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18話目

「はあぁぁ~~~」


 ソファーに腰を下ろして本を読んでいたが、どうにも集中できなくて、私は行儀悪くテーブルに上半身をだらりと預ける。


 まあ、今はエリエスも部屋に居ないから、私の行儀の悪さを指摘する人もいないんだけど。


「んーーーー……散歩しよ」


 ダラダラとしていても気分が良くなるわけもなく、私は読む気もない本を眺めるのも止めて、本を閉じると庭へと足を向けた。窓を開け、思い思いに飛んでいる蝶々を少し眺めた後、私の部屋の小さな庭から木々の間を通り抜け、中庭へと向かう。


 子供の時は冒険気分でこのあたりをよく歩いたものだ。いや、今も子供なんですが。


 私のところの庭からちょっと歩くとすぐに中庭にたどり着けるのに、エリエスにはいつも回り道を強いられる。まあ木々や植木が密集しているところを歩くことに、エリエスがいい顔しないのは仕方ないんだけど。


 私の部屋から城内を通って中庭を目指すと本当に遠回りになるのだ。あっち回ってこっち曲がってってな具合で。


 ガサガサと木々をかき分け、バッと開けた空間に飛び出れば、手入れの行き届いた大きな中庭にたどり着いた。


 中庭の中央には大きな噴水があり、そこを中心に石畳が十字に道を作っていて、石畳を飾るように花壇があり、そこには様々な花が植えられている。


 石畳で区切られた空間には芝生が植えられていて、大小さまざまな植木が行儀よく並んでいた。見慣れた中庭と言えばそうなのだが、庭師の皆さんが植木やら大きな木やらを色々な形にしてくれているので、毎回楽しみで仕方ない。今回は様々な動物シリーズのようだ。


 一番驚いたのはドラゴンの形の植木だったなぁ。あれはマジですごかったわ。いや、本当に。


「とーちゃ~く!」


 長い道のりではないものの、やっぱり体を動かすのはいい気分転換になる。と、くるりと中庭を見回し、左側を向いた瞬間、この中庭に置かれているベンチに腰を下ろし、驚いた顔でこちらを見ている侍女と目が合ってしまったっ。


「姫様っ!? また、そんなところからっ!」


「うわっ! エリエス!? なんでここにっ!?」


 仕事を片付けた後、そのまま休憩に入るって言ってたから、休憩室に居るとばかり思っていたのにっ。と、ちょっと慌ててしまう私だが、エリエスの横にふと視線が移る。そこにはモーリス様が少し苦笑いでこちらを見ていて……え、え? えぇぇ!!


「え、エリエス。デート?」


「は? い、いえっ! 違います!!」


 エリエスはそう言うが早いか、勢いよく立ちあがり、私の側までかなりの速足で近付いてきたかと思えば、私の全身をくまなく眺めながら頭やら体に着いた葉っぱを丁寧に払い落し始めた。


「デートじゃないの?」


「違います。キャラハン様に失礼でございますよ?」


「キャラ……ああ、そう言えば、モーリス様のファミリーネームってキャラハンだっけ?」


 つい名前で呼んでしまっていたな。まあ、内心どう思ってるかは分かんないけど、表面上は嫌そうじゃないしいいか。


「ユリシエル殿下からも、どうぞエリエス女史に私と仲良くなってくださるように言いつけていただけませんでしょうか? これではデートにも誘えません」


 私の世話を焼いているエリエスと、私の側まで近づいてきたモーリス様はそう言って、いたずらっ子のような顔でウインクを一つ。


 普通の女性なら頬の一つも赤らめようという場面なはずなんだが、エリエスは若干嫌そうな顔でちらりとモーリス様を見た後、咳ばらいをして見せた。


「そのような軽口を城の若い侍女にまでお聞かせになられませんようお願い申し上げます。冗談を真に受ける者も少なくはございませんので」


 ピシャリとエリエスがそう言い放つ。考えてみれば、エリエスからすればゼイデン陛下もモーリス様も年下だものなぁ。そりゃ頬なんぞ赤らめるはずもないか……。


「もちろん。あなただからこそ軽口も叩けようというものですよ。エリエス女史」


 エリエスの軽い嫌味にも、モーリス様は顔色一つ変えずに軽くそう返していた。そんなモーリス様の態度に、エリエスは小さく息をついていた。もしかしたら、休憩中だったエリエスにこんな感じのノリでずっとかまっていたんだろうか?


