オーバ三兄弟
アーストントンテンプル城の最上階の一室で、サイダ・フウガは水晶玉の中に魔王城内でのサイラスとモーラの会話を見ていた。
「フフフ。第一王女モーラ様、さすがは真っ黒けでいらっしゃる」
爽やかに笑うと、膝にもたれかかる黒髪の美女の頭を撫でた。
「なぁ、アクエリア。彼らは私を殺すつもりなのだそうだ。どう思う?」
「うふふ。フウガを殺すのはあたしなんだから」
アクエリアはうっとりとした目をして言った。
「7年もの間フウガの命を狙って側にいるこのあたしが殺せないものを、どうして魔王ごときに殺せるもんですか」
「その通りだ。えらいぞ、アクエリア。それでこそ私の飼い犬だ」
美女の細い首に繋いだ鎖を撫でると、フウガは別の方向に声を投げる。
「ポカリス。オーバ三兄弟が動くようだ。皆に伝えてやれ」
「はっ」
背の著しく低い白ひげの老人が手を合わせて言った。
☆ ★ ☆ ★
え?
大葉?
天ぷらにすると美味しいよね、あれ
リィエはレオメレオンの口からオーバ三兄弟の名前を聞くなり、そう言った。
「フーガ様からの情報によりますと、やつらは姫を直接狙い、この戦争をいきなり終わりにするつもりのようです。お気をつけください」
レオメレオンはそう言うと、心配で仕方なさそうにオロオロした。
「私も決死の覚悟でお守りいたしますが……。おいメロン、お前決して姫様から離れるなよ?」
「あーい」
リィエの胸にくっついているメロンが振り向き、にやりと笑った。
うん
気をつけるけど
どんなやつらなの
オーバ三兄弟って?
リィエが聞くと、レオメレオンはテント内に敷かれた絨毯の上に座り、姫を守るように抱きしめ、黄金色のひげですりすりした。
いたい
いたいよ
ひげがよ
「暗殺のプロです、オーバ三兄弟は」
構わずすりすりし続けながら、レオメレオンは言った。
「まず長兄、マーゼス・オーバ。赤茶色の長髪の大男だと言われています」
なんと!
まーぜそーば!
花椒効いてるやつか!
「……? とにかくこやつは大男のくせに神出鬼没。風のように現れ、仕事をこなすとまた風のように去って行くそうです。警戒を厳重にいたしましょう」
次は!?
次のオーバは何オーバ!?
「次兄の名はザールス・オーバ」
やった!
ざーるそーば!
何枚でもいけそう!
「意味がわかりませんが、その通り大した二枚目らしいです。紫がかった黒髪長髪の、イアイギリと呼ばれる技を使う剣の達人だそうで……」
最後は!?
最後のオーバは何オーバ!?
「末弟の名はテューカス・オーバ」
出た!
定番のちゅーかそーば!
鶏ガラ醤油希望します!
「タマゴ色の縮れた髪をした、少しふざけた若者らしいですが、こやつも相当な手練れらしく、用心を……」
食う!
全部食いたい!
ずずーって啜りたい!
