好き! 好き! キス!
フウガがリーザの治療をしている傍らで、リィエは疲れて眠るシュカの眉毛を見ていた。
立派に太い、茶色いその眉毛は風もないのにふさふさと揺れ、同じ色の頭の丸さとあいまって、飼っていたたぬきのポン太を思い出させた。
思わず眉毛を指で撫でると、懐かしい感じがした。ポン太の頭のアホ毛を撫でる感じと同じだ。
ああ
ポン太
大好きだよ
リーザは何かを感じて目を開けた。
フウガは真剣な表情で治療をしてくれていた。
その向こうで、リィエがシュカを可愛がっている。
「リエちゃま……」
リーザは思わず聞いた。
「何してるの」
リィエは答えた。
あたし
好きなの
この子のこと
リーザは『真実を見る瞳』でそれを見た。
リィエの言葉に嘘はなかった。
心からリィエは、疲れて眠るシュカに特別な愛情を抱いていた。
「ちょっ……!? リエちゃま!?」
リーザは身を起こしかける。
フウガがうるさそうな顔をしてまた寝かせる。
リィエはさらに言った。
いっつも
キスしてたんだよ
この子と
あたし
そう言いながら頭の中にはポン太の可愛い唇とちゅっちゅする自分の姿が浮かぶ。
リーザは見た。相手の姿までは見えないが、リィエが何かシュカっぽい茶色くて可愛いものとちゅっちゅしている。それは真実だった。
「ダメーっ!」
リーザが泣き叫んだ。
その声でリィエは我に返った。
目の前で眠っているのはたぬきのポン太ではなく、15歳の少年だ。
リィエは意地悪そうに笑うと、言った。
あたし
これ
横取りしちゃおうかな
「やだーっ!」
リーザが大声を張り上げた。
「なんで!? やめてよリエちゃま!!!」
ひひひ
嫌なら
早く起きあがれ
フウガが長い腕を振った。平手打ちがリィエの鼻に飛んで来た。
ばちこーん!
うわ
本当に飛ぶんだ
目の前を星が飛んだよ
いたたたた
「リーザ姫を興奮させないでください」
フウガは殺気を放ちながら、言った。
「せっかく毒を分解しはじめていたところだったのに」
え
リーザ
治るの?
「その希望が見えはじめたところです」
フウガはあまり面白くなさそうに言った。
「だから邪魔しないでください」
や
やった
やったぁー!
リーザ
よかったねぇ!
ジャンプして喜ぶリィエを白けたように見つめながら、フウガがさらに言う。
「リーザ姫は治ります。ただ……、私が治療に専念している間、あなたの『食欲怪人』の力は発動させることができません。あなたは最強最狂の姿に変身することが出来ず、何も出来ないゴミムシのままだ。殺されないように、大人しくしていてもらえますか」
あ
やっぱり?
あれって
フウガがいつも発動させてたの?
「ご自分の力じゃありません。あまり図に乗らないように」
そう言い渡すとフウガは再びリーザの治療に専念しはじめた。
リーザは気を失っていた。
うわごとのように繰り返している。
「だめぇ……。リエちゃま……。横取りしちゃ……。シュカは……。シュカは……私のぉ……」
シュカは深く眠っていて、何も聞こえていなかった。
☆ ★ ☆ ★
「私を倒せるつもり?」
コハクは無表情に、ゆらゆらと空を飛んで近づいて来るモーラに言った。
「詐欺にひっかかりやすいおばあちゃんみたいなあんたが」
「ま、なんとかなるでしょ」
モーラは呑気に言った。
「なんでもかんでも信じなきゃいいだけでしょ。ところであんた、朱雀っていうより鷺のほうがお似合いだったわよ」
「言っとくけどここにいるのは私の本体じゃないわよ」
コハクは言った。
「本体は今、あんたの後ろからあんたを刺そうと狙ってる」
「信じない、信じない」
モーラはそう言うと、口をぱかっと開けた。
その中から無数の蛇がマシンガンの銃弾のように発射されようとしている。
どすっ!
「うっ?」
モーラは呻いた。
振り返るとそこにコハクがいて、短剣でモーラの背中を刺していた。
さらに何度も刺して来る。
「ほ~ら」
最初からいたコハクが言った。
「言ったでしょ」
モーラはなんとか逃げた。傷は深いが、モーラにとってはなんてことはなかった。
「さて」
コハクはさらに言った。
「本物はどれだと思う?」
四方八方からコハクが20人ぐらい、襲って来た。
どのコハクも同じ無表情で、手には短剣を持っている。
「しまったわね」
モーラは呟いた。
「相手を逆にしたほうがよかったわ」
ロウはカーニィを羽交い締めにしたまま、アレし続けていた。
「可愛い女の子が相手だと俄然やる気が出るな」
ロウはそう言いながら、アレを続ける。
カーニィは精神を壊されたようにボロボロになっていた。
「さて、とどめを刺すか」
ロウがそう言った時、カーニィが突然、振り向いた。
大きく開けた口から毒を噴射し、ロウはまともにそれを顔に浴びた。
「ぎゃあーーっ!!」
「このクソ野郎!」
カーニィが憎しみを目に表し、唾を吐く。
「さんざんアレしてくれやがって!」
カーニィの爪が伸び、ロウの喉笛をかき切ろうとした時、空からモーラが降って来た。20人のコハクに手を焼き、逃げて来たのだった。
「ロウ! 大丈夫なんでしょ?」
モーラは急いで言った。
「相性で言えば相手が逆よ! あんたがあの無表情の相手して!」
「大丈夫なわけねーだろ!」
ロウは泣いた。
「毒にやられたんだぜ? 平気なわけねーよ! 死ぬよ! なんとかしてくれよ!」
そこへコハクの群れが追いついて来た。
巫女の衣裳を揺らしもせず、どれもが同じ動きで、悪戯をする天使たちのように降って来る。
「来たわ! あれ何とかして!」
モーラに言われ、ロウが動いた。
まっすぐに飛び、迷わず20人のうち1人めがけて突進して行く。
「な……なんで?」
本物のコハクが無表情で狼狽える。
「なんでこれだけの私の中から本物の私がわかるの!? まさか……あんた、リーザ姫をしのぐ瞳力の持ち主!?」
「ちげーよ。オレは元々なんにも信じてねェだけだ」
ロウはそう言うと、まっすぐコハクに抱きついた。
「可愛い女の子は除いてな」
そして有無を言わせずコハクの唇にキスをした。
「うーーーっ!?」
コハクの無表情にひびが入る。
「うややややーーーっ!!!」
「オレの毒をもらってくれ」
そう言うとロウはコハクの中に毒をすべて吐き出してうつした。