 そしてやっと私の体からすべての葉っぱを取り終えたらしいエリエスは、すっと背筋を伸ばしてモーリス様へ向き直り。


「それでは、仕事がありますので私はこれで失礼させていただきます」


 というと、今度は私に体ごと向き直ってふんわりと微笑んだ。


「お戻りの際は、絶対・・に城内からお帰りくださいませ。いいですか?」


「はい」


 私が素直に頷いて返すと、エリエスは右手の小指を私に差し出した。あ、はい。指切りですね。うん。


 私は自分の小指をエリエスの指と繋ぎ。


「お約束ですからね?」


 と、笑顔で脅してくる侍女に何度も頷いて見せた。


「はい、分かってますっ」


 きちんと理解してますとも! これで約束を破ったら、エリエスから山のような課題が出されるっ! しかも大体私が苦手な古代史とか古代語とかなんだから、絶対に約束は破りませんともっ!


 指切りを交わし、何とか納得してくれたエリエスは、満足そうに微笑むと私とモーリス様に深く頭を下げてから、少しだけ速足で城内へと戻っていった。


 うん。たぶん本当に時間が押していたのかもしれない。


 私はエリエスを見送った後、近くのベンチに腰を下ろして背もたれに寄り掛かる。すると、モーリス様も私の前まで来て。


「お隣に失礼しても?」


 と聞いてくるので、断る理由もないし「どうぞ」と、自分の隣をすすめておいた。 


「エリエス女史は真面目な方ですね。それに、少し硬すぎる」


 そうモーリス様に言われて、私は『はは』と乾いた笑いが漏れてしまう。


「多分、責任感から来ているのだと思います」


「責任感ですか」


「はい。専属の侍女として抜擢されたのが、私が4歳のころでしたから、当時のエリエスも若くて、エリエスよりも先輩の方もたくさんいる中での抜擢だったので、きっとエリエスも当時は不安とか色々あったんだと思います」


 初めてエリエスと顔を合わせたときのことはよく覚えている。ガッチガチに緊張して、真っ青な顔で、今にも倒れるんじゃないかというほどに震えていて。


 私はそんなエリエスをかわいそうに思って、小さいながら精一杯エリエスを守ってあげようと思った。まあ、当時はまだ前世の記憶は戻ってなかったけど、エリエスをいじめる悪い人が現れたら、私が絶対に守ってあげると必死だったように思う。


 そのあとは、一緒に過ごしていくうちにエリエスも仕事に慣れてきて、幸いエリエスを酷くいじめるような人も現れず、周りの助けもあって現在に至る。


 それでも、やっぱり私の専属という立場は、私が思うよりもずっと人の悪意ってのが集まりやすいらしく、私を守るためにはどうしても、エリエスはガッチガチに硬くならなきゃいけないところもあったんだろうと思う。


