プロローグ
「勇者よ、よく世界を救ってくれた、ラインニッヒ国王として礼を言おう」
玉座にふんぞり返るくそったれが偉そうに告げる。
「身に余るお言葉、決して楽な道ではありませんでしたが、なんとか魔王を討ち果たすことができました」
俺の横で跪いている勇者こと光輝がうそぶいた。
「そして我が娘ティターニアよ、お前も素晴らしかった。親としてこれ以上の誉れはない」
光輝の横で跪いているティターニアも、これまたのうのうと受け答える。
「全て光輝様の御力があってのこと、旅の全てをお見せできないかと思うほどに素晴らしいご活躍でしたわ」
「うむ、我が国で召喚した勇者が魔王を討ったことにより、周辺諸王国に対しても我が国が優位に立てよう」
「そして結城よ...」
俺の名が呼ばれる、が。
「お言葉ですが」
なんとなく想像していた通り、ティターニアが横やりを入れてきた。
「父上もご存じの通り、結城殿は無能でした、勇者である光輝様の金魚の糞として旅の荷物持ち、炊事係など、そのような者に、国王である父上からのお言葉など、勿体ないかと!」
ほら出た。ティターニアお姫様の常識外れスキルの発揮だ。
貴族も一堂に会するこの場でそんな発言するかよ普通...
事情を知っている貴族は鼻で笑っているが、何も知らない貴族たちはぽかんとしていた。
「分かっておるよ、我が娘よ。私が祐樹を褒めると思うかね?」
「流石ですわ!お父様!その慧眼はやはり我が国を繁栄たら占めるものですわね!」
「さて祐樹よ、愛娘から色々と聞いておるが、貴様旅先では散々だったようだな?」
実際はそうでもないと声を大にして言いたいところだが、これ以上拗れても面倒だ。
「はっ」
「そのような者が勇者殿と同じ報酬、待遇を受けられるとは思っていまい?」
「心得ております」
「ならばよい、その確認だ。さて、謁見はこの程度に、これから愛娘と勇者殿に旅での物語を聞かせて貰うとしよう!吟遊詩人も呼べ!楽しもうではないか!」
かくして、魔王を討ちとった勇者一行の討伐報告謁見は幕を閉じた。
光輝とティターニア、いや、クソビッチは王や貴族達、吟遊詩人と共に別室へ、俺は用意された城の一室へと歩を進める。
「散々でしたね、結城殿」
長い廊下を歩く俺に声をかけてきたのはハクー伯爵だった。
年齢は確か57歳、しかし、その歳とは思えぬ若々しいオーラを放っている、真っ白な髪をオールバックにしている凛々しいお方だ。
「これはハクー卿、お久しぶりです。3ヶ月前のハクー伯爵領防衛戦以来でしょうか?」
俺は極めてにこやかに、愛想よく受け答える。
こういった貴族階級やらなんやらと、面倒くさい文化では恨まれぬようにするのが最も賢いのだ。
「いやはや、その件では大変お世話になりました」
「礼であれば私ではなく勇者である光輝にされてはいかがですか?」
俺がそう答えると、ハクー伯爵は一瞬キョトンとした様子ではっはっは!と廊下にギリギリ響かない程度の声量で笑い飛ばす。
「いやはや失敬、結城殿はなんというか、良い意味で道化なのですかな?」
「良い意味で道化ってなんですか、いたって真剣ですよ」
「そうですかそうですか、いやはや、しかし私は、勇者様よりもあなたから旅のお話を伺いたいのですよ。立ち話も何です、どこか落ち着ける所へ参りませぬか?」
面倒なことになったなと思いながらも、断ることは難しい。
勇者パーティーの無能であるこの俺に、これからの予定が無いことなんてこの国の貴族なら誰でも知ってる。
俺に会いたがる人間なんて誰もいないからだ。
「そうですね、それでは私の部屋はどうでしょうか、丁度これから向かう所でしたので」
「かたじけない」
全く、本当に面倒この上ない。
「どうぞ、ここが私の部屋です」
長い廊下を数分歩き続け、俺はハクー伯爵を部屋に通す。
「一度勇者様のお部屋を見たことがありますが、随分とその...」
「扱いが違うでしょう?俺も、最初はあいつと同じ扱いだったんですがね、一度旅から帰ってくるとこの部屋になってました。なんでも、ティターニアが手紙で俺の無能さをこれでもかと書き記してくれていたようで」
俺が元々使っていた部屋は光輝と同じ造りだったが、4部屋くらいあったはずだ。
この部屋は元々の部屋の物入れ位の大きさしかない。キッチンやらトイレやらは一応あるが、そのスペースを含めても元の部屋の半分にも満たないだろう。
俺が元居た世界、日本でいう1Kくらいだ。
2段ベッドに小さな丸い机、手入れだけはされているので、貧相でボロいが汚いということは無かった。
「成る程、しかし、仮にも世界の英雄である勇者様御一行に対してこの扱いとは...嘆かわしいことですな」
そう言うとハクー伯爵はなにやらブツブツと言っていたが、気にしても仕方ない。
「お茶を淹れさせましょう、アイリス!」
俺は隣の部屋、キッチンにいるであろう専属メイドの名を呼ぶ。
しかし、返事が無い。
「ハクー卿、お掛けになって下さい、今お茶を用意いたしますので」
ブツブツ言っていたハクー伯がハッとした様子で椅子に座る。
「いやはや、申し訳ない。ありがとう」
「少々お待ちを」
俺はキッチンへと続くドアを開け、そこにいるはずのメイドの姿を探すが...
「風呂か?」
部屋にいないという事は、きっと大浴場にでも行っているのだろう。
普段はこの部屋の風呂を使っていたはずだが...
まぁいいか。と魔力ポッドで湯を沸かし、紅茶を淹れる。
「お待たせしました、申し訳ございません、普段はメイドがこの部屋の管理をしているようなのですが、今出ておりまして」
「いえいえ、きっと結城殿が帰ってきたので、身体を清めておるのでしょうな!」
はっはっは!と笑いつつ紅茶を飲むハクー伯爵。
よく笑う人だ。
「お戯れを、それで、旅の話を聞きたいと?」
ハクー伯爵がティーカップをコトン、と置くと、明らかに雰囲気が変わった。
「はい。明日の勇者様御一行の凱旋、結城殿はご参加になられないとか、その前に、貴方の口から真実をお聞きしたかったのです」
貴族としての風格というのだろうか。
魔王を含め、様々な魔物と闘ってきた俺だが、そのどれとも違う、人間のそこはかとない恐ろしさ、その片鱗を味わうような、そんな重圧があった。
「仰ることがよく分からないのですが、旅の話であれば先ほども申し上げた通り、光輝に聞くのが宜しいでしょう。王が吟遊詩人を連れ、他の貴族の方々と今光輝から話を聞いている最中でしょうし」
俺がそう言い終えるや否や、グン!と、何かに引き込まれるような感覚が俺を襲う。
これは結界特有のものだ、魔力で構成されたモノに包まれる感覚。
旅の途中、何度も味わった。最初こそ魔力酔いもしたが、今では慣れたものだ。
「王国貴族の嗜みと申しましょうか、壁に目あり、屋根裏に耳ありと申しますからな、遮音の結界を展開する魔法具です。私と結城殿だけを包みました」
成る程、このおっさん、気付いているのか。
しかしどこまでだ?まぁいい、腹の探り合いが仕事の貴族に勝てるはずもない。
こういう場合は素直に話したほうが楽だろう。
ずっと付きまとわれるのも厄介だしな。
「分かりました。お話ししましょう、魔王討伐までの全て、その真実を」