理解者
西洋人の女の子の年齢はわからないとリィエは思っていた。
しかし目の前にいる子は確実に自分-(ひく)2歳ぐらいだろう。
だって自分にそっくりなのに、明らかにそのぐらい若い。
だからたぶん15歳だ。
革の鎧にマントをつけて、腰には剣を差していた。
おおきな碧色の瞳でこちらをキッと睨んで来るけど、なぜかまったく怖くない。
「おまえ……お姉ちゃまじゃないなっ?」
その子は全然怖くない声で凄んだ。
「何者だっ? ま、魔物が化けているのかっ?」
わぁ
美少女剣士だ
初めて見た
リィエがそう感想を口にしたのに反応し、その子は腰の剣に手をかけた。
今にもそれを抜きそうな姿勢でこちらを睨みながら、なぜかまったく怖くない。
怒られるよ?
フーガ様が言ってたもん
城内で帯刀すると逮捕されるって
リィエがそう言うと、その子はおおきな目をさらにおおきくして驚いた。
「え? フウガを知ってるの?」
え
呼び捨てなん?
フーガ様って呼ばないと怒られるんじゃないっけ
「あなたはだれ? 私の目には……悪い人に見えない」
そっちこそ誰だよ
名乗れ
会話を始めると、少女はなんだか安心したように剣から手を離し、背筋を伸ばして偉そうなポーズを決めた。無理して大人ぶってるみたいでかわいかった。
そして名乗った。
「私はこの国の三番目の姫。リーザ・アーストントンテンプル」
あ
リィエ姫の妹か?
そういえば4人兄弟だってレオが言ってたっけ
「おまえは?」
リーザは背の低いところから一生懸命見下ろしながら、聞いて来た。
「私の目には見えるのです。体はお姉ちゃまだけど、中に知らない人が入ってる。誰なんですか?」
見えるの!?
「はい」
まじで!?
「はい。私の瞳は『真実を見る瞳』。私を騙すことなど出来ません……っていうかあなた。なんか、騙す気すらないみたいですねぇ……?」
リィエの目からだばーと涙が溢れた。
レオには何度言っても信じてもらえなかった。フウガには相手にされなかった。
待ち焦がれていた理解者の出現に、思わず両手で握手した。
あたし小早川理恵っていいます!
かくかくしかじか
かくかくしかじかなんです!
「なるほど……。かくかくしかじかなんですか」
そう!
かくかくで
しかじか!
「それは大変でしたね」
リーザはスポンジが水を吸うようにリィエの話を吸収すると、
「それで? 本物のお姉ちゃまは今、どこに?」
たぶん
あたしのいた世界の
あたしの体の中に
「入れ替わってしまったというわけですね?」
この子
話が通じすぎる
好き!
「でもそれ……レオとフウガには話したと仰いましたけど、あまり他人にばらさないほうがいいように思います。体はリィエ姫でも中身が他人だなんてバレたら……なんか面倒臭いことになりそう」
はい
「本物のお姉ちゃまが戻るまで、隠し通しましょう。私も誰にも言いません」
そうします
「悪い人じゃないのはこの瞳で見ればわかります。仲良くしてくださいね、えーと……何て呼べば?」
リエたんでも
リエちゃんでも
うんこでも
「じゃあ『リエちゃま』って呼びます。私のことは『リーザ』と呼び捨てでいいですよ」
わかった
かわいい妹ができて嬉しい!
しかしリーザは新しい姉ができて嬉しそうではなかった。
「お姉ちゃま……2年振りに会えると思ったのに……」
項垂れると、涙が一滴落ちた。
「牛車に轢かれたっていうから心配して、急いで戻って来てみたら……もっと心配になっちゃった」
リーザ……
「リエちゃま、お姉ちゃまは本当に戻って来るの?」
うん
戻って来るよ
ぜったい
リーザの顔が一瞬曇った。そして笑う。
「ふふふ。優しいね、リエちゃま。やっぱりいい人」
その碧色の瞳はリィエの嘘を一目で見抜いていた。
「そっか。あのフウガでもどうしたらいいかわからないんだね」
そうだ
リーザも一緒に行ってもういっぺん
フウガに聞いてみようよ
あたしがニセモノだってことリーザが証明して
そんでもって本物のお姉ちゃんをこの体に戻す方法がないのかどうか……
「うん」
リーザはあまり乗り気ではないような顔で、うなずいた。
「まだみんなに帰って来たこと知らせてないし、行こう」
寝間着姿のリィエと鎧姿のリーザは手を繋いで廊下を歩き、明かりのついている会議室に並んで姿を現した。
来ることを知っていたようにフウガは笑い、レオメレオンが驚きと喜びを顔いっぱいに浮かべて駆け寄って来た。
「リーザ姫! お久しぶりでございます!」
腕を広げてレオメレオンが抱擁を求めて来る。
「あ、レオ。ただいま」
リーザはレオの抱擁をスルーして奥にいるフウガのところへ歩いて行く。
え
レオ
かわいそうだよ
背中が泣いてるよ
「いいの。私、レオ嫌いだから」
ええええ
なんで!?
「うざいもん」
リィエの手を引っ張り、リーザはフウガの前に立つと、偉そうなポーズを決めた。
「ただいま帰りました。フウガ、私のいない間に変わったことは?」
「お帰りなさい、リーザ姫」
フウガはなぜか可笑しそうな顔をしながら報告する。
「変わったことですか。特にないですよ。あなたの大好きな第二王女、リィエ様が呪いにかかられたこと以外はね」
「一大事でしょ、それは」
リーザはフウガを叱りつけるようにそう言うと、
「呪いを解く方法はないのですか? あなたなら出来るのでは?」
「お手上げなのです」
フウガは表情を変えずに答えた。
「私にも出来ないことはある。ま、現在調査中ですがね」
「あなたの嘘は見抜けない」
リーザは悔しそうに言った。
「大賢者フウガ。何か私に隠していることなどないでしょうね?」
「ありませんよ」
にこにこと明るく言う。
「そこは信じていただくしかない。私が貴女の『真実を見る瞳』に見透かされないのは別に魔法で防御などしているわけではない。自然にそうなってしまうだけですから」
「フウガ」
リーザは声を潜めた。
「お前は気づいているんでしょう? お姉ちゃまの体にリエちゃまが……別人が入り込んでしまっていること」
「まぁ、そうですね」
フウガはにっこり笑った。
「でも戻す術がわからないからには、リィエ様でいていただくしかないですけどね」
「本当は、その術はあるんでしょう? おまえは知っていて、隠している」
「何を根拠に? なぜそんなことをしなければならないのでしょう?」
フウガの表情はずっと明るく笑ったままだ。
「まるで私が悪者のような仰り方だ」
「……無駄みたい」
リーザはリィエに言った。
「フウガの考えてることは私にも読めない。それに一度言い出したことは決して変えない頑固者よ。こうなるとは思ってたけど……諦めましょ」
えー
あきらめんなよ
「フウガに頼むのは諦める。ってことね」
そう言うとリーザはおおきな目を上に向けた。
「私がなんとかしてみせます!」
「リーザ姫……」
シュカが目をうるうるさせて、明らかに構ってほしそうにしていた。
「では私は休みます。長旅で疲れていますので」
リーザはシュカの前を素通りすると、リィエの手を引いて部屋を出て行った。