ガーディアン・スパイダー メロン
大賢者サイダ・フウガは水晶玉の中を見つめていた。
「ウフフ」
黒髪に褐色の美女がその膝にもたれて笑う。
「また第四王女様を気にしているの、フウガ?」
「そうだよ、アクエリア」
フウガはアクエリアの首に繋いだ鎖がねじれているのを直してやりながら、言った。
「私の一番大事なお姫様だからね」
水晶玉の中には王と王妃に両側から手を繋がれて、どこかの街の中を歩く上品で大人しそうな、黒髪おさげの少女の姿が映っていた。
「リィエ様は大事じゃないのね」
アクエリアがからかうように笑う。
「リーザ様も、モーラ様も。フウガにとってはどうでもいいんだ?」
「どうでもよくはない」
フウガはにっこりと笑う。
「みんな大事なお姫様だよ。特にリィエ様は大人しくて弱くて、僕にとって都合のいい王女だった。でも、あんなことになってしまったからには、第四王女のヘーゼルナッツチョコ様が今は一番大事になったんだ」
「そうね。何しろ……」
「ああ」
フウガは少し怖い顔になり、うなずいた。
「リィエ様が駄目になってしまったら、次の女王候補はあの小煩いじゃじゃ馬だ。それだけは……」
そこへ後ろから背の低い老人が入って来て声を掛ける。フウガの側近、ポカリス・ウェットン卿だ。
「フーガ様。オーバ3兄弟がリィエ姫を襲撃しているそうですぞ! 何をなさっておられるのです?」
「なんだと?」
フウガは急いで水晶玉のチャンネルを替えた。
ザールス・オーバに襲われているリィエが映し出される。
「あらあら」
アクエリアが笑う。
「メロンちゃんがお守りしてるのね」
「リィエ姫にはもったいないと思いながらもメロンをつけておいて正解だったか」
フウガは頼もしそうに見物しながら、言った。
「しかしメロンではお守りすることしかできないな。……仕方ない。食欲怪人の能力を発動させるか」
「何が仕方ないのよ」
アクエリアがおかしそうに笑った。
「さっさと化け物にしてあげたらいいじゃない」
「もったいないんだよ。人型の魔物をリィエ姫は食べてくれない。経験値にならないからね。私の魔力の消費損でしかない」
「リィエ姫が殺されるよりはましでしょ」
「そうだな。では……。おっと」
「どうしたの?」
「必要なさそうだ」
フウガは爽やかに笑った。
「ロウが来た」
☆ ★ ☆ ★
「キエーッ!」
ザールス・オーバが居合いで抜いた刀を横に振り、リィエの体を薙ぎ斬ろうとする。
「あーん!」
メロンが大口を開け、それを呑み込んだ。
頬よりも大きく開いたそれは、ザールスの刀を受け止めると、そこに触れた部分の刀身は異空間へと転送され、リィエの体は守られる。
素早くどこを狙おうとも、メロンが蜘蛛のように長い手足を動かして一瞬でそこへ移動して来るので、ザールスは手を焼いていた。
「クッ……! ちょこざいな化け物め! そこを退け!」
「けけけ。やーよ。姫様はあたしがお守りするんだから」
すごいよメロン
待っててね
今、食欲怪人になってそいつを倒すから
うーん、うーん……
「早くしてね、姫様。そろそろあいつ、別の手を使って来そうよ」
「致し方ない……」
ザールス・オーバは剣を鞘に収めず、刀身を横に構えた。
「己の美学に反するが……こうなれば斬って斬って、斬りまくるのみ!」
「あら。居合い斬りが得意なんじゃなかったの?」
メロンがバカにするように笑う。
「簡単に自分の哲学を捨てちゃうのね」
「……クッ! 仕方ないであろう。居合いでは出せるのは一度にせいぜい2撃のみ。それでは貴様にすべて防がれてしまう」
「それで自分の主義を放り出してめった斬りにしちゃうのね。子供みたい。クスクスげげげ」
「そんな煽り文句になど乗るか。姫を屠るのが最優先なのだ」
メロンは舌打ちをした。
リィエは不安になった。
何?
今の舌打ち?
もしかしてやばいの?
「大丈夫よ、姫様」
メロンは顔を青くして言った。
「14の時にこんな見た目の自分に絶望し、人生を諦めかけてたあたしに、フウガ様がこの力を与えてくれたの。戦争がなかったから使うことはなかったの。初めて使うの。嬉しいの。自分の存在意義を今、表現できてるの。だから、大丈夫よ」
だからの意味が
よくわかんないんですけど!?
「大丈夫……大丈夫……大丈夫……」
メロンはうわごとのように繰り返した。
「大丈夫なのよー! きぇっけっけっけ!」
うわー!
これ絶対
大丈夫じゃないやつだ!
「連撃! 乱れ桜!」
ザールスはあくまで華麗に、今名前をつけたばかりの必殺技を繰り出した。
めちゃくちゃな動きで駄々っ子のように刀を振り回し、どれか一発でも当たれというような攻撃が飛んで来た。
「こういうのが一番苦手なのよ」
メロンは諦めて、言った。
「ごめんね、姫様」
諦めるなー!
メロンが口を開けていない方向からザールスの一撃がリィエを襲う。
ギィン!
ガィン! ガキン!
一度にいくつもの金属音がテント内に響き、リィエは気を失いかけていたのをなんとか目を開けた。
「遅れてすまねェ」
黒毛和牛のいい匂いがテント内に広がっていた。
黒い軽装の鎧に身を包んだロウが、リィエを守って立ち塞がっていた。
ロウさん!
遅いよ!
お前は俺が守ってやるとかカッコいいこと言っといて!
「すまねェっつってんだろ」
ロウがドスのきいた声で言った。
「昨夜モーラにさんざん絞り取られて寝てたんだよ!」
「ほう」
ザールスはロウの姿をブーツを履いた足元からぼさぼさ頭のてっぺんまで眺めると、言った。
「その細身の燃える剣……。黒ずくめの格好……。そして『ロウ』という愛称……。お主、アーストントンテンプル軍切り込み隊長のロブロウ・クロウ・ロウガだな?」
「そう言うてめーはオーバ三兄弟の次兄、ザールスだな? 和そばみてーな髪の毛しやがって」
「魔王様からリィエ姫以外は殺すなと命じられていたが……」
ザールスは愉しそうに笑った。
「このような有名な剣士と剣を交えられる機会、滅多とない。戦いの血が騒ぐぞ」
「ところでいいのか?」
ロウはリィエに振り向いて聞いた。
「イケメンだぞ? 殺しちまってもいいのか? お前、もったいないとか言い出さないか?」
うん
だってこいつ
ゴエモンみたいな格好してんのに顔は完全に西洋人なんだもん
きもい
「そうか。わかった」
ロウはうなずいた。
そしてザールスに向かい、笑う。
「お前、ちゃんとオレのこと楽しませてくれるか? 一応期待しとくぜ?」
そして赤緑色の鞘から剣を抜いた。
その刀身は青く燃えていた。