たまご色の饅頭
「そうそう、これこれ。この味だよねえ」
ほんのり黄身色の皮に餡を包んだ炭酸饅頭にかぶりついて、アユは何度も何度も頷く。
先ほど蒸しあげたばかりだからほんのり温かく、小麦の香りが際立つ。
「なんだよ。そんなに好きなら自分で作りゃあいいだろう」
ぶっきらぼうな物言いながらも祖母はアユの前にさらに出来た饅頭をザルに積んでどんと置いた。
「このどっしりした皮とか、ぎゅっとした餡とかさ。おばあちゃんが作ってくれるから、美味しいんだよ」
言われてみれば、市販の饅頭より少し皮がかためで餡子も黒糖を加えているためか少し雑味が強い。
だけど、その力強さが癖になる。
唯一無二の味わい。
この饅頭は祖母そのものだ。
「また、口ばっかり」
眉間に深々としわを寄せると背を向けてせかせかと歩き出し、ヒュウマのそばで座り込んでいる母に「赤ん坊の服は倉庫かね?」と話しかけている最中にまた外が騒がしくなる。
「ただいまー。はらへったー」
「ばあちゃん、おやつー」
玄関でランドセルを放り投げる音がして、祖母がしかりつけた。陽気に謝りながら男児たちは饅頭の匂いに吸い寄せられて居間になだれ込む。
彼らもアユの子で、長男の武蔵は十一歳で次男の虎徹で八歳だ。
「はろー。息子たち。げんきい?」
尚が煎れた茶を飲みながら、片手をひらひらと振ると、彼らはぱかんと口を開けた。
「うわ、アユ! 今度はどんくらいいるんだ?」
「なあなあ、昨日、イモ掘ったんだよ! 食う? 落花生茹でたのもあるよ!」
二人は四つん這いのまま飼い主を見つけた犬のように素早く突進するなり、アユの両脇に鎮座してかわるがわる話しかける。
「ねえねえ、むーちゃん、こーちゃん、ひゅうまがきたよ」
そこへ杏が輪に加わった。
「は? ひゅうま?」
縁側近くに延べられた小さな布団にようやく気付いた兄弟はさっそく覗き込む。
「へえ、なんか目がデカいね」
「いや、なんか黒くない?」
子供は正直だ。
大人が思っても口にしないことはすぱっと言ってしまう。
「うんそうそう。今度の『おとうさん』はそんな感じだから」
二つ目の饅頭をほおばりながら、アユはあっさり認めた。
「どこの誰だい」
聞きつけた祖母は抱えてきたタオル類を畳に降ろしながら尋ねる。
「うーん、軍人さんでね。白黒アラブがうまい具合に交じった、大きな人だったよ」
「で、そいつはどうしたのさ」
アユの向かいに座って目を吊り上げねめつけるが、暖簾に手押しだ。
「うん、アメリカに帰ったよ」
「まあ、そういうと思ったけどね…」
骨ばった背中を丸めてはあとため息をつくので、アユは湯呑に新しく茶を煎れた。
「まあまあ、おばあちゃん。とりあえずお茶飲もうよ」
「あんたは本当にもう…。ほら、マイカ。あんたも休みな」
ちょうど乳児用の衣類を詰めた衣装ケースを抱えて現れた母に祖母は手招きする。
「ハイ、オカアサン」
一つ頷いて、素直に隣に座った。
母の発音は未だに日本語に馴染まない。
「ねえ、今度の子はちょっとママに寄せてみたのよ。ちょっと似てなくない?」
「アユ……」
その一言に、口数の少ない母は困った顔をする。
「やっぱりそういう事かい」
母のマイカは小柄だが顔立ちは浅黒い肌に少し彫りが深く、一目で外国人とわかる。
出稼ぎのために南の海の向こうからやってきて尚たちの母となった。
「うん。だって、そうしたらママも寂しくないかなーって」
くったくのないアユの声が、ふんわりと煎茶と饅頭の匂いに溶け込んだ。