おひげ、生やして!
モーラはアクエリアの死骸から体毛を一本と肉片、骨のかけらを取ると振り返り、シュカに言った。
「脳がないわ。魔神に食べられちゃったのね」
「それがなければ……!?」姉を蘇らせられないのか、とシュカは顔で聞く。
「あなたの記憶の中のお姉さんを使うわ」
モーラはそう言うと、シュカの額に手を当てた。
シュカは目を瞑る。
優しかったアクエリアの思い出を、6歳の頃の自分の気持ちを思い出す。世界一愛していた。
「うん。充分ね」
そう言うとモーラは笑った。
「最低でも一週間はかかるわ。それまで待ってね」
「お願いします!」
シュカは深く頭を下げた。
「なんだ……」
レオメレオンは2人のやりとりを傍観しながら、戸惑っていた。
「何が起きようとしているのだ……」
「さて」
モーラはリィエに振り向いた。
「理恵ちゃんには教育が必要なようね」
リィエはまだ巨大な山のまま倒れ、起きあがれなくなっている。
た
助けて
この体、重すぎる……
っていうか
お腹空いた
あそこに転がってる地獄の番犬
食べていい?
「まだこんなでっかい魔物が残っていたか」
シュカはそう言って光を浮かべるてのひらをリィエに向けた。
「だめだめ。それリィエ姫よ」
「こっ……これが……?」
シュカは慌てて手を引っ込めた。
「このぶさいくな化け物が?」
「理恵ちゃん。あのまま突っ込んでいたらあなた、魔神に余裕で負けていたわ」
モーラは女教師のように言った。
「でかくなりすぎよ。そこまででっかくなったらまともに動けないでしょ? 超巨大まんじゅうみたいに魔神に好きなところをもぎ取って食べられていたに違いないわ」
た
食べ放題……?
「コントロールすることを覚えなさい。……ま、自力で食欲怪人に変身できただけでも、進歩ね」
そう言うとモーラはくるりと背を向け、歩き出した。
「シュカ。お姉さんのことは引き受けたわ。でも、その前に行くところがある」
キッと魔王城の方向を睨む。
「サイラスのお尻をぺんぺんして来ないと……!」
ああっ
モーラさん
待って!
何か食べ物を……!
そこへリーザとロウがようやく走って追いついて来た。
「もー! 師匠が魔法のおべんきょうなんか始めるから遅れちゃったじゃない!」
リーザがぷんぷんしながら言う。
「いやぁ、なんかな、突然やりたくなっちゃってな。……うおっ!? なんだ、この山のような化け物は!?」
ロウがリィエを見てびくっとする。
く
黒毛和牛うううううう!!!!
食わせろ!
リィエがロウに襲いかかる。しかし体が重すぎて動きが遅すぎる。
ロウが剣を抜き、リィエに斬りかかる。しかし的がでかすぎてなかなか斬り刻めない。
「シュカ……!」
リーザが上半身裸の彼に気づき、頬を赤らめて駆け寄る。
「どうしたの? そんな格好で」
「なんでもないよ、リーザ」
そう言ってシュカはただ笑った。
リーザは彼の真実を見た。しかしあまりにもそれは複雑すぎて、何が何やらわからなかった。だから、良いことだけを見ることにした。
「あんたが皆を救ったのね? さすがね。誉めてあげる」
「光栄です。リーザ姫様」
シュカはかわいいものを見る目をして、笑った。
レオメレオンが近づいて来て、言った。
「しかし……。シュカ……。お前の魔法神があのニムスとは……」
「えっ?」
リーザが目を丸くしてシュカを見た。
「大丈夫なのか?」
レオメレオンが聞く。
「バルマやニムスを魔法神に持つ者は皆、短命だと聞く。大きすぎる力に容れ物が耐えきれず、魔法神の力に蝕まれて……」
「心配ありませんよ」
シュカはレオの言葉を遮った。
「僕はそれを抑える術を心得ていますから」
そう言うシュカを、リーザが信じられないものを見るように見つめていた。
『真実を見る瞳』が、みんなを安心させる嘘をつく人を見るように、大きく見開かれ、震えていた。
唐突に『どこでもドア』が現れ、開いた。
みんながそっちに注目する。
みんなに見られながら、その視線にめちゃめちゃ照れながら、中からヘーゼルナッツチョコ第四王女の小さな姿が現れた。
「ヘーゼル様! このような戦場へ……!」
レオメレオンが急いで駆け寄り、ひざまずいて敬礼した。
「危のうございます! 戦闘が終わったところとはいえ……」
ヘーゼルはぷいとレオから顔をそむけると、リーザのほうに向かって歩いた。
「ヘーゼル。心配して見に来てくれたのね?」
リーザは微笑むと、妹姫にハグを求める。
「別に……。見に行って来いと、お父様に……」
こっちへ来かけて顔をそむけ、またレオのほうへ歩いて行きかけるヘーゼルの手をリーザは握った。
「ありがとう。あんたがフウガにお願いしてくれたお陰でこの通り、すっかり毒は消えたわ」
「本当に?」
ヘーゼルは顔を上げると、心配そうに姉の顔をチラッと見た。
「顔色……いいの?」
「うん! よくなった! 敵にも勝てたしね」
「……よかった」
そう言うとヘーゼルはまた顔をそむけた。
「闘いも……勝ったんだね!」
そむけた顔が嬉しそうに笑っていた。
2人のやりとりをレオメレオンがにこにこしながら見ているのに気がつくと、ヘーゼルは何やら意を決したように歩き出した。
「……レオ」
「はい。なんでございましょう、ヘーゼル様」
「……あのね」
「はい」
ヘーゼルは顔を上げた。ひげのなくなったレオの綺麗な顔をまっすぐ見ながら、言った。
「おひげ、生やして」
「は?」
「おひげ……あるほうが……好きだったんだもん!」
そう言うとヘーゼルは逃げるように駆け出し、扉の中に飛び込んだ。
くっ
くっ
食わせろやぁぁぁあ!
黒毛和牛!!!!
「こんだけ斬りまくってんだからいい加減くたばりやがれ、化け物!!!」
殺伐とじゃれ合うように絡み合うリィエとロウのほうへ向かって、細長い手足をせっせと動かして、メロンが向こうのほうから駆けて来た。
やって来るなり口の中から大量のゴブリン、オーク、スライム、ガーゴイルを吐き出した。
「お食事ですよ~、リィエ様。たっぷりお召し上がりになって元の姿にお戻りください。ひっひっひ!」




