リィエ姫のご入浴
フウガって
とても嫌なやつ
中に入ってるあたしは確かにニセモノだけど
体はちゃんと本物のリィエ姫のものなんだぞ
たいせつにしろ!
自室に戻るとリィエは空から墜落したみたいにベッドに突っ込み、ぶつぶつ呟いた。
だんだんとだが、お腹が減りはじめていた。
レオのフルネーム……
レオレメロン・ベルベルト・ハン・フォンデュステーキだったっけ?
忘れたけど
レオもたぶん信じてない
呪いのせいでリィエ姫がおかしなこと言い出しちゃったとか思ってる
違いない
ぐぅとお腹が少し鳴った。
お昼にオークを7体も食べたのに。
コンコンコンと厚い扉が外からノックされた。
「リィエ様。ご入浴のお時間でございます」
召使いのお姉さんの声。
いいね
お風呂に入ってリセットしよう
切ない気分も
疲れた頭も
大浴場と呼ぶにはそれ以上に広大なお風呂だった。
現世で見た古代ローマのお風呂マンガに出て来そう。
脱衣場でドレスを脱がせてもらうと、リィエは湿気除けの立て簾を潜り、湯気の立ち昇る湖のごとき浴槽を見て声を上げた。
わあーっ
おんせんじゃーん!
よかった! 日本のお風呂とおなじやつで
しかもまるでパラダイス!
「姫様、あんまりはしゃがれると滑ります。お足元に気をつけて」
召使いのお姉さんが3人ついて入って来た。
自分一人だけすっぽんぽんなのが恥ずかしいな。胸、ないし……。と思いながら下を見ると、おおきいのがついてた。
リィエ姫
さすが西洋人!
先っちょも綺麗なピンクだぜ!
自慢するように腰に手を当て、胸を張ってから、浴槽にダイブしようとしたら止められた。
「姫様、まずはお湯の温度見をいたします」
服の裾をまくり、手をつけてお姉さんが温度を確認している間、自分の陰毛に見とれていた。金色の軽そうな毛が、ふぁさー、と風に揺れている。
石鹸が見あたらない。シャンプーなんてものももちろんない。どうするんだろうか、と思っているうちに温度見が終わり、お姉さん二人に両脇から抱えられ、要介護のおばあちゃんのように浴槽に入った。
ふわー……
ふわはははぁー……
極楽じゃー……
これは日本人のお風呂好きをよく知っている世界じゃ。温度よし、湯の肌触りもよし。金や大理石みたいな装飾もなく、ただの石と岩だけみたいな見た目もセンスよし。
落ち着ける。
落ちて行く。
眠りそう……。
うとうとしていると、お姉さんの声が夢の中から引き戻す。
「では、お体を綺麗にいたしますので、お上がりください」
はーい
ヘチマかな?
ヘチマでごしごしするのかな?
そう思いながらお湯の中から立ち上がると、目の前に男の子が立っていた。
「し、失礼します」
だぼっとした白い服に身を包んだシュカ・ルゥレンくんが頭を下げた。
リィエは無言で、目は点。
シュカくんは服を着ていて、自分は全裸で、向き合った。シュカくんは恥ずかしそうに目をそらしながらも、ぱっちり目を開けていた。
うっ……
ぎゃあああ~あ~!
「姫様。ご記憶がないのですから、驚かれるのも当然ですが、ずっと前から僕がこうやってお世話をしているのです」
シュカくんは必死に目をそらしながら、
「下女のおまえらも教えて差し上げてないのか!」
召使いのお姉さんたちを叱りつける。
リィエは急いでお湯の中に戻り、背中を向けて聞く。
お
お世話って……
なんの?
「そのままで結構です。今日はお風呂の中でいたしましょう。動かないで……」
そう言うとシュカは後ろからてのひらを差し出し、リィエの髪に当てて来た。
その手から白い光が発せられ、リィエの髪に当たると、金色の髪がキラキラと輝き出すのがわかった。汗で少しべとついていた肌もすべすべになって行く。
これって……
魔法?
シュカの声は肉親みたいにあったかく、後ろから響く。
「光魔法です。僕は6歳の頃からこうやって、姫様の美容を担当しているんですよ」
この透き通るような金髪も
すべすべの白い肌も
シュカくんのお陰だったのか
「ええ……」
シュカの声がもじもじし始めた。
「でも、そろそろやめないとまずいですかね。昔は子供同士だったからよかったけど、15歳と17歳になると……さすがに」
じゃあ
15歳のシュカくんは
リィエ姫のすべてを見ているわけだ……
「もっ……申し訳ありません! ぼっ、僕は、リィエ姫の弟みたいなものだから……」
弟でも
ふつー入らんだろ……
15歳と17歳にもなったら
「そっ、それに……。僕がここにいないと、ロウがまた覗きにやって来ます。そのための見張りでもあるんです!」
あー……
お風呂の中も
落ち着けねー……
でも確かに綺麗になった。石鹸とシャンプーを使うよりもいい匂いになれた。
お風呂から上がるとぺこんぺこんにお腹が空いていた。
リィエは机の角を齧ると、ぺっと木片を吐き、叫んだ。
おーなーかー
すーいーたー!
急いで部屋に入って来た召使いのおじいさんがオロオロする。
「ご夕食まではまだ半刻ございます。どうかご辛抱を」
しーるーかー!
おなか減ると人格変わるんじゃー!
チョコケーキとかないのかー!
「リィエ姫」
声がした戸口のほうを見ると、そこにフウガが立っていた。面白いものを見る顔をしている。
「こんなことだろうと思って用意しておきましたよ。レオとロウが外で魔物狩りをして獲って来てくれたものです」
指をパチンと鳴らす。
「姫様におやつをお持ちしろ。そう、あれだ」
召使いのお姉さんたちが3人、おおきなお皿にそれを乗せてやって来た。
ぷるんぷるんと揺れる赤や緑や紫のそれを持ってやって来た。
雑魚モンスターの代表選手、スライムだ。
魔法で痺れさせているだけで、生きがよかった。
リィエは両手でスライムの活け作りを掴むと、愛おしそうに頭のちょっと尖っているところから、ちゅるるんと口の中に吸い込んだ。
これは予想通りの味!
こんにゃくゼリーの味だ!
赤はイチゴ味
緑はメロン味
紫はグレープだ
おいしい!
涙を流しながら次々とリィエに食べられて行くスライムを見ながら、フウガは満足そうに笑っていた。
時々その光景を遠くから見ている誰かの気配を探るように、周囲を見渡すと、空中の一点に目を止めて、フウガは挑発するように何かを言った。
おいしい!
おいしい!
おいしい!
魔物っておいしい!