リーザの剣
「おっと、しまった」
テューカス・オーバは愉快そうに呟いた。いつの間にか短剣を手にしている。その刃についたリーザの血を舐めた。
「魂だけを殺せとの命令だったな、忘れてたぜ」
そしてリーザのほうをハイエナのような目で見る。
「お前がそこそこ剣の使えるやつで助かったぜ。防いでくれてなきゃ、危うく殺しちまうとこだった」
リーザは立っていた。右腕から鮮血を多量に流している。
しかし目には戦意が灯っていた。荒い息を吐きながら、大きな瞳で相手を睨む。
「あなた……許さない」
リーザはちらりと河原に散らばるバーン達の遺体に目をやり、すぐにまた睨む。
「私を守っていてくれた者たちを……こんな……!」
「弱えーのが悪いんだろ」
テューカスは鼻で笑う。
「そしてお前もだ。お前、修行はしたようだが、実戦経験はねーよな?」
その通りだった。身分を隠して諸国を旅し、様々な流派の剣術道場の門戸を叩いたが、どこでも型を教わり、木刀で立ち会いをした程度だった。本物の剣を使って闘ったことなど、なかった。
「怯えてるぜ。剣を持つ手が震えてる」
テューカスは完全にリーザを侮っていた。
「ま、すぐ楽にしてやる。抵抗しないほうが楽に逝けるぜ?」
またテューカスの手から短剣が消えた。
両手を左右に大きく広げ、にじり寄る。どちらの手に短剣がまた現れるのか、左右どちらから襲いかかって来るのか、判別がつかない。しかもリーザの右腕は傷つけられ、左腕一本しか使えない。
「終わりだ。さっさと片づけて帰んねーとな。ここは敵地のど真ん中だもんな」
テューカスが一気に間合いを詰める。リーザは動かない。
「あばよ、お姫様」
左だった。リーザの動かない右腕のほうを狙い、短剣が襲う。
短剣には魔力がかけられていた。ただの一刺しで、リーザの肉体は傷つけずに、その魂のみを殺す。
ギャリィン!
魂を刺す音ではなく、金属音が響いた。
「なに……っ!?」
テューカスが飛び退く。
「お前……、左だと読んでいたのか!?」
左手で握った銀色に輝く剣を、リーザは身を翻らせて振り、攻撃を弾き返していた。目はじっと鋭く敵を睨み、離さない。
「私にフェイントは通じない」
リーザは言った。
「お前のつく嘘はすべてお見通しだ!」
「アハハッ。これは勇猛なお姫様だ」
テューカスはしかし動じることなく、再び両手を広げる。
「しかし哀しいなぁ……。短剣を弾き飛ばすほどの威力はお前の剣にはない。そしてまぐれは一度きりだ」
再びテューカスが間合いを詰める。またしても左からいきなり短剣が現れ、襲いかかって来た。
「ヤアッ!」
リーザはまたしてもそれを弾くと、返す剣でテューカスの体を斬りに行った。
しかし敵は素早く後ろへ飛び、剣は空を斬った。
「……まぐれじゃねーようだな」
テューカスの表情が険しくなる。
「信じられねー……。こんなお嬢ちゃんに二度も、俺様のフェイントが見破られるなんて」
リーザは流血している右腕を無理矢理動かすと、剣を両手で握った。痺れる手に渇を入れ、強く柄を握る。前へ走り出すと同時に敵の胴体を真っ二つにする勢いで剣を振った。
「ハァッ!」
テューカスは軽々とそれを後ろへかわすと、イライラした声で言った。
「バカにすんなよ、お嬢ちゃん」
そして目から強い殺気を放つ。
それだけで格下の相手はヘビに睨まれたカエルのように固まってしまう。いつもそれで弱い敵は固まらせ、楽に始末していた。
しかしリーザは固まらないどころか睨み返して来た。
「私をバカにするな、暗殺者の分際で」
目をかっと開く。碧色の瞳が一瞬にして金色に変わり、敵を睨みつける。
「あー! もー! つき合ってらんねー!」
テューカスは苛立ち、タマゴ色の縮れ髪を掻きむしった。
「じわじわと嬲り殺してる場合じゃねーんだよ! さっさと終わらせてーんだよ! クソガキが! 大声で助けとか呼べよ! その隙に殺してやるから! あー! もー!」
駄々っ子のようにそう言うと突然、体から真っ黒な炎を噴き上がらせた。
「自分の力だけで殺れると思っていたが……仕方ねー。サイラス様から貰ったこの力、使わせてもらうぜ」
リーザは2歩後ろへ飛び退き、身構えた。
『真実を見る瞳』でそれをはっきりと見た。
敵の姿は変わらないが、明らかにその力は大幅に増大していた。
大して大柄でもないその男が、リーザの目には巨人のように空へ向かって立ち上がるのが見えた。
(勝てるのか? この怪物に……私が?)
リーザは強く心で思った。
怖じ気づきかける気持ちに鞭を打ち、自分に言い聞かせた。
(勝ちたい! いや、勝たねばならぬのだ! 勝てるか勝てないかなどと考えるな!)
そしてまた相手を強く睨みつけた。
(勝つしかないのだ!)