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食欲怪人勇者姫リィエのぼうけん  作者: しいな ここみ
第二章:食欲怪人 ~ 魔王城への進軍といっぱいのごちそう ~
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勝つしかない!

 リーザは思い出していた。

 二年間の武者修行の旅で体験した様々なことを。


 強いという噂のある道場を訪ねて回った。

 噂通りのところもあれば、まったく大したことのないところもあった。

 しかし思い知ったのは自分の弱さでも世界の広さでもなく、自分の師匠でありアーストントンテンプル近衛兵団第一部隊隊長、ロブロウ・クロウ・ロウガより強い剣士はいないということだった。


 旅はリーザを成長させた。色んなものを見て、リーザの見識は広がった。しかしこと剣の腕前に限っては、旅に出る前とさほど変わったと自覚することはできなかった。どこの道場の門を叩いても、中にいたのは彼女の足下にも及ばない師範代ばかりだったからだ。


 リーザの追憶はさらに過去に遡った。


 今とまったく変わらない、黒ずくめの服を細身に纏い、ワイルドな獣のような髪の毛にぼさぼさ眉毛の男が、細い木の枝を片手に、からかうように笑う。


「やあーっ!」

 リーザは木刀を振りかぶり、一気に間合いを詰める。


 ぴしりと木の枝が、振り上げた彼女の肘を叩いた。


「ひいっ!?」


 リーザは思わず木刀を落としてしまう。叩かれた肘がピリピリ痺れ、一撃でてのひらから感覚がなくなった。


「隙だらけだ、バーカ」

 ロウはそう言ってあくびをした。

「教えたろ。次の動きを簡単に読まれるな」


「くっ……くやしい!」

 リーザは涙を浮かべて悔しがる。

「ロウの動きの先は見えてるのにっ……! 見えてても速すぎて反応できないっ……!」


 武者修行の旅に出る少し前のことだった。13歳になる直前、ロウに剣術を習いはじめて6年目。その頃にはもう、誰とも試合をしたこともないまま、リーザは実質城内で10本の指に数えられる実力を身につけていた。


「お前の『真実を見る瞳』はいわば特殊能力だ。ただ、それは特別動態視力がいいわけでも、未来を予知できるわけでもねェ」

 ロウは木の枝で肩を叩きながら、面倒臭そうに言った。

「ただ他人の嘘を見破ることができ、変装を見破り本当の姿を見ることができるだけだ。しかしそれは意外にも戦闘において結構重要な武器だ」


「何度も前に聞いたっ!」

 リーザはむきになったように言った。

「剣術では『騙し』が勝敗を左右するっ! 足を狙うと見せかけて相手の防御を下げさせ、一転首を狙えば相手は防御できないっ! だけど嘘の通じない私の目には、それが通用しない!」


