進軍一日目
アーストントンテンプル軍は偵察部隊を先頭にして、野原を進軍していた。
リィエはリーザと二人、騎馬に囲まれた馬車の中にいた。
異世界に来て初めて見る城外の景色に目を奪われたが、初めのうちは町などもあり物珍しかったものの、そのうち森と野原しかない景色が続き始めるとすぐに飽き、リーザとしりとりをして遊びはじめていた。
「りんご」→ゴリラ→「ラッパ」→パイナップル→「ルビー」→ビートルズ→「ズッキーニ」→ニンジン……あっ!
しまった
んで終わってしまった
「っていうかビートルズって何? リエちゃま」
うーん
ヒマだね
スマホゲームがやりたい
「スマホゲームって何? リエちゃま」
っていうか
戦争ってこんなにヒマなんだね
知らなかった
リーザはそれを聞くと表情を厳しくし、言った。
「気を抜いたらダメよ。レオも言ってたでしょ。どこから敵が襲って来るかわからないの」
リーザは戦争経験あるの?
「あるわけないじゃん。ずっと平和だったのに」
ごめんね
あたしのせいで
戦争起こっちゃって
「ロウが喜んでたよ。久々に大暴れ出来るって。87年ぶりの戦争だって」
え
あの人何歳なの
「ロウはね。人間と魔族のハーフだからね。今、138歳じゃなかったかな」
わー
見た目若いと思ってたけど
おじいちゃんなんだ?
「魔族の血が暴走すると危険だから、シュカがいつも側で監視してるんだけど、リエちゃまあんまり近づかないほうがいいよ、ロウには。覚えといてね」
らじゃー
ちなみに
リーザはシュカくんのことが好きなんだよね?
リーザは血相を変えた。
「ちっ……ちが……! あのね、あたしの『真実を見る瞳』でね、実は見えちゃうんだよ。あいつが、あたしに対して、よからぬ妄想をしてるのが」
ああ
エッチな妄想か
「ちがーう! そんなんじゃない! とにかく……あたしはあいつが許せないのっ!」
うーん
なんかこの二人の関係かわいい
見守ろっと
軍隊はたまに小休止をとりながら、順調に進み続けた。
敵は襲っては来ず、たまに野良の魔物が出現しても遠くからおそるおそる見つめて来るだけで、戦闘になることもなかった。
リィエが部隊の中に混じっていることを知っているのは護衛たちの他には二人だけだった。
初老の戦士バーンと若い女性戦士のミルキューという名前の二人で、彼らは戦力にはあまりならないためリィエにあてがわれた、食事係だった。
「姫様ぁー」
ミルキューが馬車の窓から声を掛けて来た。
「まだお腹、大丈夫です?」
うん
お腹はいつも空いてるといえば空いてるけど
まだ気が狂うほどじゃない
「いつでも仰ってください」
バーンが反対の窓の外から言った。
「おやつにスライム、お食事用にゴブリンをいつでもお召し上がりになれるよう、ご用意いたしておりますので」
大丈夫
みんなと同じ食事の時間の時でいいよ
日が暮れはじめるまで進軍は滞りなく続けられた。
やがてレオメレオンが声を上げる。
「もうそろそろ暗くなりはじめた。今日はここまでだ。野営をするぞ」
彼方此方で火が焚かれ、崖を背にした河原で休息をとることになった。
みんながいかにも兵糧といった食事をしている中、一人だけゴブリンの丸焼きをがっつり食べながら、リィエは悪いような気になる。自分だけこんなごちそうを食べていいのだろうか。
リーザ
リーザも食べる?
ゴブリンの丸焼き
「うへへ……」
リーザはちょっとヤバい人を見る目つきでリィエを見ながら、首を横に弱々しく振った。
「私はパンと干し肉で十分だよぅ。うへへ……」
「リィエ姫様」
レオメレオンがやって来て、言った。
「どうかお一人になられないよう、お気をつけください。リーザ姫と離ればなれになりませんよう……」
うん
気をつける
「バーンとミルキューも頼むぞ。姫のお側を決して離れぬよう」
「お任せください」
老戦士バーンが頼もしく返事をする。
「あーい」
ミルキューはいつもそわそわしている。
そのミルキューの視線が一所にチラチラと動いているのをリィエはゴブリンを豪快に食べながら発見していた。
少し離れたところで食事をしている若い兵士がやはりチラチラとこちらを見ており、二人の視線が合うとミルキューが嬉しそうに笑う。
ふーん
こいつら
もしかして……
夜が更け、真っ暗な中に焚き火の明かりが強くなる。
兵士たちは寝息を立てはじめ、見張り番たちは静かにその間を歩き回る。
テントを張った中でリーザがリィエの胸に顔を埋めてすやすや眠っている。
リィエはその寝顔を見ながら微笑んでいた。
疲れたよね
馬車の中でしりとりとかしながら
しっかりずーっと周りに神経張り巡らしてたもんね
テントの外でこちらに背を向けて座っている老戦士バーンの影が透けている。
反対側には鎧を着た女性戦士ミルキューの影が見えていた。ふと、その影がそーっと立ち上がると、音を立てずに消える。
ははーん
リィエはテントをそっと抜け出すと、興味津々でミルキューの後を尾けて行った。
ミルキューは河原を駈けると、薄暗い森の中へ入って行った。
きょろきょろと辺りを窺うと、何やら囁くほどの声で誰かの名前を呼んだようだった。
リィエは意地悪な笑いを浮かべると、呟いた。
ふふふ
逢い引きというやつだね?
職務をほったらかしてけしからん
罰としてこのあたしが覗いてやる
足音を殺して森に入って行くと、すぐになんだか湿った音と喘ぎ声のようなものが聞こえて来た。
ぴちゃぴちゃと舐める音のように聞こえた。それに混じって苦しそうな喘ぎ声。
おいおい
早速
なんてことを始めているんだ
けしからん
リィエがにやにやしながら茂みの間から覗くと、昼間に見た若い兵士の顔が見えた。それはどう見ても枝に突き刺さっており、目をかっぴらいてこちらを見つめたまま、表情が固まっていた。
その手前でミルキューが土の上に仰向けに倒れ、お腹を何かに貪られている。
リィエは思わず悲鳴を漏らした。
ひっ!?
すると真っ黒い翼の生えた悪魔のようなものが振り返り、金色の光る二つの目でこちらを見た。
「ひ……め……さ……ま……!」
腹部から内臓を剥き出しにして、ミルキューが声を絞り出した。
「お逃げを……! ガーゴイルが……!」
ガーゴイルは「ギシャ!」というような声を上げ、立ち上がるなりリィエに向かって襲いかかって来た。
うわああああ!!
リィエは悲鳴を上げた。