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食欲怪人勇者姫リィエのぼうけん  作者: しいな ここみ
第四章:小早川理恵 ~ お姫様と現代ニッポン ~
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小早川理恵様のお食事

 父の小早川こばやかわ泰造たいぞう50歳がJAの仕事から帰って来た。


「今日はサツマイモをたくさん持って帰ったぞう」


「わぁ! 姫様に石焼きイモを作ってあげよう」

 小早川こばやかわ愛莉えり45歳は飛び跳ねた。


「お帰りなさいませ、パパ様」

 小早川理恵17歳の体の中に入っているリィエ・アーストントンテンプル姫がにっこり笑って迎える。

 ピンクのうさ耳のフードをかぶり、ぴょんぴょん跳ねながらハグをして来た。


「おう、姫さん。やっぱいいなー、娘はこんくらい可愛く迎えてくれないとなー。目に殺気すら籠もってた理恵とは大違いだ。ずっと入れ替わっててくんねーかな」


「自分の実の娘をよくもそんな邪険にできんな、てめー!」

 愛莉が泰造のみぞおちに肘打ちを入れた。


「おうっ!」

 泰造は前のめりになり、帰りにこっそり買い食いしていたファミチキのどろどろになったものを吐いた。


「あっ! てめー! ファミチキ買い食いして帰って来やがったな? 死ね!」

 愛莉の裡門頂肘がヒットし、泰造は弾け飛んだ。


「ごばあ!」


「まぁ、ふふふふふ。相変わらず仲がおよろしいのね」

 理恵が笑う。

「さ、パパ様。わたくしたち、パパ様のお帰りを待ってましたのよ。ご一緒にお食事といたしましょう。今宵は愛莉様ご自慢のぶり大根ですのよ」




 姫はナイフとフォークで綺麗に大根とぶりを切ると、おちょぼ口に持って行った。


「美味しいわ! さすがは愛莉ちゃまね」

 にっこり笑う。


「理恵が大好きだったんですのよ、ぶり大根」

 愛莉は亡くなった娘の話をするように言った。

「ぶり大根には白ごはんよりも素うどんってのがあの子のこだわりでしたの……。だから、はい。素うどん」


 姫は自分の目の前に置かれたお椀の中で湯気を立てる素うどんを見て、感嘆の声を上げた。

「美しいですわ! なんて美しい! なんて透き通るように真っ白なヌードルなのでしょう! まるでシルク・フィッシュの白子のよう!」


「俺が打ったんだぜ」

 自慢げに泰造が言う。

「理恵は俺の打つうどんが大好きだった。あいつも見事なのが打てるんだぜ」


「まあ! それは素晴らしいですわ! では、いただきます」

 そう言ってフォークにうどんを巻き付けようとしたが、滑ってしまってうまく出来ないのでナイフで綺麗に切り刻みはじめる。


「あっ。だめだめ。それはこうやって……」

 泰造が音を立ててずるずると啜ってみせた。

「こうやって豪快に食うのがうまいんだぜ」


「ええっ!?」

 行儀悪いとしか思えない泰造の食事マナーに姫は引いた。


「これがニッポンの食事マナーですのよ、姫様」

 そう言うと愛莉も、泰造よりは控えめながら、音を立ててうどんを啜った。


「まあっ!」

 姫は驚いて母を見つめた顔をうどんに戻し、言った。

「や、やってみますわ……」


 フォークを塗り箸に持ち替え、最近上手になった持ち方でうどんを二本掴み、持ち上げる。

 うどんを見る目が真剣だ。動揺が顔に浮かび、頬が赤くなったり青ざめたりを激しく繰り返す。


 すす……


「違う違う!」

 泰造が笑う。

「『すす』じゃなくて『ずぞぞぞ』だ! せめて『ずず』で行こうぜ」

 そしてまたうどんを豪快な音を立てて啜ってみせる。


