一緒にお風呂
進軍6日目は何事もなく順調に行われ、アーストントンテンプル軍は昼の休息をとっていた。
「なんにも出て来ねーな」
「拍子抜けしちまうぜ」
兵士たちは干し肉とパンを食べながら、喋っていた。
「魔族の民家すらねーな」
「あったら酒でも略奪してーのに」
「俺は魔族の可愛い娘がいたらお持ち帰りしてーな」
「おい!」
総隊長レオメレオンの怒声が背後から響き、兵士たちは飛び上がる。
「何くだらんことを抜かしている。そんな暇があるなら剣でも磨かんか!」
「でも隊長ぉ~。魔王領に入ってからずっと禁酒で辛いです。ちょっとぐらい……」
「酒はダメだ! ここは敵地なのだぞ? 一時たりとも気を抜くな」
「でもロウ隊長は浴びるほど飲んでいい気分になってます。今もあっちの川べりで飲んでました」
「な、何っ!?」
レオメレオンの顔がみるみる獣になる。
「あいつめ……。兵隊たちに示しのつかんことを……。見つけたらとっちめてやらんと……」
そこへ唐突に、何もない空間に扉が出現した。
「げっ」とレオメレオンは思わず声を上げる。
『どこでもドア』が開き、中から12歳の姫が飛び出した。
ヘーゼルナッツチョコ・アーストントンテンプル第四王女はレオの顔をちらりと見ると、そのへんをもじもじと散歩しはじめる。
「ヘーゼル様……。ここは戦地です。昨日も言いましたが、あまり気軽に遊びに来られませんよう……」
「遊びに来たんじゃないもん!」
横顔で唇を尖らせる。
「ちょっと……退屈だっただけよ」
そう言うとヘーゼルはレオの顔をちらりと確認した。
つるんとしたいかつい顔を、無精ひげみたいに金色の毛が縁取りはじめている。
「まだ……おひげ、伸びないの?」
「そうあっという間に元通りになるものではございませんので……」
「ふうん……!」
それだけ聞くと、興味なさそうにいきなり森のほうへ駆け出す。
「あっ! ヘーゼル様! どこに魔物が潜んでいるかわかりませぬ! じっと……」
「ばあっ!」と言いながら、森からリーザが出現した。
「あ……っ」と言ってヘーゼルは後ずさり、何をしたらいいのかわからないといった風にへんな踊りを踊った。
リーザが近寄り、妹姫の耳に囁く。
「ヘーゼル。好きなら真っ正面からどーんと行け」
「なっ……何の話……」
「レオのこと好きなんでしょ? 時間は有限なんだよ? しかもレオはおじさんだ。すぐにおじいちゃんになっちゃうぞ? 好きなら即突撃だ! 何も考えず、胸に飛び込んで行って、言うの。『私が大きくなったらお嫁さんにしなさい』って」
ニヤニヤしながらリーザは小声で一気に言った。
「り、リーザお姉さまは……?」
「ん?」
「お姉さまは、真っ正面からどーんと行ってるんですか?」
「ぐ……っ!?」
「知ってます。シュカのことが好きなんでしょう? なぜ、私にはそんなことを言うくせに……」
「そっ、そういえば……!」
リーザはレオに言った。
「シュカは? リエちゃまも見えないけど……どこに行ったの?」
レオメレオンは答えた。
「シュカは川でリィエ様のご入浴のお世話中です」
「は?」
リーザの目が点になる。
「は? それって……。はあああああああ!!!?」
☆ ★ ☆ ★
リィエは川の中に入り、素っ裸でサラサラブロンドのロングヘアーを風になびかせていた。下の毛もサラサラと揺れている。
なんか
シュカくんに見られるの
もう慣れちゃったよ
「6歳と8歳の頃からずっとこうしていますからね。僕にとっては自然なことです」
シュカは裸のカモシカでも見るように、微笑みながら言った。
「人間も動物であるはずなのに、服を着なければ寒さに耐えたりが出来ないというのは不思議なことですよね。人間にとって裸は自然な状態ではない」
戦地に下女たちはついて来ていないので、二人きりだった。
樹の上で魔物の小鳥がミチュミチュと美しい声でさえずっていた。
「さ。お体を綺麗にしましょう」
そう言いながらシュカはてのひらに美容魔法を発動させる。
「以前よりも僕の魔法力が大きくなっておりますので、まだ加減に慣れておりません。もしかしたら痛いかもしれないことを先にお詫びしておきます」
カサリと草をかき分ける音がした。
二人揃ってそちらを向くと、銀色の鎧に身を包んだリーザが立っていた。
信じられないものを見る表情でこちらを見ている。
「もう……さすがに卒業してると思ってた……」
白目を剥いて卒倒しそうになりながら、震える唇で言った。
「シュカ! まだリィエお姉ちゃまと一緒にお風呂入ってたのおおおおお!!!?」
「リィエ様はお一人でご入浴することが出来ないからね」
シュカは動揺一つ見せずに、当然のように説明した。
「それに僕の美容魔法が一番綺麗になると、お気に入りなんだ」
いや……
本当は一人で入れるんだけどね……
シャンプーとかさえあれば……
リィエは頬をぽりぽり掻いた。
「おかしいでしょ!」
リーザが狂う。
「17歳と15歳なんだよ!? 子供だった昔ならともかく!!! おかしいでしょうがっ!!!!」
うん
おかしいと思う
でも
この世界にはシャンプーがないんだ
リィエはそう呟いて腰に手を当て、胸を張った。
「そうだ。リーザも一緒に入りなよ」
シュカが顔も赤らめずに言い出した。
「リーザも綺麗にしてあげる。その鎧を脱いで、おいで」
「はああああああああああああああああああ!!!?」
リーザの顔が一瞬にしてタコさんウィンナーになる。
「信じらんないっ!!!」
リーザは逃げ出した。
リーザが全力で草をかき分けて走って行く音を聞きながら、リィエはシュカに言った。
シュカくん
あとで
ちゃんとしっかりもっと弁解しといたほうがいいと思う
「昔はリーザ様とも一緒に入ってたんですよ」
シュカはにっこり笑い、言った。
「お互いが12歳の時まで。だからそれほど昔でもない」
12歳どうしかあ……
それは微妙……
子供の頃の2人ってどんな感じだったの?
あ、あたし呪いにかかってて記憶がないから覚えてないんだけど
「リーザは……」
シュカは懐かしそうに、眩しそうな顔をして、言った。
「リーザがいなかったら僕は……生きてられなかったかもしれない」




