お腹が空かないんだ
嘘を見抜く『真実を見る瞳』を持つリーザ姫にも、その嘘を見抜くことの出来ない人間が、知る限りでもアーストントンテンプル国内に2人いた。
1人はもちろん大賢者フウガ。
もう1人は……
「なぁ、リィエ」
藁に寝転び、干しイモをもぐもぐ食べながら、ロウが言った。
「オレと一緒にこの国、征服しねェか?」
リィエは干しスライムをむしゃむしゃ食べながら、答えた。
征服かぁ……
できるかもね
今のあたし達の力なら
「せっかく凄ェ力を手に入れてんだ。フル活用しねーのは勿体ねェ。お前の『食欲怪人』の力を使って、愚民どもを蹂躙し、魔族は根絶やしにし、二つの城をのっとり、私欲の限りを尽くすんだ。いいだろ?」
でも
そんなことしたら
みんなに嫌われちゃうよ?
「元々オレら嫌われ者じゃねーか。うんこみてーなもんじゃね? 失うものは何もねェよ。な? やろうや」
な
なんか冗談じゃなさそうだけど……
もしかして本気?
「当たり前だろ。実現可能な話をしてんだ。今のお前とオレが手を組めば国を好きなようにできる。お前は国中の食べ物を、オレは国中の美女を……げっへっへ!」
「あのー……。師匠」
干しイモをぱくぱく食べながら黙って聞いていたリーザが口を挟んだ。
「なぜ、第3王女の私がいる前で、そのような話を……?」
「は? べつにお前なんかに聞かれてたってどうってことねーよ」
ロウは干しイモを食べ切ると、オナラをした。
「お前なんかただのガキだし。お前、オレが本気で言ってるかどうかぐらい見抜けんだろ? ホラ、見抜いてみろよ。ホラ、ホラ」
ちっともわからなかった。
ロウの嘘が見抜けないというよりは、ロウのすべての言葉が嘘にしか見えないのだった。
たぶんこの人は物を考えていない。
テキトーに頭に浮かんだことを思慮もなく口から出しているだけで、本気と冗談の境目もないのだ。
この人に『ほんとうの心』があるのかどうかもわからなかった。
リーザにとってロウは尊敬する剣の師匠であり、同時に軽蔑する超テキトー人間でもあった。
うん
そうか……
リィエは考え込んでいた。
こんな凄い力を手に入れたら
世界征服に使うべきってのは
確かに考えてみたらそうなのか
「リィエお姉ちゃまはそんなことしないっ!」
リーザは両手で押しのけるようにリィエをどついた。
「ロウの言うことに惑わされないでっ! リエちゃまは優しくて優柔不断で無力なかわいい子羊なんだからっ!」
ごめん
リーザ
自分を見失うところだった……
大体
凄い力っていってもめっちゃでっかくなれるだけだし……
「しっかりしてねっ!」
ごめんね
愛するお姉ちゃまの体でへんなこと言って
「そうだよ! 愛するリィエお姉ちゃまの顔でへんなこと言わないでよねっ!」
ほんとごめん
ところで
リィエ姫様って
どんなひとだったの?
「優しくて優柔不断で無力なかわいい蝶々みたいなひとだよ」
あたしと似たようなもんじゃん!
しかも子羊以下じゃん!
「ピアノを弾くのと数式を解くのだけが得意で、他にはなんにも出来ないから、みんなが守ってあげたいって思うようなひとなの」
ああ
なるほど
そこがあたしとは違うんだ
「リエちゃまと何が違うって?」
あたしは
どっちかっていうと
みんながほっときたいって思うようなひとだから
「バカ言うな。ほっとかねーよ」
ロウが言った。
「お前はオレと一緒に世界を征服するんだ。お前の力、オレがほっとかねー」
それは
ほっとかないっていうより
利用したいっていうんじゃ……!?
「さ、メシの時間終了だ」
ロウはそう言うとお尻を払い、立ち上がった。
「ぼちぼち進軍だぞ。もうここは魔王領だ。気をつけろよ」
薄暗い森の中だった。
歩いている動物や昆虫も人界とは違っている。
木の陰から不安そうに一つ目の鹿がこちらをじっと窺っているのが見えた。
ここにいるのはすべてが魔物なのだ。
すべてがリィエの食べ物なのだ。
リィエはパワーが上がっているような感覚に襲われた。
よし
行くぞ
元気モリモリ!
木の陰から見ていた一つ目の鹿が震え上がるように逃げ出した。
3人揃って歩き出すと、すぐに岩の上に腰掛けて瞑想している少年の姿があった。
「シュカ」
リーザが声をかける。
「また食事、しなかったの?」
シュカは話しかけられてもしばらく目を開けなかった。
ようやくゆっくり瞼を開くと、優しい鳶色の瞳でリーザを見、静かに笑った。
「お腹が空かないんだ。不思議なくらいにね」
「もう2日間、何も食べてなくない?」
リーザは心配そうに言った。
「死んじゃうよ? 何か食べなさい。干しイモはもらってないの?」
「もらったけど、部下たちに分け与えた」
シュカは少しやつれた顔で微笑んだ。
「ほんとうにお腹が空かないんだ」
「お姉さんのことはどうなったの?」
「モーラ様に任してある。僕は待つだけだよ。モーラ姫様を信じてる」
「……良い結果になるといいね」
シュカは無言で、リーザの言葉を嬉しがるように、うなずいた。
「アクエリアの奴、絶対、気の狂ったゾンビになって帰って来るぜ」
ロウが言った。
「人間の脳味噌しか食べられねー体になって、見た目もツギハギだらけの化け物女になって帰って来んよ。そんなもんだから泣き出したシュカ坊の目の前で、オレが首斬り落として、アクエリアもそうなったらもう魔物なもんだから、おいしくリィエがいただいて……」
ロウの空気を読まない言葉をシュカはにこにこと笑いながら聞いた。
ロウはさらに続ける。
「ま、元々化け物みてーな女だったからな。もっと化け物になって帰って来るだけだ。心配ねーよ。大丈夫、大丈夫。元気出せ、シュカ坊」
「そんな言葉で元気が出るかっ!」
リーザがロウのお尻に剣の先っちょを突き刺す。
「ぎゃあーーーっ!!!」
飛び上がったロウが思わずオナラをし、その臭いをリィエは嗅いだ。
うまそうな臭いさせやがって
食欲そそるじゃねーか
リィエはロウの尻に噛みついた。
「食うなーーーっ!!!!」
シュカは3人のじゃれ合いを見て楽しそうに笑った。
「ふふふ。リィエ様もロウと仲良くなられたんですね?」
リィエは答えた。
本気で殺し合いをした仲なので
戦いの後で友情が芽生えました
元々あたし、ロウのこと好きだったし
黒毛和牛みたいないい匂いするから
「オレは食いもんじゃねェーーーっ!!!」
リーザが抜いた剣を振り上げてロウに襲いかかる。
「ふふふ。師匠の首斬り落としてゾンビにしてあげましょう」
「やんのか、オラ。クソ弟子が師匠に勝てると思ってんのか?」
剣戟が始まった。
シュカはそれを眺めて笑っていた。
風が吹き、その茶色い髪を軽く揺らす。
何かを思い出したように、賑やかな3人から目を逸らすと、遠くの空を見つめた。