ゆっくり流れる『今』
えーと……
17歳のリィエ姫は全裸で15歳のシュカに美容魔法を受けながら、その話を聞き終わると、言った。
ちっちゃい頃のシュカくんとリーザって
けっして仲良くないよね?
むしろリーザがいたから死んでてもおかしくなくね?
「とにかく喧嘩ばかりしていましたからね」
シュカは苦笑いすると、
「でも、リーザがいなければ僕はあの時、生きるのをやめてしまっていたと思います」
懐かしそうな顔をして、言った。
「確かに彼女は僕の悲しみを受け止めてはくれなかった。その代わり、僕を怒らせ、僕の感情を全力で受け止めてくれたんです」
はぁ……
ふぅん……
「後になって僕は気づいたんです。悲しみも怒りも同じ感情だって。それを全力でぶつける相手がいたから、いつの間にか僕は癒されていたんですよ」
へぇ……
よくわからん……
リィエはそう言って深い色を湛える森をぼけーっと眺めた。
『今』がゆっくりと流れていた。
ところで
もうお風呂一緒に入るのやめようか?
リーザに見られちゃったし
「リィエ様がそうお望みでしたらそうしますよ」
考えたら
すっぽんぽんにならんでも
シュカくんの美容魔法受けられるし
「お櫛とお顔は今まで通りに出来ます。手足もすべすべにして差し上げられます。が、気の流れの悪いところが見えなくなりますので、服で隠れた部分はこれまで通りには出来なくなりますが」
髪さえサラサラならいいんじゃね?
めんどくせ
どーせぶさいくだし
……って、あ。あたし今、美少女だったか
「リィエ様」
シュカは微笑みながら、言った。
「本物のリィエ様がお帰りになるまで、その体を綺麗に保っておいてあげてください」
え
シュカくん
気づいてたの?
「さすがに変わりすぎですので。以前から薄々気づいてはいました。リィエ姫様のお体の中に、誰か別人が入り込んでしまった、と」
なんだ
そーだったんだ
「でも、見えるようになったのはつい最近からです」
見えるの?
すげー
「魔力の封印を解いてから、見えるものが何だか変わりました」
シュカは少し悲しそうな顔をして、言った。
「以前は見えなかったものが見えて来た……」
たとえば?
何が見えるの?
人の嘘とか?
シュカはそう聞かれ、空を見上げた。
「リーザに『真実を見る瞳』を植えつけたのは、実は僕のせいだったこととか」
そうなの?
あれシュカくんがあげたの!?
「あげたって言うより……、僕とリーザはいつも一緒にいたから、僕のニムスの力が影響しちゃったんです」
シュカはここにいないリーザに謝るように言った。
「それでリーザに変な力が芽生えてしまった」
そ
そうなんだ?
「7歳の時のことです。ある日、僕と一緒に寝てたリーザがノックの音にベッドから身を起こして、起こしに来た家臣の顔を見るなり、僕のほうへ飛んで戻って来ました」
なんか
嘘を見ちゃったのかな?
「ええ。『へんなものが見える!』って僕に抱きついて来ました」
へんなものって?
「家臣は笑顔で『リィエ様はもう起きて食堂でお待ちですよ』って言っただけなのに、そのすぐ上にもうひとつ家臣の顔があって、それが喋ったそうです」
なんて?
「『ぐひひひ。リィエ姫を殺害して、あなたが王位継承権第1位になるのですよ。私が仕えるあなた様が』って」
……まじか
「その家臣はその後すぐに逮捕されました。実際に、リィエ姫を毒殺しようとしていたところを取り押さえられ……」
リーザ……
嫌なものばかり見て育って来たんだねぇ……
「僕のせいだったんです」
シュカは辛そうに言った。
「ニムスを解放するまで気づかなかった。僕といっつも一緒にいたせいで、ニムスの力が彼女におかしな力を芽生えさせてしまったんです」
ところでシュカくん
さっきの話だと
そのニ……ニジマスとやらの力を解放しちゃったら
早死にしちゃうんじゃないの?
「キャットくんを探そうと思います」
シュカはのんびり言った。
「また彼に、腕輪を作ってもらえたら……。ところでどうします? 僕がご入浴のお世話するの、まだ続けます」
リィエはしばらく考えると、きっぱりと言った。
今日限りにしよう
本物のリィエ姫はきっとダラダラと続けてたに違いないけど
こんなことはやっぱやめにしないと……!
彼女に代わってあたしが終わりにさせる!
「そうですね」
シュカはうなずいた。
「では、今日で終わりにしましょう」
シュカくん
一緒にリーザに報告しに行こう
安心させてやるんだ
そう言うとリィエはタオルで股間をばしっと叩き、川から上がった。
服を着ながら、シュカのほうを振り向き、気になっていたことを聞いた。
でもさ
フウガはなんで
お姉さんが死んだなんて嘘ついてたんだろ?
「フーガ様は水晶玉の通信で僕との会話を避けています」
シュカはタオルを畳みながら、言った。
「是非、理由を聞かせてもらいたいところなんですが……」
そして太い眉毛を険しくさせた。
☆ ★ ☆ ★
リーザは焚き火にあたりながら、心ここにあらずな表情でパンをちょこちょこと齧っていた。
食事よりも独り言のほうが多い。
「リィエお姉ちゃまはああいう性格だから……。へんな関係ではないとして、なんでリエちゃままで? 抵抗ないの? シュカは? 抵抗ないの? おかしいと思わないの? 17歳と15歳の男女が一緒にお風呂に入るなんて……。ぶつぶつ……。ぶつぶつ……」
リーザ
後ろからリィエが声をかけても反応がない。
気づいていないのか、気づかないふりをしているのか……。どうやら後者のようだ。少しずつ顔の方向がリィエから逃げている。
リーザ
今日限りでシュカくんとお姉ちゃん、お風呂一緒に入るのやめるから
安心しな
「今まで続けてたことが問題でしょっ!!!」
そう言って怖い顔で振り向いたリーザの頭にシュカの手が触れた。
「なっ……、何よ!!!」
リーザは涙を浮かべて身を避ける。
「触らないでよ! この変態!!!」
「せっかくの綺麗な髪が枝毛だらけだよ」
シュカは微笑んだ。
「君にも髪にだけでも美容魔法をかけてあげる」
「いらないわよ!!!」
リーザはその手をはね退けた。
「そんなことされなくても私は美しいんだからっ! 触んなド変態!!!」
ド変態に合わせてようやくシュカの顔を直視したリーザの動きが止まる。
顔を真っ赤にして怒っていた表情が緩み、心配そうな声を出した。
「シュカ……。なんか顔、変わってない?」
「僕が?」
シュカは自分の顔を確認するように触りながら、言った。
「どこがどんな風に?」
「なんか表情が笑顔のまんま貼りついてるっていうか……。なんか……違う……。それに……」
「変わってないよ。気のせいだよ」
そう言ってにっこり笑ったシュカにリーザは目を見開いた。
シュカの嘘が読めなくなっていた。




