おてんば姫
リーザが『真実を見る瞳』に開眼したのは7歳の時のことである。
シュカと初めて会った時、6歳の彼女は嘘を見抜くことなどまだできなかった。
言われたことをなんでも信じてしまうほど純朴な子供でもない。家臣の1人、ロブロウ・クロウ・ロウガにいつも嘘の話でからかわれ、遊ばれていたためか、他人の話はまず眉に唾をつけて聞く癖はついていた。
それでもリーザはシュカの話を聞くなり信じた。
「……信じて……くれるの?」
シュカは声を震えてリーザの目を見つめた。
「信じるも何も……。おねえさんがフウガとけっこんしたんでしょ?」
リーザは面白がるようにそう言い、シュカの目を見つめた。
「あなたの目って、ほんとうにきれい。こんなきれいな目で嘘なんかつけないでしょ」
短い金髪の天使みたいな女の子は、シュカの手を握ると、立ち上がらせた。
「それに、嘘かどうかはフウガに聞いてみればわかるよ。行こ」
「え」
シュカの声が弾んだ。
「連れて行ってくれるの?」
城の廊下をリーザとシュカは手を繋いで歩いた。
途中、何人かの衛兵に会ったが、みんな何も言わずに通してくれた。
1人だけ、用心深い衛兵が2人を呼び止め、言った。
「姫様。その子は?」
リーザは即答した。
「わたしの新しい遊び相手だよ。シュカっていうの」
「聞いておりませんが……」
「あなた、耳が悪いのね! 新しい情報ぐらいちゃんと聞いておきなさい」
ずんずんと上の階へ上って行くリーザに手を引かれながら、シュカが聞いた。
「君……。さっき『姫様』って……。まさか……このお城の……?」
リーザは振り返り、にっこり笑った。
「あー。わたしのこと姫だなんて思わなくていいよ? あなたなんさい?」
「6歳です」
「へー! 同い年だ」
リーザは繋いだ手を嬉しそうにぶんぶん振った。
「わたし、男の子の遊びのほうが好きなんだ。よかったらシュカ、わたしの遊び相手になってよ。剣術ごっこや、格闘ごっこして遊ぼうよ。城の男の子はみんなヒョロヒョロで相手にならないんだもん」
シュカはくすっと笑った。
明るく無邪気なこの女の子がなんだかとても可愛くて、自分のほうからもぜひ友達になってほしいと思った。
「いいですよ。……僕、剣術ごっこも格闘ごっこもやったことないけど、動き回って遊ぶのは大得意なんだ。南の島で泳いだり、飛び回ったりして育ったから」
「へー!」
リーザは目を輝かせた。
「あなた南の島から来たの? サメとかいるところ?」
「サメはいないけど、クジラがよく沖を通るよ」
「クジラ? すごい! 見たことない! いつか見せて?」
リーザは興奮してシュカの手をぎゅっと握りしめた。
「それであなた、南の島からどうやってアーストントンテンプルにやって来たの?」
最上階へ上るまでの間、シュカはここへ来るまでのことをリーザに話した。
フウガがやって来て姉にプロポーズしたこと、嵐に襲われて離ればなれになり、自分1人でこの国の海辺に流れ着いたこと。
リーザはシュカの体験したことの大変さなど想像することもできなかったようで、冒険小説を読み聞かせてもらっているみたいに目をキラキラさせて、面白がって聞いた。
そんなに面白がられるようなことじゃないんだけどなあ、と思いながらも、目をキラキラさせる女の子の表情が可愛くて、シュカは話し続けた。
話しているうちに最上階に着いた。
「そういえばフウガ、ちょっとの間、旅に出てたよ」
リーザは扉の前に立つと、シュカに言った。
「帰って来てるとはそういえば聞いてなかったな。いるのかな」
「え」
シュカの顔色が曇る。
「最後にフウガを見たのは?」
「んー」
リーザは考え、言った。
「フウガが旅に出る前、ね」
シュカは胸の鼓動が早くなるのを感じた。
フウガが帰っていなければ、アクエリアもここにはいない。
考えたくなかった。2人が海の藻屑となっていて、もう二度とここには帰って来ないなどということは。
「じゃ、ノックするね?」
リーザはそう言いながら、扉をノックした。
シュカはごくりと唾を呑み込んだ。
中から返事はない。
「いないのかな」
リーザはそう言いながら、乱暴に扉を拳で何度も叩いた。
「フウガ! リーザですよ! 開けなさい! いるのなら開けなさいっ!」
すると中から仕方なさそうな返事が返って来た。
「どうぞ……。開いていますよ」
フウガの声だった。
シュカの顔がぱあっと明るくなる。
「どうぞと言われても、わたし、ちっちゃいから、手が取っ手に届かないのですっ!」
リーザは怒り出した。
「開けなさいっ! あなたが自分の足で歩いてわたしたちのためにこの扉を開けなさいっ!」
しばらく間があり、中から扉が開かれた。
フウガの顔が覗き、シュカを見た。陰鬱な顔つきだった。
「やあ……、シュカくん。よくここまで辿り着けたね……」
「無事だったんですね!? よかった!」
フウガの顔を見るなりシュカは言った。
「姉さんは?」
そう言いながら扉の隙間から入り込み、部屋を見回す。
「アクエリアは……?」
「すまない……、シュカくん」
背中からフウガが言った。
「彼女を……守り切れなかった。アクエリアは……あの嵐の海に呑まれて……死んだよ」