悪いひとなんかじゃない!
部屋の前でレオメレオンが2人を待っていた。
「リィエ様、リーザ様。大広間でフーガ様がお呼びでございます」
めんどくさい
勉強で頭が疲れた
『あとで』って言っといて
「だめでございます。フーガ様のご命令は絶対でございます」
「行こう、お姉ちゃま。私もフウガに用あるし」
リーザに手を引っ張られ、しょうがなくついて行った。
大広間では大勢、城の者たちが、何やら忙しそうに動き回っていた。
フウガはその中央に立って、みんなに指示を送っているところだった。
2人の姫がやって来たのにすぐ気がつくと、レオメレオンに指示を任せ、近づいて来た。
「やあリィエ姫、リーザ姫。お呼び立てして申し訳ない」
「何やら忙しそうですが……」
リーザが言った。
「何の準備です?」
「もちろん、魔王討伐の準備ですよ」
「フウガ」
リーザが睨む。
「私がいない間に魔族が城内に侵入して来たらしいですね?」
「ああ。そういうこともありましたね、そういえば」
「なぜ私に報告しなかったのです?」
「忘れていただけですよ」
フウガは軽い口調で、笑った。
「一大事ですよ? 不干渉条約を魔族側が破ったということでしょう? 戦争にも繋がりかねない」
「いや、べつに同じことでしょう?」
フウガはリーザを子供扱いするような表情で笑う。
「リィエ様の呪いを解くには魔王を討伐するしかない。魔王討伐ということは、即ち魔族との戦争を始めるということですから」
戦争……
はじめるの?
「リィエ様」
フウガはリィエに向き直った。
「リィエ様に呪いをかけたのは魔王サイラス・カルルスです。何が狙いなのかはわかりませんが、おそらくはリィエ様を魔属性のものしか食べられない体にすることで、魔族の敵として仕立て上げ、戦争のきっかけとしようとしたのでしょう」
戦争のきっかけ?
あたしが?
「そうです。魔王は不干渉の協定を表向き結びながら、内心人間を恐れていたに違いない。アーストントンテンプル城とセブンス・イレブン城は馬を飛ばしてわずか三日の距離にある。おそらくはずっと目障りだったのだ。何か口実をつけて滅ぼしてしまおうとずっと前から思っていたのでしょう。卑劣なやつだ」
そんな……
あの人は……
そんな悪い人なんかじゃない!
「リエちゃま?」
リーザがびっくりした顔で見て来た。
「魔王は悪いやつよ。それは間違いない。戦争を始めることについては不本意だけど……」
「魔王が悪でなければ何だというのです?」
フウガは馬鹿にするように見下して来た。
「あなたに魔王の何がわかると?」
リィエは2人から否定されて、小さくなってしまった。
「とにかく。魔王討伐隊を現在急いで編成中です」
フウガは少し苛ついたように言った。
「そのため私は忙しい」
「奇襲をかけるのですか?」
リーザが責めるように言う。
「それは誇りあるアーストントンテンプルの者として卑怯に思いますが……。いくら相手が魔族といえど」
「宣戦布告はしました」
フウガは言った。
「魔王軍からの返答はありませんが……。布告はしたのです。返事を待たずに攻め込んだとて卑怯ではないでしょう」
「それなら……」
リーザは答えた。
「仕方ありませんね。お姉ちゃまの呪いを解くため……。リエちゃまを元いた世界へ戻し、本物のお姉ちゃまをこちらの世界へ呼び戻すため……ですか」
「お呼び立てしたご用件はですね、リィエ姫」
フウガは厳しい目をこちらへ向けた。
「申し上げた通り、私は今、忙しいのです。ですから昨夜のように、何かあっても貴女をお守りすることが出来ません」
はぁ……
つまり……?
どういうこと?
「外へお出にならないでください。城内には私の魔力結界が張ってありますので安全です。城の外はもちろん、中庭や渡り廊下もいけません」
あー
引きこもってろってことね?
「眠れずに散歩へ行きたくなるお気持ちはわかります。ですが、昨夜のように薔薇の小路へお出になったりするのはおやめください。貴女を失うことは、すなわち戦争を始める前に敗北してしまうことを意味しますからね」
なんで?
「貴女は……リィエ姫は、この国の王位継承権第一位の存在であらせられますので」
お……
おーいけーしょーけん!
……って何?
どんな格ゲーの必殺技?
「とにかく……約束してください。外へは決して出ないと」
……
「お返事は?」
はい
絶対に
外へは出ません
誓います
「頼みましたよ?」
フウガはリーザのほうへ振り向くと、
「リーザ姫、リィエ姫とご一緒にいてあげてくださいね」
しかしリーザはフウガには答えず、リィエの顔をじっと見ていた。
嘘をついている人を見る目で、じーっと見ていた。
夜、胸に顔を埋めてリーザが寝息を立てはじめると、リィエはそっとそれを引き剥がし、ベッドから立ち上がった。
音を立てないように扉を開け、誰もいないのを確認すると、昨夜と同じ方向へ、廊下を歩き出した。
外へ出ると夜風が涼しく、気持ちよかった。
薔薇の小路は昨夜と同じく月に照らされ、明るかった。
探すまでもなく、林檎の木は前方にあり、その下は昨夜と同様暗かった。
リィエはそこへ向かって静かに、しかし聞こえるように声を投げた。
魔王さん
いる?
林檎の木の下で、影が動いた。
闇よりも黒い、真っ黒な影だ。
「今晩は、リィエ姫」
寂しそうな、冷たく優しい男の声がした。
いた!
魔王サイラス・カルルスさんよね?
心配になって会いに来たの
戦争なんて始めないよね?
あなたはそんな悪いひとなんかじゃない!
「ありがとう、リィエ姫」
そう言うとサイラスは月光の下に姿を現し、一瞬でリィエのすぐ目の前まで移動して来た。
「その通り。僕は戦争なんてする気はない」
やっぱり?
そうだよね
だってあなたは……
リィエは嬉しくなって、笑った。
あたしリーザみたいに真実を見られる目を持ってるわけじゃないけど
わかるもん
悪い人じゃないって……
「出て来てくれてありがとう、リィエ姫」
サイラスの手が、喉元へ伸びて来た。
「貴女を殺せば、戦争をしなくて済む」
……あれ?
……終わった?!