 姫は泰造の音を愕然として聞き、真剣な顔で何度もうなずくと、苦難に立ち向かうように、再びうどんを持ち上げた。


 毎回赤点の剣術の授業を頑張るように、大きな口を開けると『えい!』と気合いを込める勢いでうどんをそこへ突っ込み、思い切り啜った。


 ずぞぞぞぞぞ


「そうだっ! その音だっ!」

 泰造が喜ぶ。


「それよ、姫様! それでこそニッポン人です!」

 愛莉が微笑む。


 啜ったうどんを少し咀嚼したところで姫の動きが止まる。


 こちらを向いた姫の顔中が涙と鼻水で濡れていた。


 それを見た泰造も愛莉も慌てて、


「ああっ! 姫さん! 無理させちまってごめんよ!」


「ひっ、姫様! うちのバカ旦那が大変失礼なことを……!」


「おいしい……」

 姫は止まらない涙を流しながら、言った。


「えっ?」


「知りませんでした。この食べ方、食べ物がとてもおいしくなる」

 そしてうどんをまた箸でごっそり持ち上げると、今度は躊躇なく豪快に啜った。


 ずぞぞぞぞぞぞぞぞ!!!


「ひ、姫様ー……!」

 愛莉の恍惚とした笑顔に涙が浮かぶ。


「無理させちまってすまねえ。でも……成長したなあ、姫さん」

 泰造は感動の涙を流し、逞しい腕で拭った。


「おいしい! おいしいですわ!」

 姫は太陽のような笑顔を涙で染めた。

「こんな国のこんなお家に生まれたら、理恵様が食いしん坊に育つのも当然ですわね」



 ごはんの後の抹茶アイスを幸せそうに味わう姫に、泰造が聞いた。

「学校はどうでい? 慣れたかい?」


「ええ。みなさん良い方ばかりで、とても楽しいですわ。ただ……」

 姫は笑顔を曇らせた。

「学業のほうが……。追いつけません」


「英語とかが特にわからないのですよね」

 愛莉が同情を声に込める。

「アーストントンテンプルに英語はなかったでしょうから」


「数術と国語はむしろ得意なのですけれど……」

 姫はうつむいた。

「その他はさっぱりと……。このままでは試験に落第してしまいますわ……」


「もしこのまま理恵が帰って来なかったら、10年ぐらい高校生やらなきゃなんねーかもしれねーな」

 泰造が深刻な声で言った。


「てめー不吉なこと言うんじゃねーよ」

 愛莉がお茶をぶっかける。


「本当に……。あり得ないことですけれど、もしも万が一、このままわたくしがアーストントンテンプルに帰れなかったら、理恵様の人生をめちゃめちゃにしてしまうことになりますわ……」


「大丈夫よ、姫様」

 愛莉が言った。

「姫様が絶対に入れる大学があるんです」



 食事を片づけると、小早川家ではいつもならテレビをつける時間になった。

 しかし今日はテレビはつけず、姫の弾くピアノに耳を傾ける。

 ピアノといってもおもちゃの電子ピアノだが、姫はそれをうっとりするような音色で歌わせた。


「素敵よ……姫様……。シャルマン(フランス語で『かわいい』の意味)……」

 愛莉がうっとりしながらハンカチを噛む。


「なるほど、音楽大学か。英語さえ最低限勉強すりゃ確実に行けるな、確かに」

 泰造が何度もうなずいた。


「日本に……っていうか現代世界に、これほど趣ある格調高いピアノを弾ける人間はいないはずよ。楽典も暗記されてるようだし。絶対に受かるわ」


「しかし理恵がピアニストかあ……」

 泰造は戸惑いを顔に浮かべた。

「あいつは絶対にうどん職人になると思ってたんだがなあ……」

 そして天井を見上げ、言った。

「畜生。姫さんのピアノを聞きながら、理恵と一緒にうどんを打ちてえなあ……」


 リィエ・アーストントンテンプル姫の弾くピアノは父の涙を誘った。



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