トウモロコシ
声をかけるべきかさんざん悩みながら、とうとう尚は縁側にたどり着いてしまった。
「……ただいま。どうしたの、アユ」
アユは縁側に座り、一点を見つめてまるでとりつかれたかのようにトウモロコシをかじっていた。
しばらく尚の問いには答えず、がりがり、しゃくしゃくという音だけが二人の間で響いた。リスみたいだなと思いながらじっと待っていたら、ごっくんと飲み込んだ後、アユは深々とため息をついた。
「ナオも食べな。おばあちゃんがたくさん茹でてくれたから」
見ると、姉の傍らにつやつやと黄色に光るトウモロコシがザルに積まれていた。
「うん」
ザルをはさんで隣に座り、一口かじる。
じわりと、甘い汁が口の中に広がった。
「…今年のはずいぶん甘いんだね」
ぽつりとアユは呟く。
「うん。これ、新しい品種だから」
水分をたっぷり含んだトウモロコシの確かな重みを手のひらではかったのち、尚は応える。
父の又従弟が苗を分けてくれたので、新しく畑を一面開墾して植えた。
「え? 知らなかった」
見上げた空は妙に澄んでいるのにまだ夏の雲が浮かんでいて、ツクツクホウシは鳴いているけれど、木陰では暗がりを夜と勘違いした草虫たちがもう騒いでいる。
二つの季節が重なり合う中、姉弟二人でひたすら黄色の粒をかじっては咀嚼した。
「これ、東京で人気なんだ。売れるよ」
もう一口かじって風味を確認していたら、アユはあっけにとられた顔をした。
「……ナオ。あんた何歳?」
「十歳」
まだ十歳。
手足が小さくまだ子供な尚に出来ることはあまりない。
「……ナオ」
「うん」
「……吐きそう」
口を押え慌てて縁側から降りようとするアユにサンダルを履かせ、近くの側溝まで手を貸した。
「う……」
しゃがみこんだ姉の背中をひたすら撫でる。
縁側に転がるトウモロコシの芯は五本。
食べ過ぎなのか、それともこれが悪阻というものなのか、尚にはわからない。
大人たちの話し合いは長く続いた。
アユの相手はなんと、通っている高校で生活指導を担当している妻子持ちの体育教師だった。
妊娠を知った途端逃げ出し、大学のOBに泣きつき高名な弁護士を出してきたため、祖母が完全に戦闘態勢になり泥沼化した。
アユは学校を辞め、桃の花が咲く頃に元気な男の子を産んだ。
ミナが『強い名前にしよう』と言ったので『武蔵』と名付けた。
産院にも家にも男が尋ねてくることはなく、わずかな金が届いてアユの恋は終わった。