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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

滅亡しかけた世界で少女が彷徨うお話。

作者: 揚げ茄子(いりは)

タイトル通りのお話。

夢で見た内容を広げて書きました。短いと思ってツイッターにて公開した作品なのですが気づいたらすごく長くなってました。

大それた仕掛けも感動の結末もないですが興味が出たら、お暇の際にでも読んでみてください。

世界が滅亡した。原因は不明。

建造物は全て倒壊。草木花は焼き焦げみどりの一片もない。ただあるのはガレキの山と所々立ち昇る黒煙。そしてそんな凄惨な地上など露知らずと美しく澄み渡る雲一つない青空が広がっていた。

だがそんな世界にもまだ”生”を司る者がいたようで。それは少女の姿をしていた。


『少女』はその惨状の中を歩いていた。一歩一歩と足をゆっくり踏み出す。時にその柔く白い肌に鋭利なガレキが傷をつけたが少女はその顔を苦痛に歪めることはない。否、少女には『痛み』など存在しないのだろう。

歩いていた少女がふと踏みとどまった。

一つ、枯れ果てた木を見つけた。


少しでも力を加えれば崩れてしまいそうな程萎び、痩せこけた木の根元に皺にまみれた黒い球体が落ちていた。

少女はそれを親指と人差し指で摘むと覗き込むように右目の前に持っていく。

じっと三秒ほど見つめた後それを捨て、渇いた木にそっと優しく触れる。

その瞬間、少女の周りを神聖な風が纏う。


それと同時に少女の掌と木の幹の接触面から中心にその潤いを取り戻し本来の姿へと蘇る。

僅かな薄皮で繋がっていたいつ何時落下してもおかしくないその細枝が独りでに折れとは逆に持ち上がり、その傷がメキメキと音を立てて塞がりまっすぐな枝へと再生する。


青く茂った葉が枝を包み、そのうちの一つの枝先に果実を実らせた。丸々とみずみずしい赤い果実。

瞬時に枯れ木が蘇った現象を超常現象と呼ばずに何と呼ぶ。そしてその超常現象は少女によって引き起こされたのだと捉えるのが妥当であろう。

そう、少女は『万物を蘇らせる力』を持っているのだ。


少女はそのたわんだ枝の先に実った果実に踵を浮かせ背伸びをして手を伸ばす。やっとの思いで両の手で果実を鷲掴みすると掴んだまま踵を地面につける。すると果実と枝を繋いでいた果梗は繋ぎとめる力を失って千切れた。その反動でバランスを崩し尻もちをつく少女。だが果実は見事ゲットできたようだ。


少女は歩いていた。入手した果実にかぶりつきながら。果実の赤色はどうやら果皮だけのようでその中にある果肉は黄に近い白色だった。そして果肉は随分と多く水分を含んでいるようで一口かぶりついただけで果汁が溢れた。少女は果汁を拭うこともせず口の周りを汁まみれにさせながら果実を食して歩く。


その少女の脚をガレキの破片が傷つけ傷から赤い液体が滲み出て肌を伝う。だがそれは溢れ続けることなく一筋だけで終わる。彼女の『再生の力』の所為か肌の傷が塞がったからだ。傷跡すら残らずに。

そして少女はまた見つける。ひび割れの激しいアスファルト。それはもはや断崖絶壁になっている。


しかし少女が見ていたのはその崖ではなくその断崖絶壁の闇の中に今にも落ちそうな何かだ。

少女は果実の最後の一口を口の中へ放り込むとその何かへ駆け寄り、落下しかけたソレを掴んで我が身へ引き寄せた。ソレは少女と同じ姿、正確には少女の姿と同じ種族の生物だった。


だがソレは損害がひどく、頭部から腹部にかけての右上半身は欠損しており残った左半分の顔は火傷でひどく爛れている。胸のあたりにある乳房から女であることは判別できるだろう。

その女は紺碧のニットワンピースを着ていた。紺碧の中に酸化により黒く変色した血痕が広く滲んでいるのが確認できた。


若い女なのだろうか。友人との出掛けの最中だったのかはたまた意中の相手との逢引の最中だったのか。答えは神のみぞ知るとやら何とやら。

少女はその遺体が再度落ちないように崖から離れた位置に引き摺って持っていくとそれを置いて立ち去った。


──のかと思いきや少女は近くにあったガレキの山と地面との僅かな隙間に手を突っ込み中を探るように動かすと見つけた何かを引っ張り出した。肉片のような物体。それは跡形もなく変形したヒトの手であった。欠損して行方知らずだった女の手だろう。