「そうだ。お前は素質としては凄ェもん持ってんだぜ?」

 ロウはそう言いながら、素早く木の枝でリーザの頭をぴしりと叩いた。

「でものろいんだよ」


「あいたーっ!」

 リーザは頭を押さえたが、涙は必死にこらえ、こぼさなかった。


「それに相手に騙されねェのはいいが、騙すのが下手すぎだ。頭狙いますーって宣言しながら打ちに行ってどうすんだ。胴や足を狙うふりしといてから頭に来い」


「そんなのは卑怯だ!」

 リーザは吠えた。

「私は卑怯な剣士にはなりたくない!」


「あのな……。誰でもやってる基本的な……」


「みんなやってるからって自分もやりたくない!」


 ロウは頭を抱えた。

「オイオイ……。オレだって暇じゃねェんだぜ? こう見えて隊長様なんだ。本当ならテメェみてェなガキに剣術教えてる暇なんてねェんだが……」


「みんながやってるからって卑怯な剣士にはなりたくないもん!」


「それでも教えてやってんのは……テメェがそんな風にやる気マンマンなのと……」

 ロウは顔を上げた。

「テメェにどう見ても素質があるからだ」


「よしっ! もう一回だーっ!」

 リーザが木刀を拾い、再び構える。


「いいぞ。ただしお前から攻撃するな。オレが動くのを待て」

 ロウは木の枝をだらんと下ろした。

「お前の最大の武器は、その目だ。オレの攻撃をしっかり見ろ。オレのしようとしていることを読め。お前の攻撃は素直すぎて話にならんが……それでも有効な手があんだ」

 木の枝をぴくんぴくんと動かす素振りを見せながら、言った。

「カウンターだ。オレの攻撃を受け流し、出来た隙にお前の素直すぎる攻撃を叩き込んでみろ」


 みろと言うと同時にロウは木の枝を振った。


 速すぎる攻撃はリーザの鼻を打ち、リーザは再び叫んだ。


「あいたーっ!」


 そう言いながら、木刀はしっかり振っていた。






 今、目の前に立っている怪物は、恐らくはロウよりも強い。

 先ほどまではそうではなかったが、何やら魔力を解放した途端、急激に力が増した。恐らくは魔王から強化魔法をかけられていたのだろう。


 リーザは斬られて痺れる右腕を必死で上げて、両手で剣を握り、テューカス・オーバを睨む。その碧色だった瞳は鋭さを増し、金色に変わっている。


 目の前の敵は師匠のロウよりも強い。リーザはロウに勝ったことがなかった。


 しかし勝たなければならない。みっともなく大声を上げて助けを呼ぶなど王女としての誇りが許さない。

 第一呼んだところで近くには誰もいないだろう。ガキんちょの水浴びなどロウも覗きに来てはいないだろう。


「アハハ。てめー、目が燃えてんぞ?」

 テューカスはバカにするように言った。

「まさかこの俺様に勝つつもりか?」


「もちろんそのつもりだ」

 リーザは言い放った。


 目の前のそれほど大きくもない男の姿が、太陽を覆い隠すほどの巨大な化け物に見えた。


 しかし勝機はある。

 カウンターだ。

 攻撃を受け流せば、隙は必ず出来る。


「てめーのその目、ムカつくわー」

 テューカスが短剣を振った。顔面を狙うと見せかけて腹を刺しに来る。

「生意気なんだよガキが!」


 腹に飛んで来た攻撃をリーザは受け流そうとした。

 速くて重いその攻撃は、弾かれる前にリーザの剣を弾き飛ばし、そのまま真っ直ぐ腹部を突き刺しに来る。


「ああ……っ!」


 短剣の先がリーザの白い肌に食い込む。

 しかし剣を弾かれた衝撃でリーザ自身も後ろへ飛び、魂を刺されることは免れた。


 すかさずテューカスは追い打ちをかける。河原を蹴ると、低空を飛んでリーザの首を狙いに来る。


 リーザは転がりながら、剣を振り上げた。


「はあ?」

 テューカスは避けもせず、その剣を胸で受け止める。

「弱えーな」


 テューカスの短剣がリーザの顔面めがけて振り下ろされた。


「あがあっ……!」

 リーザは剣を振り切る力で横へ転がり、逃げた。


 河原の小石の上をごろごろと転がり、リーザの体は傷だらけだ。


 素早く立ち上がり、構えをとる。

 テューカスを見ると無傷だった。確かに胸に一撃入れたのに、服さえ斬れていない。


「しゃーねーな」

 テューカスの表情から面白がるような色が消えた。

「フェイント通じねーみてーだから……一本増やすか」


 何も持っていなかった左手に、二本目の短剣が現れた。

 それぞれに短剣を握った両手を左右に伸ばし、じりじりとテューカスが迫る。


「手間かけさせやがって……。腹立つぜ」

 黒い炎を纏い、テューカスが回転しながら襲いかかる。

「だが、これで終わりだ」


 リーザの目から希望が消えた。

 その唇が弱々しく動く。

「シュカ……」

 最後の言葉はあられもなくその口から振り絞られるように出た。

「助けて! シュカ!」


 白い光がテューカスを弾き飛ばした。


 森の中から、だぼっとした和服のような着物を纏い、茶色い髪の少年が歩み出た。

 左手を前にかざしながら、その顔には激しい怒りの色が煮えたぎっていた。



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