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アユの初恋



 それからしばらくはそこそこ平和な日々が続いた。

 子どもたちが色々な手段で英語を学び始め、それに大人三人が時々加わる。教えたり、教えてもらったり。ついでに日本語とマイカの故郷語も加わり、家の中は一気に賑やかになった。


 ただ、尚の緊急入院騒動には思わぬ副産物が付いた。

 集中治療室へ送られるほどの高熱だったことを知った集落の人々の間で密かに囁かれ浸透していったのは、『尚は種無しになったらしい』という噂。家族が気付いた時には集落どころか町中に広まっていた。


 元々、柚木家の事は昔から町の人々に面白おかしく噂されていた。

 夫殺しの嫁、嫁の来てのない息子、金で買った外国人妻。そこに種無しが加わったところで痛くもかゆくもないと、祖母は肩をすくめる。

 尚本人が子どもたちに揶揄われることはあっても、祖母を彷彿とさせる眼力でひとにらみすると大抵は怯んだ。調子に乗って身体に触れようものなら、野良仕事で鍛えた拳か蹴りを無言で繰り出すため、次第に恐れられるようになった。

 ただ、子供たちは町の学校へ行き色々な家庭と関わるようになると、出稼ぎで夜の店で働いていたマイカを差別する人々を知る。

 些細なことで上げ足を取られ、良いことは全否定された。

 『あの家の子どもたちとは付き合わない方が良い』と親に言い聞かせられている子もたくさんいて、それは更なる差別意識を生んだ。


 そうしているうちに四人の性質は分かれていく。

 アユは常に目を引く美少女ゆえに、健は賢過ぎて孤立しがちだった。

 父親似で愛嬌のある顔のミナは比較的周囲に溶け込んでいたが、喧嘩となると好戦的で口では負けない。

 そして尚は『武士』または『坊さん』とあだ名されるほど無口で表情のない少年になった。

 四人とも家をよく手伝ったが、家業に没頭しているのは下の二人で、長男は機材の修理や点検、長女は家族に甘える係。それで意外とうまく回った。


 そして季節は巡り、ある夏の初めにアユが恋をした。


 高校に入学してから間もなく、アユはどんどん綺麗になっていった。元々『鄙にもまれな』と老人たちが言っていたが、言葉では言い表せない美しさだった。

 生来の赤茶色の髪を校則だからと無理に黒に染めさせられたのは痛々しいが、その程度でくすんでしまうアユではない。瞳の色が薄い件についても親が学校に呼び出されたが、母に付き添った祖母の剣幕に教師たちもあっさり引いた。


 アユが通った高校は県内で上の方の普通校。本当はもっと上位の学校も狙えたが家から遠く、場所で選んだそこは穏やかそうに見えてとことん保守的だった。

 異分子を受け付けないのは、教師だけでなく、生徒も同じ。わかりやすい虐めは受けなかったが、ここでもアユは孤立する。

 長い手足、小さな顔に大きな目、あり得ない高さの腰と形の良い胸。男子たちの視線をさらう事で、女子の妬みが積もっていく。

 鬱々とした顔で学校へ向かうアユの足取りが、いつからか飛び跳ねるようになった。

 色を失いかけていた瞳がきらきら輝いて、全身から喜びがあふれている。

 尚がそれに気づいた頃、アユは恋に落ちたのだ。


 ほんの数か月の儚い恋。


 夏が終わるころ、アユの初恋は地べたに無残に叩きつけられ、踏みにじられた。





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