少女はそれを女の在る筈だったその部位に置いた。


だがその手と胴体に繋がる腕と肩、右半分の顔はまだ失われたままである。

少女は遺体に向けて掌を向けるようにかざす。すると再び少女の周りを神聖な風が包んだ。

そして少女の掌から中心に遺体があるべき姿へと変貌してゆく。少女の『再生の力』によって。


残っていた左上半身の胴体から失われていた右上半身の胴体、右肩を伝って右腕が再生し置かれた右手へ肉を伸ばし、同時にニット服も直る。右半分の顔も左半分の顔と左右対称となり長い茶色の髪と唇に引かれた紅が遺体を彩る。傷も爛れた皮膚も火傷も全てがまっさらに。すべて元通りに。


少女の力によって見るも無残な遺体はたちまちに『女の遺体』へと変わったのだ。

死化粧のような儀式を終えた少女は最後に女の開いたまなこの瞼を手で下ろし眠らせる。女が安らかに眠れるようにそっと。

少女は今度こそアスファルトの上で眠る女を置いて立ち去って行った。


少女は歩いていた。破滅した世界でただ一人。何かを求め散策するでもなく目的地を目指すでもなくむごたらしく崩れ去った世界で散歩するかのように。

身体中の水分が奪われそうな太陽が容赦なく照り付けていたが少女は汗ひとつかかずに小さな歩幅のまま一定のリズムで歩く。

そして少女は見つける。


砂漠化し亀裂が巨大なあみだくじのように広がった土壌の上に滲む小さな赤黒い染み。それは一つのみならず道しるべのようにいくつも点を連なっている。立ち止まって見ていたそれを目で追うが果ては見えなさそうだ。陽炎によって視界がボヤけているのもあるだろう。


赤黒いシミは血痕で間違いないだろう。少女は血痕を追うことを決めたようで俯いて道しるべを辿る。時間にして5分くらい経った頃だった。その終着点には呆気なく辿り着いた。それはトビミケ柄の毛皮と頭部に尖った耳を持った四足歩行の小動物であった。小動物は力なく地面にシミを拡げて伏せている。


事切れた様子の小動物の腹部には何かに切り裂かれたような傷があった。シミの出所はそこで間違いなさそうだ。

少女は傷に手をかざし『再生の力』で傷を塞ぐ。

せめて土の中で眠らせてやろうと思ったのか少女は小動物の側に穴掘ることにしたようだ。しゃがみこんだその時、ソレは少女の耳に届いた。


それはとてもか細く風に流されてもおかしくない程微々たる呻き声。だが少女はそれを聞き逃さなかった。少女の力によってその命を吹き替えしたのだろうか。

否。生きていたのだ、その小さな命は。まだ終わりを迎えぬまま紡いでいたのだ。だがその灯火はもはや小火のようだ。


少女が触れる。まだ小火は熱を発している。

少女は目を閉じて念じる。まるで何かを願う様だ。

念じ終えると少女はそっと手を離す。それから数秒後、三角耳がピクリと小さく震えた。瞳を(あらわ)にしムクリとその顔を起こす。ガラス玉の空色の瞳が少女を捉える。小動物は小さく「にゃあ」と鳴いた。


無事に猫が息を吹き返したようだ。

少女はそれを確認すると安堵するでもなくすぐさま立ち去っていった。

一体彼女は何が為に猫を蘇生させたのだろうか。気まぐれだろうか。

猫は横たわったまま顔だけ上げて少女の小さくなってゆく背中をじい、っと見つめた。少女の姿をその目に焼き付けるように。


少女は歩いていた。木々に囲まれた土道を行く。細木は勿論、かつては生命強く凛としてそびえ立っていた大樹も惜しくも力負けて横倒しになった倒木と化している。

あたりには人はおろか普段森を住み処とする鳥獣すら姿を現さない。息を潜めているのかもはやその命を枯らしているのか。


その森で驚くべき事態が発生した。足音が一つ増えているではないか。

前方には生物がいる様子はない。ならば何者かが少女の後をつけているということだろうか。

その違和感には少女も気づいたようで彼女は後ろを振り向いた。

少女が足音の主を捉える。その生物はにゃあ、と鳴いた。


それは少女が傷を癒した猫だった。

少女と猫はお互い微動だにせず見つめ合う。

数十秒後睨み合い(?)から最初に離脱したのは少女だ。少女は猫に背を向けると意に介することもなく何事もなかったように歩きを再開した。その数歩後ろから猫が少女の足跡の上に可愛らしい肉球の跡を上書きする。


