 

 「そちらの彼は?」

「稲垣渉です。 魔素に関しては無能力者ですが」

 「能力が無いのにクロエちゃんとお話を? 適性検査がおかしかったんじゃないかしら」

 「お話?」

 「クロエちゃんはお気に入りの人を見つけると魔素でお話しするの。 聞こえてないにしても何か感じられたと思うけどどうだった?」

 

 こちらを見据える店主の目に微かな妖しさを感じる。

 何気ない会話をしているようで何か別の意図があるような。

 魔素に関しての話題も、本当に知りたい事をそれとなく聞き出すためではないか。

 確信は無いのだがそんな気がした。


 「何も聞こえてないですが、身の危険を感じました」

 

 とはいえ嘘をつく理由もなければ誤魔化す理由もない。

 この人も悪い人も危害を加える気はなさそうだし、そう警戒する事もないだろう。

 

 「似たような経験があるのね。 クロエちゃんに悪気はないのだけれど、今まで会ってきた似たものたちがよほど悪意に満ちていたんでしょう」

 「彼は私と行動を共にしていたので」

 「あぁ、どうりで」


 部長の言葉で何かを察したのか、店主はすっきりした顔をしていた。

 部長に行動を共にしていた、と言われただけで納得できるとはどういうことだろう。

 魔素が分かる者同士、一般人には分からない何かがあるのだろうか。

    

 「体は反応するかも知れないけど、この店に害を成すものは居ないから安心して。 少なくとも私が店主のうちは大丈夫」


 店主の笑顔とは裏腹に、背後から何か冷たいものがよじ登ってくる。

 怪異のものは冷たい空気が背中を覆う感覚なのだが、今回は冷たい泥が足元から体を登ってくるようで、本能に訴えかけてくる恐怖はないものの、やはり、あまり良い気はしない。

 

 「彼は私が守っているのでお気遣いなく」

 「ごめんなさい、魔素のコントロールはあまり得意ではなくて」

 

 膝あたりまで登ってきていた泥が引いていく。

 今のがこの人の魔素の感覚なのだろうか。

 

 「うーん……言わないでおこうか迷ったんだけど、涉君、瑠璃ちゃんと一緒に居るとかなり危ないものを惹き付けるって分かってる?」

 

 この人は何を言っているのだろう。

 惹き付けるも何も、部長とはもともとそういうものにこちらから出向く目的で行動を共にしているのに。

 

 「君は魔素の濃いものだったり、霊的に危険なものだったりに好かれやすい体質なのに、それに加えてとびきり魔素の強い瑠璃ちゃんが隣に居るだなんて、相手からしたら探しやすい格好の獲物にしか見えないと思うのだけど」


 俺の体質に関してそんな事を言われたのは初めてだ。

 今まで魔素を操る能力がない、だとか、魔素を感知する能力も一般以下だ、とは言われてきたが、そんな体質の事は一度も言われたことがない。

 国の検査に加えて、魔素の専門家である部長と長く一緒に居るのにたまたま入ったアンティークショップの店主にそんな事を言われるなんて。

 

 「初めて聞いたんですが、本当にそんな体質なんですか?」

 「ええ、瑠璃ちゃんもわかってると思うけど、君の魔素はとても綺麗で温かくて、私たちや霊的なものからしたらとても魅力的な物だから」


 自分の魔素について聞いたのもこれが初めてだ。

 中学生の頃に受けた魔素検診では測定不能とされており、その時には体から出る魔素の量も限りなくゼロに近いと言われていた。

 部長の髪の色が変化していたりはしたが、まさか自分の魔素にそんな特徴があったなんて。


 「私と一緒に居た期間が長いからか、彼にも影響を与えているみたいで、元々は微かに感じられる程度だったんですよ」

 「へぇ、だから瑠璃ちゃんの魔素も案外綺麗なのね」

 

 すっかり仲良しといった雰囲気で二人は話しているが、言葉の端々から危うげな雰囲気を感じる。 

 言い回しが怖いと言うか、場合によってはケンカを売っているようにも取れる節があるのが気になってしまう。

 

 「はい、私の魔素もだいぶ落ち着いてきました」

 「本当は私の魔素より冷たいんでしょ?」

 「恐らくは」


 店内は、外と比べて数度温度が低いのではないだろうか。

 床から数センチの高さまで冷水が満ちていて、その冷気が上へと立ち込めているようなそんな感覚。

 この二人はけして険悪なムードではないのだが、お互いの魔素がそうさせるのか、普通の会話にはない謎の緊張感がある。

 

 「もっとお話していたいけどお客様ですものね。 おもてなしするから、何かあったら何でも聞いて」

 「ええ、ぜひ」

 

 店主がカウンターへと帰るまでの間、店内の温度は下がり続けていた。

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