3話 商業都市セール。
喧噪の中、俺は浮つく心を抑えるのに必死だった。
今にも鼻歌を歌いだしそうになるのを必死で抑え、スキップしそうな足を理性で縛る。
どこからともなく漂ってくる良い匂いと、愉快な道化師達が奏でる軽やかな音楽。
商業都市にふさわしい街の活気だ。
「おう兄ちゃん! マガド肉の串焼きはどうだい?」
街道を歩いていると、露天のおっさんが声をかけてくる。
マガド肉......確か元の世界でいう牛肉に近しい感じだったか?
「幾らだい?」
「一本500バースだよ!」
500バース、500円ってとこだな。
「よし、貰おう」
俺はおっちゃんに500バースを手渡し、マガド肉の串焼きを頬張る。
「おお、旨い!」
マガド肉は牛肉とラム肉を合わせたような味だった。
牛肉のようにジューシーな肉汁と、ラム肉のような独特の臭み、それが特性のソースで上手くまとまっている。
「嬉しいこと言ってくれるねえ!」
おっちゃんもニッカニッカしている。
そう、可愛いと美味しいは世界を救うのだ!
俺はマガド肉の串焼きを持ちながら雑踏の中を進む。
セールは王都にも引けを取らない、いやそれ以上の都会らしい。
取り敢えず俺は当初の目的通りだった、教会まで辿り着く。
流石大都市の教会だ。
その佇まいは元の世界におけるハットルグリムス教会を連想させ、荘厳で神々しい姿は本当にこの世に神がいると思わされる。
......まぁ実際、異世界転生《こんな状態》になってる時点で神はいるんだろうが......
「さて」
俺は少し息を吸い、教会の中へ足を踏み入れる。
「お待ちしておりました。勇者御一行、結城様。私はこの教会の大司祭、アルクネウスと申します」
目の前にはよくある司祭の出で立ちを、だがしかしそこらに居る修道士とは全く違うオーラを発した老人が立っていた。
「ほう、情報は筒抜けだったと?」
このアルクネウスと名乗る老人がここに居るという事。それ即ち俺たち勇者一行がこの街に来ていて、なおかつ俺がここに来るという事も知っているという事だろう。
魔法勉強の時、この世界の事も調べていたが、この国における教会の力は絶大なものだ。
諜報機関の一つや二つあるんだろう。
「ええ、そして本日は何用ですかな」
俺はここに来た理由を告げる。
「戦況を知りたい」
「ほう......分かりました、奥へどうぞ」
俺はアルクネウスに連れられ、教会最奥の扉へと案内される。
「戦況は芳しくありませんな」
扉を開け、部屋に入って開口一番アルクネウスは重々しく口を開いた。
「そうか」
戦況が悪いというのは大方予想が出来ていた。
入った部屋にはこの世界の地図版が置いてあり、その上には様々な色の駒が置いてある。
この世界の戦況を表しているのだろう。
「この世界には7つの国家がありますが、勇者の召喚に成功した国は4か国。勇者の召喚に失敗した国のうち2つは前線から離れていますので問題はありません。ただ......」
「残りの一国が不味いのか?」
「はい、シュライン皇国。ここは勇者の召喚に失敗し、挙句魔王軍との最前線という......」
絶望しかない国だな......
訓練の際等に光輝と王国の騎士を見比べて感じた事だが、この世界における勇者の武力とは圧倒的だ。
創作のようなステータス可視化というご都合設定があればいいのだが......
案の定、そんなものは無い。
「よくその国は持ちこたえているな。俺たちが召喚される前から魔王軍の侵攻はあったんだろ?」
「シュライン皇国は強大な魔法戦力を持った軍事国家ですから、しかも......」
「しかも?」
「彼の国には竜の加護がありますからなぁ......」
「竜の加護?」
「ええ、それに召喚された勇者は総じて最前線であるシュライン皇国の助力に向かっていますから」
げっ。それってまさか......
俺の考えが顔に出ていたのか、アルクネウスが苦笑いしつつええ、と言いながら聞きたくなかった事を教えてくる。
「光輝様勇者御一行以外の勇者様方は既に......」
うわぁ......
申し訳ない、本当に申し訳ない。
そんな話をしていると、俺たちの居る部屋のドアが勢い良く開き、修道士が入ってくる。
「アルクネウス様ッ!!!」
「どうされたのですか、そんなに慌てて」
「それが......」
修道士がアルクネウスの側に行き、耳打ちする。
それを聞く、アルクネウスが顔色を青くしていった。
うわぁ、絶対嫌だ。
絶対聞きたくない、逃げたい。異世界に来て、これ程目の前の事柄から逃げたいと思ったことは無い。
耳打ちが終わったかと思うと、修道士とアルクネウスが揃って俺を見てくる。
これは聞かねばならない、というか聞くしかない雰囲気だ。
思わず顔が引き攣る。
「ど、どうされたんでしょうか......?」
アルクネウスが重々しく口を開いた。
「シュライン皇国に援軍として向かった勇者3組の内、1組が戦死されました」
うっわ。




