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食欲怪人勇者姫リィエのぼうけん  作者: しいな ここみ
第四章:小早川理恵 ~ お姫様と現代ニッポン ~
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柴良和俊

 リビングルームで愛莉は姫にアルバムを見せていた。


 理恵の生まれた時の写真から、つい最近までのを見せながら、笑いながら苦しがる。


「理恵……。苦しい目に遭ってないかな……」


 異世界に飛ばされ、剣と魔法の世界でキョドキョドしているだろう娘を想像し、心配で胸がはちきれそうになっている愛莉に、姫は優しく声をかけた。

「愛莉様の小さい頃も拝見したいわ。愛莉様のはありませんの?」


「ありますよっ」


 愛莉は立ち上がると、寝室の引き出しから別のアルバムを取り出し、持って来た。


「それにしてもニッポンの肖像画は驚愕的ですわ。こんなに精密に写実的で、しかも機械の中であっという間に、自動的に描かれてしまうんですもの。魔法よりも素晴らしいわ」


 写真を肖像画だと思い込んでいる姫の間違いは訂正せずに、愛莉は微笑むと、自分のアルバムを開いた。


 色褪せた赤ん坊の頃のアナログ写真から、プロに撮影してもらった結婚式の写真までがそこに並べてあった。

 愛莉の説明を聞きながら、姫は楽しそうにアルバムをぺらぺらとめくり、一枚の写真を見て手を止めた。


「あら? これはどなた?」


 不自然だった。愛莉が必ず写っているすべてのページの中で、その写真だけ、愛莉ではない人物が1人で写っていた。


「ああ、それはね」

 愛莉は懐かしそうに笑った。

「私の命の恩人なんです」


 17歳ぐらいの少年だった。とても整った顔立ちをしており、短い黒髪には美しくウェーブがかかり、薄い唇が微笑みを浮かべている。


「命の恩人?」


「ええ。柴良さいら和俊かずとしくんといって、同じクラスの男の子だったんですけど……。私がトラックに轢かれて死にそうになっていたところを、彼が助けてくれたんです」


「まあ、そうだったんですの」


「でも……。私は助かった代わりに、彼はトラックに轢かれて死んでしまいました」


「……まあ!」


「今、私が生きているのは彼のお陰なの……。感謝の意を込めて、彼の写真をここに貼ってあるんです」


「恋人でしたの?」


「いいえ。私の片思いでした」

 愛莉は遠い目をして微笑んだ。

「私が遠くの席からうっとりしながら彼のことを見つめていると、その視線に気づいた彼が迷惑そうな冷たい視線をこちらに向けて来ました。それだけの関係だったんです」


「でも、彼は貴女を助けた……」


「偶然通りかかったのでしょうね……」

 愛莉は悔いるように言った。

「最初は自分みたいなうんこ人間を助けるために彼が死んでしまったことが……そんな運命が許せなくて、自分が死ねばよかったのにと何度も自分を責めました」


「愛莉様はうんこ人間なんかじゃありませんわ」


「……でも、思い直したんです。彼の死を無駄にしちゃいけない。私は彼が助ける価値のあった人間になろうって」

 愛莉は天国を見つめるように微笑みながら、言った。

「私が笑っていることが、彼への恩返しなんだって、思うようにしたんです」


「きっと柴良さいら様も天国で見守ってらっしゃいますわ」

 姫はうなずいた。

「愛莉様の幸せそうな笑顔を天国から見て、助けてよかったって、心から思ってらっしゃいますよ、きっと」


 そして写真にまた目を戻すと、呟いた。

「それにしても……。この方のお顔……、どこかで……」


 リィエ・アーストントンテンプル姫は魔王の顔をよく知らなかった。




 次の日の朝、小早川家の呼び鈴が鳴った。


「あ。渡辺くんが迎えに来てくれたわ」

 愛莉がパタパタとスリッパの音を鳴らす。


「おはようございます」

 大人しく地味な渡辺くんが明るい笑顔を浮かべて、舞台俳優のようにハキハキとした声で挨拶した。

「お迎えに上がりました、理恵様!」

 胸には昨日、姫から頂いたたんぽぽが、レトルトパウチされて刺してある。


「おはよう、ワタナベ」

 廊下の奥から姫歩きで理恵が登場する。

「今日も楽しく学校へ参りましょ」


 姫がそう言ってにっこり笑うと、渡辺くんはその眩しさにその場で倒れそうになった。




 荷台に姫を乗せて自転車を漕ぎながら、渡辺くんが申し訳なさそうに言った。

「すみません、姫様。……実は今日の放課後、用事ができまして、姫様をお送りすることができなくなりました」


「まあ!」

 姫は驚きの声を上げた。

「今日は一緒に帰れませんのね? それは残念!」


「それより何よりこのままでは理恵様、今日はお家に帰れないことになってしまいます」

 渡辺くんは心配そうに言った。

「誰か代わりに送ってくれる人を見つけてくれませんでしょうか。僕が頼むよりも理恵様が頼んだほうが絶対にいいです。何しろ帰りの方向が同じなのはクラスで僕だけですから、誰に頼んでもわざわざ遠回りさせることになってしまう」


「苦労をかけてしまうのですね」


「ええ。でも、理恵様が頼めば、断る奴はいないですよ。たとえ学校から家が反対方向でも絶対に送ってくれるでしょう」


「わかりました」

 姫は言った。

「実はわたくし、この国を歩いて家まで帰ってみたいと、前々から思っておりましたのよ」


「え? なんですって?」

 渡辺くんは振り向き、聞いた。

「風の音でよく聞こえなかったです。もう一度お願いします」


「もし無理なら、愛莉様にお車で迎えに来てもらいますわ」


「いや、絶対に誰か送ってくれるとは思いますけど……。念のため聞きますが、お母さんを呼ぶのに理恵様、スマホの使い方は覚えました?」


「ええ。頑張って覚えましたのよ」


「じゃ、もしもし万が一、誰も送ってくれる人がいなかったら、電話でお母さんを呼んでくださいね?」


「りょうかい承知の助ですわ」

 姫はそう言うとスマホを取り出し、操作した。


 画面には電話帳ではなく、グーグルマップが映し出されている。

 姫は細い指先でそれをスクロールさせて遊びながら、声を弾ませた。


「今からワクワクしますわ」


「え? 何がですか?」



 リィエ・アーストントンテンプル第二王女は小さな冒険が大好きだった。



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