リーザ
あの綺麗な人は
あたしを殺そうとしていた
リィエはベッドで眠りに就きながら考えた。
あたし
殺されかけたんだ
でも
もし殺されてたら
もしかして
現世に帰れちゃったりしてたのかな?
本物のリィエ姫様もこっちに帰って来れて……
ハッピーエンド?
寝返りを打った。
いや
そうとも限らないぞ
もしかしたら
あたしは死んでなくなって
姫様の帰って来る体もなくなって
何にもならないのかもしれない
バッドエンド★
ふつーに考えればそうだろう
人間は死んだら
ふつーはいなくなるものだろう
広大なふかふかベッドが落ち着かない。
家の1人用のベッドが懐かしい。
それでも色々ありすぎた今日1日の疲れはリィエをゆうるりと眠りに引き込んで行った。
死んだらだめだ
死んだらおしまいだ
死なないようにしよう
リィエ姫のために
自分のために
……
リィエが寝静まった頃、会議室には4人の男が集まり、話し合っていた。
「魔王サイラスがこの城の内部侵入して来た」
1人だけ椅子に腰掛けたフウガが言った。
「正確にはサイラスの幻影だが、おそらくヤツの魔法の力だろう、あれは姫を殺害しうるものだった」
「なんですと!?」
レオメレオンが野太い声を張り上げた。
「姫を手にかけようとした、と? 魔王が? けしからん! しかし……なにゆえに!?」
「まぁ、気持ちはわからんでもないだろう」
フウガは答えた。
「今のリィエ姫は、ほっておけば魔族を食い尽くしかねない脅威だろうからね」
フウガはそう言うと、テーブルの上に置いた水晶玉を見つめる。
水晶玉の中には今寝室ですやすやと眠っているリィエの寝顔が映し出されていた。
「僕が姫様の呪いを解いてみせます!」
シュカが珍しく大声を出す。
「そうすれば魔王が狙う理由もなくなるのでしょう?」
「私に解けないものをおまえが解けると言うのか?」
フウガは厳しい口調で言った。
「シュカ、おまえの光魔法は確かに素晴らしい。しかし、この私にも解けない呪いなのだ。不可能なことを口にするな」
壁にもたれ、腕組みをしてロウはただ話を聞いていた。
しかし突然、片手を挙げると、
「せんせー、質問がありまーす」
おどけた調子で言った。
「なんだ? ロウ」
「今のリィエ姫に、お守りする価値があるのでしょうかー?」
「なんだと? どういう意味だ?」
ロウは壁から身を離すと、面白い話を聞かせるように、みんなに言った。
「お前らも気づいてんだろ? あれはリィエ姫じゃねェ。別人だぜ?」
「口を控えよ!」
レオメレオンが吠えた。
「姫はご病気なのだ。呪いにかかっておられるだけだ!」
「おいおいレオ。てめーが一番気づいてるはずだぜ? 姫様命のてめーがよ?」
ロウはそう言うと、シュカのほうを向く。
「シュカ坊、お前も思ってたんだろ? 風呂場で見た姫の裸はどうだった? おっぱい、ちゃんとでかかったか?」
シュカは黙り込み、しかしその顔は苦しそうに眉間に皺を寄せている。
「それ以上姫を愚弄するとただじゃおかんぞ!」
レオメレオンが牙を剥く。
「それ以上言うと、俺もこの身が獣になるのを止められぬ!」
「怒んな、怒んな、オッサン」
ロウは馬鹿にするように笑った。
「怒るんなら本物の姫のために怒れ。全然知らねー他人のために怒ったって仕方ねーぜ」
黄金色の毛が逆立った。
レオメレオンの全身が金色の獅子に変わって行く。
「やめないか!」
フウガの怒号が場を鎮めた。
「フーガ様……。こやつを一発殴らねば気が収まりませぬ」
人間に戻ったがレオメレオンは拳の震えが止まらない。
「どうか一発だけ」
「殴った瞬間その拳がまっぷたつになるぜ?」
ロウはさらに馬鹿にするように笑う。
「それでもいいんなら、どーぞ」
「レオの言う通り、姫は呪いでおかしくなっているのだ」
フウガはロウに向かって言った。
「たとえおまえの言う通りだとしても、国王陛下が漫遊から帰って来られた時に姫の亡骸を見せ、『これはニセモノです』とでも言うつもりか?」
「信じちゃくんねーよな」
ロウは大笑いした。
「そうだろう? ニセモノだと証明できないことには、な。だから我らが今、なすべきことは、姫様をお守りすること以外にないのだ」
「ニセモノだなどと……。証明するまでもなく、あり得ませぬ」
レオメレオンが言った。
「私はあの牛車に姫が轢かれた時から、一時たりとも姫のお体から目を離しておりませぬ」
「だからよ、その轢かれた時にな、どっかの誰かの魂と入れ替わっちまったんだよ」
ロウはあくびをしながら言う。
「だから体はリィエ姫のものだ。でも中に別人が入ってんだよ」
レオメレオンは寝室で姫の口から聞かされた告白を思い出していた。
自分はリィエ姫ではない、姫の体に入り込んでしまった、ただのうんこ人間だ、と彼女は言っていた。
彼はその話を信じてはいなかった。呪いにかけられ記憶を失っている姫の、気が弱くなっているがゆえの妄想だと思っていた。
しかし……。いや……とレオメレオンは首を横に何度も振った。
「お体がまごうことなく姫のものだと言うのなら、俺は中身が別人でもお守りする。姫の魂が帰って来られた時に、帰る場所がなければ困るであろうが」
「リーザの中に入ればいいんじゃね?」
ロウは呑気な口調で言った。
「リーザも喜ぶぜ。大好きなお姉さまが入って来りゃな。1人の体に2人で入りゃいい」
「リーザ姫を呼び捨てにするとは何事か!」
レオメレオンの怒りが止まる暇がない。
「ああ。リーザ姫といえば……」
フウガが思い出したように、言った。
「武者修行を中断して、戻って来られるようですよ。明日にでも城に着かれるでしょう」
「リーザ姫様が!?」
レオメレオンの顔がぱあっと明るくなった。
「おお……! それはリィエ姫様にとっても心強い! 仲のおよろしいご姉妹の、2年振りの再会ですな!」
「いや……明日にでもと思っていたが……」
フウガは水晶玉を覗き込み、ぷっと笑った。
「あまりにもお早いお着きのようだ」
ん……
リィエは誰かに頭を撫でられているのを感じ、目を覚ました。
……だれ?
目を開けると、リィエ姫と同じ透き通るような金髪の女の子の姿が見えた。
吸い込まれるような碧色の瞳が心配するように自分を見つめている。
目力が、凄い。
まるで目だけ異次元にあるような存在感だ。
「お姉ちゃま」
女の子は目を開いたリィエを見て嬉しそうに声を上げると、
「……じゃない! おまえはだれだ!?」
急に口調を変え、リィエの側から飛び退いた。