マーゼス・オーバとザールス・オーバ
テントの中でずっとリィエの髪を撫で撫でしていたレオメレオンの手が止まる。
「あ」
リィエの胸にくっついているメロンが声を上げた。
「ひひひレオ様。来たよ?」
リィエはすぐに意味がわかって言った。
来たって
どのそばが来たの?
しかしレオメレオンは答えず、外の気配にじっと耳を澄ます。
「1人だね」
メロンがおかしそうに言った。
「出る? やっちゃう?」
「メロン。リィエ様を頼めるか?」
レオメレオンは立ち上がった。
「何かあったらすぐに大声で俺を呼べ」
「あーい。行ってらっしゃいレオ様頑張れ」
もう一度だけリィエの頭を撫で撫ですると、レオメレオンは天幕をまくり、外へ出て行った。
ああ
よかった
あのまま撫で撫でされ続けてたらハゲるとこだった
そう呟きながらリィエは簾のかかった窓からそっと外を窺う。
ライオンのお尻が見えた。
獅子に姿を変えたレオメレオンがじりじりと歩き、その先にはそろそろと高くなりはじめた太陽の下に、赤黒いうんこのような色をした逞しい化け物が立っていた。
「マーゼス・オーバだな?」
「レオメレオン・シュタイナー殿とお見受けする」
「姫の命を取りに来たのか?」
「いかにもその通り」
マーゼス・オーバは赤黒い大剣を鞘から抜きながら、言った。
「正しくはリィエ・アーストントンテンプル姫のお体の中に潜む害獣を退治に来た」
「無礼な物言い、許さぬぞ!」
「貴殿も気づいておられるはずだ」
マーゼスはレオを説得するような調子で言った。
「姫のお体の中には別のものがいる。それさえ退治すれば戦争は終わり、貴殿の仕える本物の姫君も戻って来られるのだ。何を抵抗する理由がある?」
「信じぬからだ!」
獅子に姿を変えたレオは牙を剥き、相手に飛びかかった。
「俺を騙して姫に手をかけるのを黙って見ていろだと? そうは行くか!」
「致し方ない」
マーゼスは目を閉じると、その巨体をレオの目の前から消した。
「貴殿を始末した後、ゆっくりと姫も始末するとしよう」
「させると思うか?」
真上から降って来たマーゼスの剣を爪で弾き飛ばす。
「貴様ら3兄弟、全員この俺が倒す!」
ギャリン、ギャリンと激しい剣戟の音が外で響きはじめた。
「派手ですね」
そう言ってメロンがおかしそうに笑う。
「これならすぐに味方の人たちが気づいて駆けつけて来ちゃうじゃない」
うん
バカだよね、あのまぜそば
暗殺下手だなってあたしごときにもわかるよ
そう言いながら、激しく火花を散らす外の2人が動くたびに、花椒の香りと獅子肉の匂いが漂って来て、リィエはたまらなくなっていた。
そこになんだか和そばのいい香りも混じっている。
あれ?
これって……
近くにざるそばいるかも?
「ひひひ」
メロンが言った。
「いる、いる。すぐそこに」
そう言われて振り向くと、そこに水色の着物袴姿の武士が身をかがめて、いつの間にかいた。細面のイケメンだ。
リィエはびくっと飛び退くと、声を上げた。
いつからそこに!?
住居不法侵入!
「御免」
それだけ言うと、ザールス・オーバは手にしていた剣を抜いた。鞘のない細身の剣は抜かれると同時にリィエに襲いかかる。
あまりの速さにリィエは攻撃されたことにすら気づかなかった。
刃がリィエの右脇から左脇へと通り抜けた。
激しい血飛沫が上がり、ザールスはそれを顔に浴びる。
うがあああ!
やられた!
リィエは断末魔を上げたが、ザールスの表情は動揺していた。
斬ると同時に鞘に収めていた剣を再び抜き、今度はリィエの顔面を突き刺した。
うぎゃあああ!
顔はやめて!
顔は!
リィエは顔面の中央に剣を刺されながらわめいた。刃先は後頭部まで貫通している。
「ふむ」
ザールスは気持ち悪そうに言った。
「面妖な技を使う化け物め」
「ひひひ」
瞬時にリィエの顔まで移動していたメロンが、ザールスの剣を呑み込んだ大口から血をどばどばと出しながら笑う。
「けけけ」
ザールスは剣を引き抜くと、様子を窺った。
どこを攻めても瞬時にリィエ姫の体にくっついている蜘蛛のような女が長い手足を使ってそこへ移動し、剣を呑み込んでしまうように思えた。
すごい!
メロン!
あ……、唐揚げ弁当の時もそうやって守ってくれたの?
「あい。姫様」
メロンはひひひと笑いながら答えた。
「あたしの口の中は異次元に通じております。あたしの口に入ったものは姫様の体には触れず、異次元を通って反対側に貫通します。けけけ」
べつに
貫通する必要は
ないんじゃ……
「そのほうが姫様が本当にぶっ刺された感がリアルでしょ」
メロンは愉快そうに言った。
「本当は血を吐く必要もないですしね。すべては姫様がぶっ刺されたことにリアル感を加えるための演出! デスデスデスデス!」
リィエはデスデスという笑い声を初めて聞いた。
「ふざけた妖怪変化め」
ザールスが隙を窺いながらにじり寄る。
狭いテントの中なので2人の距離は手を伸ばせばすぐに握手ができるぐらいだ。
リィエは外のレオを呼ぶため、大きく息を吸い込んだ。
「待ってください、姫様」
レオを呼ぼうとしているのを察し、メロンが止める。
「レオ様はまぜそば相手でお忙しい。お手をわずらわせてはいけないでしょ。ひひひ」
じゃあ
どうしろと?
「あの力、また見せてくださいよ」
「一万の兵士を食ったという、あの力か」
会話を聞いていたザールスが口を挟んだ。
「フフン面白い。やってみろ」
あー
本当だ
あれ使えばレオ呼ばないでも勝てるし
ざるそば食えるよね
「つるつるっと」
メロンが嬉しそうに笑う。
「アリクイがアリを吸い込むみたいに。けけけ」
「試してみるがいい」
ザールスが不敵に笑う。
「拙者に通用するかどうか」
よおおおおし!
リィエはちょうどお昼ごはん前でお腹が空きはじめているところだった。
気を溜め、食欲を全開で解放する。
食欲怪人勇者姫リィエ
発
動
!
しかしなにもおこらなかった。
……あれっ?