レオメレオン vs マーゼス・オーバ
「ウオオオオッ!」
金色のたてがみを揺らし、獅子が吠える。
振るわれた船の錨のような太い爪が伸び、相手に襲いかかる。
ギィン!
赤茶色の長髪に黒い鎧姿の剣士、オーバ三兄弟長兄マーゼス・オーバはそれを剣で受け流すと、消えた。
「無駄である!」
レオメレオンは金色のたてがみを下向きにたなびかせると、上を向いた。
「俺には貴様の動きが読める! 動物的カンでな!」
思った通り上から降って来たマーゼスに、爪を振り上げた。
ギャアンッ!
これで何度目かの激しい鋼を打ち鳴らす音が響き、爪の攻撃を大剣で受けたマーゼスは後ろへ回転し、着地した。
「これほど動きを読まれたのは初めてだ」
マーゼスは敵を褒めた。
「さすがはアーストントンテンプル軍総隊長、レオメレオン・シュタイナーよ」
「俺の爪は受けた太刀をへし折るのだがな、どんな名刀であろうと……」
レオメレオンは褒めて返す。
「恐るべしは貴殿の腕よ。折れぬのはその大剣の性能ではない。貴殿の受け流し方が神がかっているゆえだな」
その時、後方で大きな物音がした。
レオが振り向くと、リィエ姫のいるテントがひっくり返っている。
ロウが黒紫の長髪の剣士と戦っているのが見え、身を隠すテントをひっぺがされたリィエ姫がなんだか恥ずかしそうにオロオロしているのが見えた。
「リィエ様……!」
レオメレオンは心配で胸がはちきれそうになり、ライオンの姿のまま、眉を寄せて心配そうな表情になる。
リィエの声が「レオ! 気にすんな! 後ろ後ろーっ!」と飛んで来た。
振り返るとマーゼスの大剣がすぐ目の前まで迫っていた。
レオメレオンはごろごろと転がり、それを避けながら、爪の攻撃を繰り出した。
ギャリィンッ!
火花が散った。マーゼスはまたもや大剣で爪の威力を受け流す。
「戦闘中によそ見をするとは」
マーゼスが怒ったように言う。
「私のことを舐めてらっしゃるのかな?」
「姫様が……。姫様を……お守りしなければ……」
レオはパニクっていた。目の前の闘いに集中できなくなってしまった。
「ううう……姫様がまるでお着替え中に布をひっぺがされたようなお姿であんなところに放置されている……。ううう……」
いつの間にかマーゼスが消えている。
気づかなかった。
「しまった!」
背後に瞬間移動したマーゼスが大剣を振り下ろす。
「この勝負、貰った!」
レオはリィエを心配するあまり、完全に敵を見失っていた。
咄嗟に前へ向かって駆けた。確実に敵のいない前へ。
動揺して立ち止まっていたら斬られていた。
マーゼスの大剣が空を斬り、地面に刺さった。
「好機!」
レオが前脚を踏ん張り、方向転換すると同時にカタパルトで弾かれたように飛ぶ。
しかしまたマーゼスの姿は忽然と消える。大剣ごと瞬間移動し、レオの左から斬りかかる。
レオはそれを避けると、四肢を踏ん張って立った。不安を吹っ飛ばすため、背後で戦闘中のロウに向かって大声で叫ぶ。
「ロウ! 姫様を頼むぞ!」
自分が護衛を引きつけている間に、弟のザールスが姫を始末する手筈だった。
何やらうんこが出なくて苦しむようにきばっているリィエ姫の元気ぴんぴんの姿を認めると、マーゼスも弟に向かって叫んだ。
「ザールス! しくじったのか!」
「邪魔が入った、兄者!」
弟からはなぜか楽しそうな声が返って来た。
マーゼスは舌打ちをした。
彼は弟のザールスとは違い、戦闘を楽しむタイプではなかった。
一刻も早く任務を遂行すること、それしか頭になかった。
マーゼスはうんうん唸っているリィエ姫をちらりと見ると、消えようとした。
「させるか!」
隙をついてレオの爪が消えかかるマーゼスに襲いかかる。
「うっ……!」
大剣でなんとか受け流したが、危なかった。
「姫様のところへ瞬間移動しようとしたな、今?」
レオが怒り狂った目で睨む。
「許さぬぞ、貴様!」
「やはり貴殿をまず倒さねば……姫のところへは行かせて貰えぬようだ」
マーゼスはレオのほうへ向き直る。
「急ぐとするか」
その時、ロウと闘っているザールスの声が飛んで来た。
「兄者! そろそろか!?」
「ウム。あまり時間をかけてはいられぬな」
マーゼス・オーバはレオから目を離さず、うなずいた。
「サイラス様から頂いた力、今こそ使う時!」
「ウッ!?」
レオの頬を冷たい汗が伝う。
マーゼスの雰囲気が変わった。
体の中から真っ黒なオーラが噴き出し、それがどんどん大きくなる。
レオは急いでそれを止めに走った。
「何かしようとしているな!? させるか!」
前脚を振る。爪が大剣の長さに伸び、マーゼスを襲う。
ガキィン!
マーゼスはそれを弾き返した。今までずっと受け流していたのを、初めてまともに弾き返され、レオは後ろへつんのめる。
「なんだ! この力は!?」
レオが目を見張る。
どんな名刀でも叩き折る自慢の爪をまともに受けたのみならず、弾き返されたことなどもちろん初めてであった。
「強化魔法か!?」
目の前に立つマーゼス・オーバの影が巨大になっていた。
本体は何も変わらないが、その影が巨大な化け物のように伸び、大剣を振り上げる。
真っ白な光がマーゼスを包んだ。
走って来たシュカが光魔法を浴びせたのだった。
しかし効かなかった。マーゼスは止まらず、大剣を振り下ろした。
「ウオオオオンッ!」
叫び声を上げ、レオはなんとかそれをかわした。
しかし地面が裂け、割れた。その衝撃がレオを吹っ飛ばす。
「ここが好機!」
マーゼス・オーバは振り返り、リィエ姫のほうを見た。
「ひっ……、姫様! お逃げを!」
遠くからレオが叫ぶ。
しかし二人が同時に見つめたその先に、リィエ姫の姿はなかった。
かわりに今、むくむくと巨大になっている最中の化け物が、殻を破り、脱皮の爆発音を轟かせた。
どっかーん!
食欲怪人勇者姫リィエ
ようやくすいさーん!
ゴリラのような顔に、よだれでべっちょり濡れたピンク色の唇から細長い舌をチョロチョロと蠢かすその巨大な化け物を見て、マーゼスはしたり顔で言った。
「かかったな、食欲怪人勇者姫リィエ!」
「ようやく出おったか!」
ロウにとどめを刺そうとしていた弟のザールスも動きを止め、嬉しそうに笑った。
「まんまと罠にかかりおった!」
兄弟は駆け寄り、並ぶと、声を揃えて言った。
「貴様に我らは攻撃できぬ! 貴様を倒して戦争を終わらせる!」




