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食欲怪人勇者姫リィエのぼうけん  作者: しいな ここみ
第四章:小早川理恵 ~ お姫様と現代ニッポン ~
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小早川理恵様のご決意

 パトカーに乗せられて警察署に着くと、町の人々が数千名、そこで待っていた。


「理恵様!」

「ご無事で!」

「よかった!」


 同じ高校の生徒が大半だったが、他にもなじみの美容室のお姉さん、魔法神ドコモの契約員、ちょっと会話をかわしたことがあるだけのコンビニ店員、全然見覚えのない人まで、姫を知る人たちがほぼ全員、駆けつけて来てくれていた。


「心配したんですよ!」

「みんなで探してました!」

「見つかってよかった!」


 姫はにっこりと微笑むと、無言で小さく手を振った。

 自分の無事を喜ぶ民に元気な姿を見せて安心させる、それが姫の務めだ。

 ニッポンの治安と警察の捜査能力の素晴らしさに感嘆し、自分を思い慕う民の正しい心構えを無言で褒め讃えたら、あとは小早川の家に帰り、ほっと顔から力を抜いて、愛莉のあったかいごはんを頂こう。それしか考えていなかった。


 姫を取り囲む人波をかき分けて、渡辺くんが前に歩み出て来た。


「理恵様! すみませんでした! 僕が用事なんかあったばっかりに、こんなことになってしまって!」


「いいのよ、ワタナベ」

 姫は渡辺くんの罪を笑顔でゆるした。

「お前の責任ではありません。わたくしが1人では何も出来なかったばっかりに……」


 そこへ2人の会話を遮るように、


「姫様!」


 背後から聞こえた声に、姫は振り向いた。

 愛莉が顔中をぐしょぐしょに涙で濡らし、なぜか怖い表情をしてそこに立っていた。


「愛莉様っ!」

 姫は笑顔の花を開かせると、痛む足で駆け寄った。

「わたくし、もう貴女に一生お会いできないかと思いましたわ!」


 愛莉は駆け寄る姫をその胸にズンと抱き止めた。

 両手で姫の肩を掴むと、少し距離を離させ、小さく手を振り上げる。


 ぱしっ!


 愛莉が姫の頬に平手打ちを食らわせた。


 父王にもぶたれたことのない姫は、びっくりした顔を震わせる。


「どれだけ心配したと思ってるんですかっ!!!」

 愛莉は声を張り上げた。

「お父さんと車で町中探し回ったんだからっ! もう勝手な真似はやめてくださいねっ!」


 短く叱りつけると、再び姫の顔を胸に抱きしめた。


「でも、帰って来てくれて……よかった! 死んじゃうかと思ったんですよ? 貴女は2人ぶんなんだから。愛しい娘の体と、愛しい姫様の魂……1人で2人ぶんなんですからねっ。どんだけ愛しいと思ってるんですかっ」


 姫の目から涙がぽろぽろとこぼれた。

 多大な心配と迷惑をみんなにかけたのだと初めて思い知った。

 涙が出はじめたら止まらなくなった。


「ごめんな……さあい……っ!」


 嗚咽を漏らすと、子供のように泣いた。





 小早川の家に帰り着き、愛莉とお風呂に入った。

 おいしいサバの塩焼きを食べて、食後にはバニラアイスクリームを食べて、理恵の部屋の窓から月を眺めた。


「わたくしは……、うんこ人間」

 月を見上げながら、呟く。

「こんな何も出来ないうんこ人間でも、愛してくれる民がこんなにもいることに感謝しなければ」


 月は満月で、じっと見つめていると笑顔でこちらを見ている丸い顔のように思えて来る。

 姫は月と見つめ合った。なんだか鏡の中の自分と見つめ合っているような気持ちになった。


「この月は、アーストントンテンプルに浮かぶ月と同じものなのかしら。理恵様も今、同じ月を見上げてらっしゃるのかしら……」


 むこうの理恵はどうしているのだろうか。アーストントンテンプルは食事もおいしいから、きっとその点では満足しているだろう。

 愛莉の作る料理も珍しくておいしいが、高級さや繊細さではさすがに城の料理番にはかなわない。食材もニッポンのものは綺麗だがそのぶん味が薄い。アーストントンテンプルの農民が手間暇かけて、時には命すらかけて、肥えた土壌で作った野菜のほうが味が濃くておいしい。野菜が嫌いな国民など珍しいほどなのだから。

 理恵はとんでもない食いしん坊だと聞く。きっとむこうの料理に舌鼓を打っていることだろう。


 きっとリーザが仲良くしてくれている。あの嘘を見抜く瞳で別人だとわかりながら、わかってあげてくれている。

 レオも姫がおかしくなってしまったものと思い込んで献身的に尽くしてあげているに違いない。

 ロウにはいじめられているかもしれないが、戦争などあり得ないほどに平和な国で、幸せな民に囲まれて、楽しく暮らしていることだろう。


 でも、あんな優しくてしっかり者のママや、一緒にうどんを打って遊べる友達みたいな楽しいパパと会えなくて、泣いているのではないだろうか。

 彼女に返してあげたい。愛莉と泰造にも、彼女の愛する娘を返してあげたい、と強く思った。


「わたくしたちは……また、正しく自分の体に戻ることができるのでしょうか……」


 もしも戻ることができなければ、この世界でずっと死ぬまで暮らすしかない。

 それは決して嫌ではなかった。魔法以上に便利なものであふれるこのニッポンで、優しいひとたちに囲まれて生きるのも、悪くはないと思えた。

 こと両親に限っては、祖国の両親は年中遊び回ってばかりで側にいてくれない。むしろこちらの両親のほうがいいとすら思えてしまう。


 それでも産まれ育った世界には格別の思いがあるのだった。


 姫は窓にもたれた腕に顔の下半分を埋め、ぽろりと涙をこぼした。

「みんなに会いたい……。レオ……、リーザ、お父様、お母様、その他の家臣たち……」


 涙でにじんだ月が理恵の顔に見えて来た。


 理恵もパパやママに会いたくて泣いていた。


「そうだわ……!」

 姫は思いついた。

「むこうではフウガが何とかしてくれようとしているに違いない。それでも1ヶ月以上経っても変化はない。それほどまでにわたくし達を元通りにするのは難しいことなのだ」


 姫は立ち上がるとベッドに座り、スマホを手に取った。


「わたくしも自分で行動を起こさなければ」


 慣れない手でスマホを操作し、魔法の言葉『アレクサ』を唱え、『大賢者を探せ』と命じる。

 スマホの画面には何かのアニメの絵が検索でずらりと並べて表示された。


「違う。これじゃない。わたくしの求めているものは……」

 姫はあれこれと検索ワードを変えながらアレクサに命令し続けた。

「このニッポンはアーストントンテンプル以上の技術力を持っている。それならばフウガをしのぐ大賢者もいるかもしれない。そのひとを見つけて、頼むのよ。人任せにばかりしていてはいけない。自分でも何とかしなければ……!」


 そのうちアレクサが見つけた。

 姫はその文章を読み、大賢者を見つけたらしき喜びに小躍りした。


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