一人と一匹は歩いていた。お互い寄り添うこともなく言葉を交わすこともなく。

辿り着いたのは水没した都市。傾いた電柱や倒壊したビルが水面から顔を出しているが都市一つを海水が呑み込んでいた。ここに住まう生命にとっては絶望そのものであろう光景だがそこにどこか神秘さがあるのも事実であった。


道などは水底と化している。歩行は不可能のため少女と猫は辛うじて水面上にある足場をひょいひょい、と跳び次いで行く。猫はともかく少女はその容姿らしからぬ身軽さであった。しかし長い時を休息も食も水分補給もまともに摂らずに歩き、疲れの色を全く見せない少女にとっては当然のことなのであろう。


身軽に足場を替える二匹。そんな時猫が足を滑らしたのだろうか、ドボン、と水の中へと落下する。不意の落下に猫は抵抗する間もなく水中へ落ちた。少女はその音で猫の落下に気づいて顔だけゆっくり振り返る。水面で苦しみながらにもがく猫を視界に捉えながらも少女は薄情にも顔を背け足場を替えたのだ。


決して感情を表に出さぬ少女は文字通り気にも留めずただ前に進む。もしも他の誰かがこの光景を見ていたならば「人でなし」と罵られていたことだろう。だがこの状況で彼女を叱咤できる輩などいる筈もない。

もがく力も徐々に失われつつある猫は虚しくも泡を残して水底へ消えていった。


──ドボン、とまた誰かが水中へと落下した。先程とは数倍も大きい音を立てて水中へと飛び込んだのは紛れもなく少女だ。少女は潜り込むと沈みゆく猫を引っ張り上げて浮上した。猫はぐったりとしているが息はあった。

どういう風の吹きまわしか猫を頭の上に乗せ、静かに泳ぎ進んだ。


いつのまにやらあたりは闇に包まれていた。

未だ形状を保っている建物の屋上で少女と猫は採ってきた木の実を口に含んだ。回復した猫は相当腹を空かせていたのかがっつく勢いで食らう。

その横で少女は水没の都市を見下ろした。とっぷりと塗りたくった黒の中に欠けた月と無数の星が水面上で揺らめいた。


猫が動かなくなった。

正確には呼吸が荒く体の自由が奪われていた。

少女はそんな猫を今度は見放さずに側の柵に腰掛けていた。視線こそ猫に向けることはなかったがきっと見守っているつもりなのだろう。

猫が最後の力を振り絞って選んだ己の死場所は少女の膝の上だった。

そして猫は息を引き取った。


少女は今度こそ猫を土の下で眠らせると水没都市を探索し始めた。予想通り少女には呼吸のための酸素など不要なようで何時間も息継ぎせずに水中散歩に勤しんでいる。無人民家に図書館、不能になったゲームセンター等を人魚のように優雅に徘徊した。

そして少女は一枚の絵に目を留めた。


そこは元は美術館だったのだろう、周辺には、裸体の女の絵に人々が会食をしている絵、夜景の絵といった額縁に守られた美術館の主役達が無重力の空間に浮かんでいた。

触れるのも躊躇われるような麗しい銀の長い髪を海藻のように揺らめかす少女が、じっ、と釘付けになったのは青い花の絵だった。


何億もの価値がつくような絵でも目を見張るような派手さもましてや圧巻されるような技術が滲み出るような絵でもなかった。周りに浮かぶ名画に比べれば明らかに安っぽい画材で描かれた絵。

