闘い終わって
リーザは目覚めた。
「……夢?」
辺りを見回すと、テントの中だった。
広めのテントの中には他に誰もおらず、地面に敷いた毛皮の上に、着ていたはずの鎧を脱がされ、肌着姿で寝かされていた。
「もぉっ!」
リーザは怒り出した。
「目覚めた時に顔を覗き込むぐらいできないのっ!? あいつめ~……」
ごろんと寝返りを打つ。
ひどい夢を見た。
巨大な怪物に人が食われる夢だった。
醜い姿の怪物はとても下品だった。
魔物とはいえ人の形をしたものを、まるでヌードルでも食べるように、しかもマナーもへったくれもなく、大きな音を立てて啜って食べたのだ。
しかしあれが夢だったのなら、オーバ3兄弟の襲撃も夢だったのだろうか?
それなら、シュカの口があんなことを言ったのも……?
「夢……じゃないよね?」
リーザは唇に指を当て、呟いた。
「夢じゃないなら……あの怪物は誰?」
サラサラの金髪ロングヘアーを揺らし、その他の体毛はすべて真っ黒の、ゴリラみたいなアリクイみたいな怪物。そうだそのおぞましい姿に自分は気を失って倒れてしまったのだった。
「あの怪物は……何?」
リーザは暫く寝ころんだまま考え、がばっと起きあがった。
「そうだ! リエちゃまは!? 無事!?」
リィエは目覚めた。
……夢?
辺りを見回すと、お天道様の下に無造作に寝かされていた。
横を見るとレオの背中があった。なんだか疲れ果てたように座り込み、うつむいている。
話しかけようかとも思ったが、そっとしておいてあげることにした。
お疲れさま、レオ
勝ったんだね?
よく覚えてないけど
ふぅ、と息を吐いて寝返りを打つ。
楽しい夢を見た。
ざるそばと台湾風まぜそばを続けて食う夢だった。
ざるそばは絶品で、たぶん十割そばだった。
まぜそばは花椒が絶妙に効いていて、辛いもの大好きなリィエを喜ばせた。
日本人らしく、ずぞぞぞと派手に音を立てて啜った。
お昼ごはんはまだ食べてないはずなのに、お腹が膨れていて満足だった。
しかしあれが夢なら
どうしてお腹が膨れているのだろうか?
大好きな麺類をお腹いっぱい食べた夢は
実はほんとうにあったことなのだろうか?
考えようとして、なんだか考えたら後悔するような気がしてやめた。
胸にひっついてメロンは珍しく眠っていた。
記憶の端っこに、ザールス・オーバにやられかけていたロウのぶざまな姿が蘇る。
あっ
そうだ
ロウさんは無事?
ロウはうちひしがれて河原で体育座りしていた。
アーストントンテンプル軍最強の剣士と謳われた自分が、あんなふざけたドーピング野郎にやられかけた。
リィエの食欲怪人が発動しなければ、どうなっていたことか……。
「師匠!」と背後から女の子の声がした。
うつろな目で振り向くと、リーザが剣を手に駆け寄って来るのが見えた。
「どうしたの? こんなところで、どんよりオーラ出して」
「別に……」
そう言ってロウは後ろを向いた。
「うわぁ……」
リーザが呆れた声を出す。
「いじけた師匠、初めて見た」
「うるせェ……」
「ところで師匠、リエちゃま……リィエお姉ちゃまを見かけませんでしたか?」
「あっちの広場でぐーぐー寝てんよ。レオと一緒だ」
リーザはそちらへ行こうとしかけ、足を止めた。
剣を下に置くと、ロウの背中に向かって敬礼する。
そして言った。
「師匠。私にまた剣を教えてください。リーザはまだまだ未熟者です」
「オレなんかよりそのへんのコガネムシにでも頼めよ」
ロウは後ろを向いたまま、言った。
「アリンコのほうがオレなんかより強いかも」
「私は諸国を回り、修行の旅をして来ました。城を出た理由はご存じの通り、お父様とのことでしたが……。それでも剣の修行をしたいと以前から思っていたこともあり、よい経験となりました」
「ふーん」
ロウは川に向かって小石を放った。
「よかったね」
「ですが」
リーザは続けた。
「剣の腕前が上がったとは思えないのです。体が成長したぶん強くはなったと思うのですが、新たなものは何も得られなかったように思います。師匠ほど多くのものを私に教えられる者には巡り会えませんでした」
ぴくりとロウの背中が動いた。
なんだか嬉しそうだった。
「私は道場巡りをし、木刀での立ち会いを重ねましたが、全勝しました。師範代すら私の足下にも及ばなかったのです」
「そうだろう、そうだろう」
ロウがそう言って、踊るように体を左右に揺らしはじめた。
「オレの弟子だからな」
「改めて思い知りました。師匠はこの国で最強の剣士だと」
リーザは心からの言葉を言った。
「卑劣なドーピングでもなければ師匠を倒せる者はいません。どうか、また私に剣を教えてください! 私を最強の剣士に育てられるのは師匠を置いて他にはいません!」
「よーし! 手取り足取り教えてやんよ!」
ロウは元気よく立ち上がると、両手を広げてリーザに襲いかかった。
「まずはこれを防いでみろ!」
「えっ!? うわぁ!」
リーザは足下の剣を急いで取ると、鞘に入れたまま振った。
それをくねくねと気持ち悪い動きで避けるとロウはリーザの胸に手を伸ばす。
リーザは胸を守って前へ倒れ込む。それを背中から抱きしめると、ロウは首筋を舐めに行った。
「ちょっ……ちょっ! 師匠! ふざけるのもいい加減に……!」
「リーザぁ! いい女になりやがって! ハァハァ!」
「私のことなんか子供としか思ってなかったんじゃないんですかーっ!?」
「こんないい匂いのする子供がいるかよ! よーしオレのものにしてやる! 抵抗すんな! 新しい寝技を教えてやる! ハァハァ!」
そこへちょうど通りかかったシュカが激怒した。
「ロウーっ!」
「あっ、やべっ……」
ロウはそう言いながらその手は止まらずリーザの胸をもみに行く。
「結ぶーっ!」
シュカがそう言いながら両手を前で結ぶ。
ロウの額がきゅっと締まった。三蔵法師に頭の輪っかを締められてこらしめられる孫悟空のように。
「うぎゃあああああ!!!」
ロウの悲鳴が青い空に響いた。
リィエはロウの無事を心配しながら、動かなかった。
なんか動くのが面倒臭かった。食後のように。
レオに聞いてみればいいやと思った。そうだ、そろそろ起きよう。レオにも声をかけてみようと思い、半身を起こす。
レオ
起きてる?
ぴくりと反応し、レオメレオンが振り返った。
リィエはびっくりして声を上げた。
レオ!
レオ!?
額縁は!?
振り返ったレオの顔には、その周りを縁取る、あの黄金色のひげがなかった。
つるんとした顔は十歳ぐらい若返ったように見えた。
そして思った通り、ひげのないレオはカッコいいおじさんだった。
「あ……。こっ、これは……」
レオが言い訳するように、言った。
「今回の一騎打ちの……事実上の敗北に対する戒めのつもりですぞ。けっ……決して姫様にこのほうがカッコいいと言われたからでは……」
かわいい
このおじさん、かわいい!
リィエはそう思い、あははと笑った。