リーザ vs コハク
コハクがいきなり短剣を前に出して襲いかかった。
「シュッ!」
普通の者なら今までさんざん騙されておいて、素直にまっすぐ来るとは思わない。裏を読みすぎてそのまま心臓を一突きされて終わりだ。
しかしリーザは己の目に映ったものを信じるのみだ。何も考えず、襲って来た短剣を避けながら剣で胴を払いに行く。
「ハァッ!」
血飛沫が激しく飛び散った。
リーザの右腕からだ。
「頭悪くはないんだろうから少しは自分の頭で考えなさい」
コハクはそう言いながら振り返り、とどめを刺しに行く。
「あんまり自分の目を信じすぎないほうがいいわよ」
短剣がリーザの額に突き刺さる。
「あたしは騙しのプロなんだから」
リーザの額から血の噴水が上がった。
「アアアアアア!!!」
メロンが叫ぶ。
絶叫である。
「あんたのお弟子さん、口ばっかりね」
コハクは空に浮かんで立っているロウを一瞥し、
「さて、カーニィは大賢者を殺った頃かしら?」
ようやく気がついた。
リーザの顔が緑色の髪のおばさんになっていることに。
「アアアアハアハアハアハ!!!」
メロンはさらに絶叫した。
「素直な攻撃が頭に来て助かった! ひひひいひいっひ!!!」
「何!?」
コハクの無表情が崩れた。
リーザの顔面にくっつき口からどばどば血を噴いているメロンの姿に腰が引く。
「何なの!?」
「ハァァァァーーッ!!!」
リーザの振り下ろした剣がコハクの脳天を直撃する。
コハクは頭からまっぷたつになったりはせず、大きなたんこぶを作って幌の上に倒れた。
白目を剥いて倒れたコハクと自分の右腕に布を巻いて止血しているリーザを交互に見ながら、ロウが言った。
「まだその剣使ってたのか、リーザ。ちゃんとすっぱり斬れる剣を買えよ。金がねーわけじゃねェんだから」
「いえ。私にはこれしか使えません」
リーザは止血しながら、剣を掲げた。
鋭い刃がついているように見えて実は角の丸くなっている、斬れない剣だった。
「ソード・オブ・フォーギブネス。肉体を斬れないこの剣は、代わりに相手の心を斬ります」
そして勝利の一言を決めた。
「罪を斬って、人を殺さず!」
「姫様を守ったどー!」
メロンも超細長い腕を振り上げると、勝利の一言を決めた。
「あたしがガーディアン・スパイダー、メロンよ! ひーっひっひ!」
☆ ★ ☆ ★
「あのひとだ……! あのひとが来ている……!」
進軍する隊列の先に巨大な魔神ウィロウの気配を感じ取って、アクエリアは喜びに震えた。
「あたし……、あのひとを殺したかったの……、ずっと……ずっと……!」
「食べてらっしゃい」
モーラがけしかける。
「お腹がいっぱいになるわよ。それに、それで戦争も終わる」
そう言って、傍らの『どこでもドア』に目をやった。
フウガは今、弱っている。好機だ。今なら抹殺できる。
駆け寄ると扉が閉められた。
力ずくでまた開いたが、扉の向こうは何もない空間に変わっていた。アクエリアの首輪から伸びている鎖を手繰り寄せてみても手応えはなく、鎖は途中で切れてしまった。チッとモーラは舌打ちした。
「行って来ようかなァ……」
アクエリアの美しい黒髪が逆立ち、ざわざわと音を立てはじめる。
「あのひとを食べに……」
「……姉さん?」
シュカが目を覚ましていた。
まだ夢を見ているような目で、アクエリアを見る。
「なぜ姉さんが……生きてるの……? 夢……?」
「あら。シュカ、起きたのね」
9年ぶりに弟と言葉を交わすと、アクエリアの狂気に満ちていた目が少し優しくなった。
「あたし、最高のごちそうを食べて来るのよ、これから」
そしてそのごちそうをイメージし、食欲を全開に解放しはじめる。
「これが終わったら一緒にユーダネシアに帰ろうね。あの懐かしい南の島で、のんびり暮らしましょう」
リィエはそっちのけになりながら床に座り込み、目が点になっていた。
な
なんのことだか
さっきから全然わかんない……!
「リエちゃん」
モーラが側に駆け寄り、言った。
「見るのよ、しっかり」
え
見るって……
どこを?
「あの褐色の肌の娘よ」
モーラはリィエの両頬をがっしり手で挟み、アクエリアのほうに向けた。
「あなたの先輩……。でも、世界の救世主とは程遠い女よ」
「ギャウゥ……」
アクエリアの全身が食欲に震えはじめる。
「ガクガクガクガク!!」
激しく唾液を口から迸らせる。
「彼女は自分の意思で『食欲怪人』に変身できるの」
モーラはリィエに教えた。
「この変身シーンをしっかりと目に焼き付けて、あなたも自分の意思で変身できるようになるのよ」
「バウバウバウバウ!!!」
アクエリアが地獄の番犬のようにたくさんの口で吠えた。
「魔神ウィロウ! 食わせろやバウワウアウアウアウ!!!!」
リィエは世界がひっくり返るような衝撃にバスケットボールのように転がった。
モーラが足を掴み、なんとか馬車から放り出されるのを食い止める。
「危ねェ!」
ロウは危険を察知し、リーザを真正面から抱いた。
「ちょっ……! 師匠! 抱きつくなーーーっ!!!」
リーザはかわそうとして、飛んだ。
その瞬間、馬車が割れ、粉々になる。
「ひぃひひひアクエリアだわ!」
リーザの胸にひっついてメロンが叫んだ。
「あの悪魔の雌犬! こんなことも出来たのね!」
馬車を粉々にして中から現れたのは、真っ黒で巨大な一頭のケルベロスだった。三つの頭を持つ、地獄の番犬だ。
「ウィロウ! あんたを食わせろォォォォオ!!!」
そいつはアクエリアの声でそう吠えると、凄まじいスピードで駈け出した。
「おいおい何てこったい」
ロウはリーザをお姫様抱っこして飛びながら、呟いた。
「戦争が終わっちまうぞ……。アクエリアが魔神ウィロウ食っちまったら……」
「姉さん……?」
シュカは草原に放り出されながら、叫んだ。
「姉さーーーんっ!?」
天地を揺るがす咆哮を上げながら、巨大な食欲怪人となったアクエリアが駈ける。
「な、なんだあれは!?」
魔神ウィロウと対峙していたレオメレオンが驚き、振り返る。
「ウゴォアアアア!!!」
靄の中に光る目が見開かれ、魔神ウィロウが声を上げた。
まっすぐ突っ込んで来るアクエリアの巨体を二本の腕で止めると、持ち上げた。
魔神ウィロウはアクエリアの五倍は巨大だった。
「ムッシャァァァア!!!!!」
魔神ウィロウはアクエリアの三つの頭に噛みつくと、いっぺんに食いちぎった。