だが芸術品の機微を見抜けない少女はその星のような形の小さな花が散りばめられた一枚の絵のみに興味を示した。


絵を見続けていた少女はやっと動き出す。徘徊を止め浮上すると、濡れたままその場を後にしてどこかへ歩き出したのだ。

白のワンピースが少女の体にぴったり纏わり付くが人間ならば抱く嫌悪感すら少女は気にせず歩く。あの稚拙な絵によって一体何を動かされたのか少女は再び歩を進めた。


少女は歩いていた。灰色にまみれた世界で花を探して。

彼女が探しているのは沈んだ美術館で見た青い花、『勿忘草』の花だ。

勿論この世界は花なんてものはもうほんの一握りの奇跡以外にはほとんど散ってしまっている。人間離れした少女とはいえ広い世界で一種の花を探そうなど容易ではないだろう。


少女は道中落ちていた灰を手に取った。それが葉も茎も根も全てが散って面影すらない花であることが分かるようで『力』で再生させる。だがそれは赤い薔薇だった。

少女は目当てのものではなかったことに落胆するかのように花をぽい、と捨て別の場所を探した。


焼け野原や瓦礫の一部と化した花壇や半壊の森等あらゆる花のありそうな場所を巡っては灰に触れて花にした。に白い百合、似たようなブルースター。いくつもの花を咲かせた。

今度は焼け朽ち欠けた木に触れると枝が伸び桃色の美麗な花が次々と咲き誇る。

満開の桜がそこにはあった。


色のなくなった世界で広がる桃色は風に揺れて鮮やかに舞う。それはとても洗練された光景であった。

だが、その美しい光景を前にしても少女の心はあの花を探しているのだ。これじゃない、と少女は去った。


それからどんなに秀麗な花でもどんなに似たような花でも少女はこれじゃない、と『力』で色を灯しては新たな花の灰を探し求めた。何度日の昇りと月の沈みが繰り返しただろう。少女は立ち止まることなく探し続けた。

食も睡眠が不要であるが故に諦める理由がないにしてもそれは異常な執着心に見えた。


何故勿忘草でなければならないのか少女は自分自身でも分からなかった。正確には少女自身そのことにはなんの疑念すらも抱いていないのだ。ただの気まぐれ。ただの暇潰し。それとも猫の瞳が勿忘草と同じ青だったからか。目的がそれしかないからかもしれない。

いずれにしろ少女は探すだけであった。


少女は歩いていた。荒廃した世界に緑の命を芽吹かせ、足跡として残しながら。少女の咲かせた花達はすぐに枯れ果てることはなく強かにその命を紡いでいたのだった。

そして今日も少女は花を探して花を咲かす。

数刻後、陽が陰り始めてすぐに俄雨が少女の頭上に降り注ぐ。一時的とはいえかなりの大雨だ。


だが少女は相も変わらず雨などそっちのけで花を探すのだ。

山中を歩いていたその時不慮の事故が起こった。雨によってぬかるんだ土壌で滑り足を取られたのだ。バランスを崩した先は不運にも急斜面だった。少女は受け身もとれぬまま斜面を滑り落ちた。砂利や小枝が少女の柔肌を容赦なく傷つける。


美しい銀髪も汚れを知らぬ純白のワンピースもすっかり泥で醜く色づけされてしまった。泥にまみれた少女が落下した先でゆっくり体を起こした。顔を上げた少女が目にしたソレによって少女の瞳が初めて揺らいだ。

ソレは空と同じ青の星のような形をした小さな花。絵と瓜二つの花。少女が探していた花。


勿忘草だ。勿忘草の花が、ぽつん、と荒野の中で抗うようにその文字通り咲き誇っているのだ。

少女が探していた花は偶然にも滅びかけた世界で未だに生き残っていた奇跡の花だった。

いつの間にか雨があがっていた。雲の割れ目から差す光が後光のように花を照らした。

その時少女の目から心が溢れた。


頬を伝って雫は勿忘草に落ちた。すると、土の中から葉をつけた茎が姿を現し蕾をつけ、青の花開く。一連のソレは一つに留まらず一つ、二つと次々に土の中から現し拡がりを見せる。

そして気づけば少女の前にはこの世界唯一にして最も麗しい勿忘草の花畑。

もとい『空』が広がっていた。


滅んでも憎たらしく広がっていた『空』と今しがた広がった『空』に挟まれた少女は立ち上がる。

春一番が少女の髪と勿忘草を乗せてさざめいた。

少女は一人、二つの『空』を眺めた。その表情は普段と寸分違わぬ無表情に見えたがどこか晴れやかだった。


──若い男女二人組が一つの林檎の樹を見つけた。

奇跡的に生き残りはしたが世界滅亡によって動物も植物も果て食糧難で骨と皮だけの体は既に餓死寸前だった生者は何故焼け野原に林檎の樹だけが無傷で実をつけていたのか疑問を抱く余裕はなかったのだろう、若人二人は涙ながら林檎にかぶりついた──。


おわり。

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