リィエ姫の護衛たち
フーガ様なるお方のお部屋を訪問する前に、リィエは一度自分の部屋に戻された。
召使いの女性が三人、呼ばれてやって来ると、リィエの手を引いて中へ入って行く。
レオメレオンはそれを見送りながら、召使いに言った。
「フーガ様は白がお好きだ。白いドレスにお召し替えして差し上げるように」
「はーい」
「はーい」
「レオ様りょうかーい」
ノリノリの三人に導かれて、自分の部屋へ入って行く。
ぜんぜん見たこともない自分の部屋。
初めて見るお姫様の部屋。いかにもな。
キラキラに飾られただだっ広い空間。部屋というより、空間。
教会の祭壇みたいに、宝石で装飾を施されたおおきな姿見が置いてある。
そこでリィエは初めて自分の姿を見た。
え
これが
あたし……?
鏡の中に映っているのは目の覚めるような美少女だった。
派手にキンキラではないけれど、まるで光で出来ているかのような透き通る金髪に見とれた。
元の平凡な上に日本人の中でも特別ぺたんとした顔とは物凄いギャップだ。
かわいい。
美しい。
あたし
かわいいじゃーん!
リィエは調子に乗った。
着ていたピンク色のドレスを三人に手際よく脱がされ、星のような宝石を散りばめた純白のドレスに着替えると、鏡の中の美少女はそれだけでまた違う魅力を放った。清楚、清楚、これぞ清楚だ。
リィエは思わず優雅なお姫様の踊りを踊ろうとしかけて、すぐに力が抜けた。おなかがペコペコなのを思い出して、うなだれた。
はやく
はやく何か食わなければ……
今すぐ連れていってくれ
そのフーガ様とやらのところへ
はやく!
廊下へ再び出るなりレオメレオンが言った。
「姫様、大変お美しゅうございます」
リィエはまた彼の名前を忘れた。
えーと
「レオとお呼びください」
レオメレオンが察して助けてくれた。
「姫様、いつも私のことはそう呼んでいらっしゃいました」
じゃあレオ
「はい」
レオは嬉しそうににっこり笑う。
「なんでございましょう」
フーガ様ってだれ
そんなことも覚えていないのか、などと溜息をつくこともせず、レオはリィエをいたわるように、優しい笑顔を黄金色の額縁の中に浮かべ、答えてくれた。
「フーガ様は国一番の賢者でございます。実際の地位としては国王様より上、と言われるほどの偉いお方ですよ。あらゆる魔法に精通しておいでです。フーガ様なら、姫様のご病気を治せるかと」
ふーん
そうなんだ
あたし病気なんだ
「あれだけの目に遭われたのです。あれでお怪我すらなかったというのは奇跡に近い。ただ、その代わりに病魔に取り憑かれたのでございましょう。記憶を病魔に奪われ、食事の味がわからなくおなりになり、人格までなんだか別人になられたような……とにかく、フーガ様に診ていただく必要はございます」
「オイ」と突然、廊下の先から声がして、そちらを向くと黒いケモノじみた男が壁にもたれて立っていた。
真っ黒で細身のオオカミみたいな男だ。
黒髪をワイルドになびかせてその男はずんずん近づいて来ると、いきなりリィエを壁にドンした。
は?
だれ?
もしかしてコイツがフーガ様?
そいつはニヤニヤしながら言った。
「なんだよ姫様。しばらく見ない間にオレ好みになってんじゃねーか」
レオが怒声を上げる。
「やめろっ! ロウ! 無礼だぞ貴様」
「ふーん」
ロウと呼ばれた黒ずくめの男はじろじろとリィエの顔を覗き込んで来た。
作り物みたいに太くワイルドな眉毛にリィエは思わず見とれた。
「いいね。以前はお淑やかなだけで興味ももてなかったが、いい感じに面白そうな女になってやがる」
ロウはそう言うと、さらに顔を近づけて来る。吸い込まれそうな黒い宝石みたいな瞳に自分の顔が映った。
「ん? 本当に誰か……入ってんじゃねぇか?」
ロウの瞳に映ったお姫様は、激しい食欲をその顔に浮かべていた。
おいしそう!
コイツとんでもなく
黒毛和牛の刺身にしか見えないほどに!
噛みつくところだった。
衣服から素肌の覗く首や腋、臍とか特においしそうだった。
本気でその首筋に、おおきく口を開けて噛みつこうとしたところに、また別の声が後ろから飛んで来た。
「ロウ! やめろっ!」
おあずけを言い渡された犬のようにリィエの動きがぴたっと止まる。
口を半分開いたまま振り向くと、そこに白と青のだぼっとした和風にも見える服に身を包んだ少年が立って、怒りをあらわにしていた。
「は? 何をやめろって?」
ロウはリィエの首に腕を回し、後ろから抱いた。
「シュカ。お前にも見せてやるよ。この女のこのドレスの中にある、ピンク色のチク……」
やめろ
やめてくれ
噛みつかせるな
「結ぶぞっ!」
少年がそう言って両手を前に結び、怒鳴った。
すると無礼な男の手が止まる。
素直にリィエから離れると、ロウは降参したように両手を上げ、汗を流しながら笑った。
「じょっ、冗談だ、冗談。怒るなよ」
明らかに少年を怖がっていた。
「あっちへ行け」
レオがリィエの前に立ち塞がり、低い声で威嚇する。
「今はこの俺が姫様の護衛だ。お前はいらん。しっしっ」
「行くよっ、ロウ」
少年がロウの首根っこを掴んで連れて行った。
「姫さん、またなー」
少年に引きずられながら、ロウは廊下の向こうへ消えて行った。
だれなの
あの黒毛和牛
じゃなかった黒いマユゲ野郎
「姫様の護衛のロブロウ・クロウ・ロウガでございますよ」
あの少年は?
「同じく護衛のシュカ・ルゥレンでございます」
ふぅん?
かわいい子だったな
13歳ぐらいかな?
「さ。フーガ様のところへ参りましょう」
はーい
影の総理みたいな紹介のしかただったので凄い部屋かと思っていたら、質素だった。
フーガ様の部屋の扉は他の部屋と何ら変わるところなくふつうだった。リィエの部屋のほうがよっぽど豪華に思える。
「フーガ様。リィエ姫をお連れしました」
レオが扉越しに声を掛けると、中から美しい声が返って来た。
「どうぞ。入ってください」
中へ入ると、部屋もふつうだった。
しかしそこに立っていた男の人はふつうではなかった。
背が高く、腰まで伸ばした銀色の髪が美しく、何より耳が、尖っていた。
エルフだ!
リィエは感激して叫んだ。