リィエ vs おいしそうなガーゴイル
「シギャアアア!」
ガーゴイルが吠えた。
うわああああ!
リィエが叫んだ。
ガーゴイルの突撃をなんとか偶然に転んで避ける。
よたよたと立ち上がると、リィエは睨みつけた。
食ッテヤル!
おいしそうなガーゴイルめ!
食ッテヤル!
なんとなく見た目からイカ焼きの味がしそうな気がした。
紫色と黒とお腹の白のコントラストがそんな味を連想させる。
リィエは覚悟を決めた。戦い、そして、こいつを食う、と。
能力
食欲怪人
解放!
しかしなにもおこらなかった。
白々しく満月がリィエを見下ろしただけだった。
ガーゴイルが再び突進して来る。今度は偶然はないだろう。リィエの頭を掴み、首をもいでから、頭を投げ捨て、投げ捨てられた頭は枝に突き刺さり、かっぴらいた目は、自分の胴体がおいしそうにガーゴイルに貪られるのを見るだろう。
ああ
食べることとは
戦いだったのだな
そんなことを悟りながら、覚悟を決められないままにリィエは、ガーゴイルの首が目の前で飛ぶのを見た。
いつの間にか暗闇にまぎれて、黒毛和牛のステーキのようないい匂いを体中から放つ戦士が前を横切っていた。戦士は剣を鞘に収めると、乱暴な口調で言った。
「何やってんだ、アホ。一人になるなと言われてたろうが」
あ
ロウさん……
ロウはワイルドな髪の毛を揺らし、悪いことをした生徒を見る教師のような目でこちらを振り向いた。
「お前の命なんかどーでもいいけどな。お前がやられたら早々に戦争終わっちまうんだ。お前殺されたら負けなんだぞ。大迷惑だ。わかっとけ」
ごめんなさい
安心してリィエはよたよたとその場にへたり込んでしまった。
「……ったく。ちょうど小便しにオレ様が通りかかってよかったぜ。チッ。面倒くせー仕事させやがって」
面倒臭そうにしながら、ロウの額は汗でびしょびしょだった。遠くからリィエのピンチを嗅ぎつけて全速力で駆けつけたような感じだった。
「姫……さま……よかっ……た」
お腹から臓物をぶちまけながら、ミルキューが息も絶え絶えに声を出す。
ミルキュー!
手当を……!
「手遅れだ、バーカ。内臓食われてて助かるわけあるかよ。これじゃシュカ坊の治癒魔法でも無理だ」
ロウはそう言いながら、地面に這いつくばるミルキューの顔を覗き込む。
「苦しいか? 楽にしてやる。てめーがちゃんと仕事しねェから罰が下ったんだぜ?」
ロウが細身の剣を抜いた。その刀身は蒼く燃えており、トカゲの舌のように炎がチロチロと蠢いていた。
それをゆっくりとミルキューの喉にあてがうと、ロウは一息に突き刺した。
断末魔もなく、ミルキューの生命の気配がなくなった。
リィエは目を背けながら、ロウを詰った。
ひどい!
味方を殺すなんて!
「楽にしてやったんだよ。むしろ情けだと思え」
ロウは振り返ると、リィエの腕を乱暴に掴んだ。
「ほら、帰るぜ。ったく……。出来るならてめーも殺してェところだ」
華奢に見えて、さすがに男の手だった。重機に引きずられるような力で引っ張られ、リィエは歩くしか出来なかった。
腕を引かれて歩きながら、リィエはくんくんとロウの匂いを嗅いだ。
相変わらず黒毛和牛のステーキみたいないい匂いがする。
リーザから聞いたよ
ロウって
人間と魔族のハーフなの?
リィエが聞くと、ロウは振り向きもせずに言った。
「どーでもいいだろ。てめーにゃ関係ねェ」
そうか
だからいい匂いがするんだ
魔族しか食べられない呪いのかかってるあたしにとって
この人は食べ物なんだ
「おいおい……」
ロウは思わずリィエの腕を離した。
「なんか悪寒がしたぞ?」
ごめん
おいしそうだけど
食べないよう努力するから
安心して
「てめーはどこから来たんだ?」
ロウが身の上話を聞いてやるという風に言った。
「この世界の人間じゃねーんだろ?」
あ
はい
鳥取県の
大山の麓の小さな町から来ました
「意味わかんねーけど、災難だったな」
はい……
……あれ?
ロウさん、あたしが本物のリィエ姫じゃないって知ってたの?
「オレぐらい長生きしてりゃ、そんぐらいわかる」
そうか
138歳だったっけ……
「他のモンにバラすなよ? バラすんじゃねェぞ? みんなお前を守るために一丸となり、士気を保ってんだ。てめーの中身が本物の姫様じゃねェとかわかったら、戦意を喪失しかねんからな」
わかってる
っていうか
ロウさんは
戦意喪失してないの?
「オレは暴れられりゃいいんだよ。元より姫様のためなんてどーでもいい」
そっか……
「……って、思ってたけどな」
え?
ロウはリィエの顔を見つめると、いかつい顔を優しく微笑ませ、言った。
「本物の姫さんよりお前のほうが好みだ。面白ェよ、お前。すましてた前の姫さんより好きだ」
え
好き……?
「お前はオレがちゃんと守ってやる」
ロウは再びリィエの腕を掴むと、言った。
「だから離れるな。オレの目の届くところにずっといろ」
な
なんだろう
この気持ち……
リィエはそんな感情を初めて知った。
今まで知らなかった。
わくわくしたことや、うきうきしたことはあった。
しかしこんなにドキドキしたことは、かつて一度もなかった。
ど
どうしたの、あたし……?
こんな気持ち知らない
初めてだ
食べ物相手にドキドキするなんて
それからすぐに、あのおいしそうなガーゴイルを放置して来てしまったことを思い出したが、もうどうでもいいと思えた。
この逞しく、凄まじくおいしそうなロウの匂いを、すぐ側でずっと嗅いでいたい。
そう思いながら、うっとりとよだれを垂らしながら、たまーにつまずいたフリをして腕をぺろっと舐めたりしながら、リィエはロウに腕を引かれて歩いて行った。