「だから、エリエスの警戒心の強さとか、硬さとか、半分は私のせいかもしれません。あ、でも真面目なのは初めからですよ」


 そう言ってモーリス様を見上げれば、モーリス様は私を見下ろして柔らかな表情で微笑んでいた。


「なるほど。やはり一筋縄ではいかない人のようですね。殿下への忠誠心なら、この国で一番といっても過言ではないでしょう」


 忠誠心とか言われてしまうと、ちょっとむず痒いんだけど。


「そう言えば、どうしてモーリス様はエリエスと一緒にいたのですか?」


 と、私がモーリス様を見上げて首を横に倒して見せれば、モーリス様は怪しく口角を上げて『ふふ』と笑った。あーうん。何かよからぬことを企んでるだろこの人。


「実は、私は年上の女性が好みでして、エリエス女史を攫ってやろうかと」


「えーっと、エリエスを連れ去られたら取り返しに行きますけど」


「冗談です」


「だと思いました」


「正直に申し上げれば、ユリシエル殿下の秘密を探っておりました」


「は?」


 私の聞き間違いか? 私の秘密? ないぞ、そんなもの。


「殿下はご存知ですか? 『指切り』という文化は、このゴーズ大陸にはないことを」


「それは知っています。エリエスに指切りを教えたのは私ですから」


 最初、私が出した小指に目を丸くしていたエリエスに、私が指切りとは何かを教えたのだ。ハリス兄さまと賭けをした時に互いの拳を当てて約束をしたけど、あれが所謂『指切り』と扱いが似ている行動だ。


「では、その『指切り』を殿下に教えたのは、いったい誰でしょうか?」


「えっと……あれ?」


 そう言えば、エリエスも私も『指切りげんまん』って、今回は歌ってない。なのに、どうしてモーリス様はあれが『指切り』ってわかったの?


「なんで『指切り』のことを知って……」


 驚いてモーリス様を見上げる私に、モーリス様は意味ありげににっこりと笑って見せる。


「私も人から教えられたのですよ。だからこそ、殿下にも人に言えない秘密があると、私は確信しております」


「う……ん……いや、えっと……」


 どう答えていいか分からない。だけど、モーリス様の言葉を信じるなら、一つだけ確かなことがある。


 つまり、私のほかにも私と同じように『転生』した誰かが存在してるってことだ。しかも、同じ国の生まれの……。ど、どうだろう、え? 実際、同じような人がいたとして、え? 会いたい? いや、別にそこまで会いたいわけじゃ。でも、どうだろう。話はしてみたい……かも。


 だけど、今までそんな人は見たことがないし、話も聞いたことがない。モーリス様が嘘を言っていないとも言い切れないけど、そんな嘘を言ってもモーリス様になんの利益もないよね?


「今はお答えいただかなくとも結構ですよ」


 挙動不審気味になっていた私にモーリス様はそう言うと、にっこりと笑って私の顔をのぞき込んできた。


「え?」


「私にもお答えできないことが多くございます。聞かれるのも困ります。ですので、今はまだお答えいただかなくても結構です。その代わりに」


「代わりに?」


「明日、殿下のお時間を少し頂けませんでしょうか?」


「はい?」


 私の時間? 明日は確か、乗馬の訓練といくつかの勉強があった気が――と考えていたら。


「実はエリエス女史にその交渉をしていたのですが、いや~なかなかの拒絶っぷりでしてね」


 なんて、モーリス様はフッと口元を緩めて見せる。


「ああ、そう言うことだったんですか。それでしたら、私がエリエスや先生方に言っておきますので、いくらでも時間は作れますよ」


 私がそう答えると、モーリス様はにこりと満足そうに微笑み、頭を下げて見せた。


「ありがたきお言葉を拝聴賜りましたことを心より感謝申し上げます」


 なんだかなぁ。


「それで、時間というと、何時くらいから予定を開けておけばよいでしょうか?」


「つきましては後程、使いの者を殿下のお部屋へ向かわせますので、お待ちいただいてもよろしいですか?」


「はい。それはかまいませんが……」


 モーリス様が私に個人的な用事を持ってくるとは思えない。だからと言って、ゼイデン陛下が私に用事があるかと聞かれると、非常に悩ましいところだ。


 魔光虫のことで何かしら話があるということなら納得できないこともないけど。逆に、魔光虫の話だけならわざわざ、私の時間をくれなんて、部下を使ってまで言うかしら? そう考えると、私を呼び出す理由なんて、私には想像もできないでいた。


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