「リィエ様……。あの力はもう使わないでください!」
レオメレオンはリィエを強く抱きしめると、泣きながら激しくすりすりした。
「あんなの姫様じゃない! 私の姫様はもっと可憐で、お美しい……!」
いたいいたいよ
……ねえ、レオ
「はい」
レオメレオンはすりすりを止め、命令を待つ子犬のようにリィエの言葉を待った。
「何でございましょう。何なりとお申し付けを」
ひげ
剃ったほうがかっこいいと思うよ
「は!?」
レオさ
おじさんだけど
イケメンだと思うんだ
そのひげがもっさくしてる
「何を仰います」
レオメレオンは顔を真っ赤にして首を振りまくった。
「この髭は勇猛なる戦士としての鎧の一部のようなもので……。剃るわけには参りません。いくらリィエ様のお申し付けでも……」
でもさ
見てみたいな
レオのつるっとした顔
きっと婦女子にモテモテになりそう
「私はリィエ様をお守りするために人生を捧げると誓った身でございます」
レオメレオンは目尻が下がるのをどうしようも出来ずに、しかし堅い口調で言った。
「一生独身! 一生純潔! 婦女子など、私の関わる世界には無用でございます! 私はリィエ様のためだけに生きておりますのです!」
語尾が変になった。
ありがとうレオ
でも
ひげのないレオのほうが
あたし好きかも
なんですと?という顔を一瞬してから、レオメレオンは話を変えた。
「ところでリーザ様、遅いですな」
うん
いつまで川で体洗ってんだろ
長風呂は女子の特権とはいえ
長すぎるだろ
「心配だ……。しかし私はリーザ様がお帰りになるまではここでリィエ様をお守りしていなければ……」
「あたしが見ててあげるよ、レオ様」
メロンがひひひと笑いながら、言った。
「行っておいでよ。リーザ様、遅すぎる。心配心配」
「いや、しかし……。護衛の者はつけてある。大丈夫だろう。リーザ様の剣の腕前は知らないが……」
レオメレオンはリィエをしっかり抱きしめながら、言った。
「何よりオーバ三兄弟が来るならリィエ様のみを狙って来るのだ。リーザ様のところへ来ることはない」
★ ☆ ★ ☆
「うーん、いー気持ち」
天気のいいお日様の下、リーザは川の水から顔だけを出し、にっこり笑った。
キラキラと水面に反射する光が裸体を隠している。
「もー、リエちゃまも来ればよかったのに。一緒に入りたかったな」
サラサラの金髪を流れに晒し、しばらく眠っているように目を瞑っていたが、ふいに大きなその目を開けると、がばっと川から立ち上がった。ちょうど葉っぱが木の上から舞って来て大事なところを隠した。
「これ以上入ってるとさすがに自慢のピチピチ肌がふやけちゃう。いい加減に出よっと」
「リーザ様、お着替えはこちらに」
背中を向けて座り、老剣士バーンが言った。
他にも3人、護衛の兵士たちが背を向けて座っている。
「ありがとう、バーン。気持ちよかったよぅ。お前たちも入ればいいのに」
「滅相もありません、リーザ様。私どもは護衛に努めませんと」
「天気がいいね」
リーザは白い絹の上着を被り、シルバーの鎧下を着け、剣を腰につけながら、言った。
「戦争中だなんて嘘みたい」
風が唸るような音がした。
護衛の兵士3人の首が一斉に胴を離れて飛んだのを、老剣士バーンでさえ気がつかなかった。
首が河原に落ち、音を立てた時に初めてバーンがそれに気づく。
「何者……っ!?」
そう言いながらバーンが剣を抜こうとするのと同時に、バーンの首が飛んだ。
「バーン!?」
リーザは大きな目をさらに開き、老剣士の胴体が小石の上に倒れるのを見届け、すぐに剣に手をかけると辺りを素早く窺った。
リーザの目にはすぐにその者の姿が見えた。風に紛れていて、並の者には見えないのだろうが、その男は普通にそこに立っているだけだった。
洗ったばかりのリーザの頬を冷たい汗が伝う。
「お前……。その髪の色……」
リーザはその者を睨み、言った。
「タマゴ色のチリチリ髪……。オーバ三兄弟末弟、テューカス・オーバか!」
「アハハ。ラッキー」
黄色い中華風の着物を纏った男は、今四人の戦士を葬ったばかりとは思えない軽い口調で言った。
「そうだ。俺様が有名な、あのオーバ三兄弟の末弟、テューカスだ。ラッキー、ラッキー。兄者たちに抜け駆けして先に乗り込んで来てよかったぜ」
武器が見あたらなかった。テューカスはどう見ても丸腰だ。しかし四人の首を斬り落とした。どこかに武器を隠し持っているはずだ。
「そのサラサラの金髪、護衛つきのご入浴、何より全身から漂うその気品……。間違いねぇ」
テューカス・オーバは舌なめずりすると、言った。
「お前、第二王女リィエ・アーストントンテンプルだよな?」
「そうだ」
リーザは躊躇なく言った。
「私が王位継承権第一位のリィエ・アーストントンテンプルだ。私を殺しに来たのか?」
「そうだ」
テューカスが動いた。
「お前を殺せば戦争が終わり、俺は勲章をもらえる」
テューカスの姿が消えた。
風が唸る音に金属音が混じり、天気のいい空に血飛沫の霧がかかった。