96,のんびりした夜
お互いの買い物が終わるとアジサシさんたちは日暮れ前に、と再び空に舞い上がって行き、森の木々に遮られて見えなくなった。
今回はポーション購入に寄っただけで、急ぎ向かわないといけない場所があるらしい。
シオンにいに聞いていた星が揃う日、というのはまだ先になるようだ。
何に使うのかは分からないけど重要なことだからもし変わりそうなら教えて、とシオンにいに言っているのが聞こえた。
「さて……これで始められるかなー」
「姉さまは何を買ったの?」
「じゃーん」
「……種?」
「うん。ちょっと珍しい花の種。それなりに量がいるからチグサさんにお願いしてたんだ」
庭に植える、というわけではないようだから、薬作りに使うのだろう。
私が学校に通い始める前、姉さまがひたすら花や種の成分を調べていた時期があったので、その続きかもしれない。
「私たちは夕飯の準備をしましょうか」
「はい。食材の確認してきますね」
ウラハねえとモエギお兄ちゃんが家の中に入って行き、それを追いかけるようにサクラお姉ちゃんがかけていった。
姉さまとコガネ姉さんが花の種を持って作業部屋に向かって行った。
「……シオンにい?」
「うん?どしたん?」
「あのね、ちょっとやりたいことがあるの」
「ええよ。夕飯までやろか」
何をするか、は聞かずに笑顔で答えてくれたシオンにいに笑い返し、クルリと杖を回す。
家に居る間に覚えたい魔法がいくつかあるし、アジサシさんが来る前にやっていたこともまだ終わっていない。
夕飯までの時間はそれなりにあるだろうから、少しくらい進むだろう。
そんなことを考えながら魔力を練って、杖に雷を纏わせる。
焦る必要はないので丁寧に丁寧に、ゆっくりと魔力を移動させ、出来るまで何度も繰り返す。
五回ほどやり直したところでキッチンの窓からサクラお姉ちゃんが顔を出し、そろそろご飯出来るよーと声をかけられた。
手を振って答え、杖に纏わせた魔力を霧散させる。
気を抜いたらキッチンから漂ってくる美味しそうな香りに気が付いてしまったので、もう少しと我が儘を言うことは出来なさそうだ。
今日の夕飯は何になったのかな、と予想しながら家の中に入り、杖を置いて手を洗いに行く。
「わあ、なんだか豪勢」
「色々使い切ろうと思ったらこうなっちゃったのよ」
「ちなみにデザートもありますよ」
「手伝ったー!」
「そうなの?楽しみにしてるね」
作業部屋から出てきた姉さまが席に座り、全員が揃って夕飯が始まる。
もっきゅもっきゅと夕食を頬張る姉さまは麗しの最上位薬師とは別人にしか見えない。
「セルちゃん?どうかした?」
「学校で姉さまのことを聞かれることがあるんだけどね」
「うぇ、あ、うん」
「そのたびに最上位薬師としての姉さまのことを聞かれるのか、妹から見た素の姉さまのことを聞かれてるのか判断に困るんだよね」
「……ちなみにそれ、普段はどう答えてるの?」
「私が勝手に答えるべきじゃないから気になるなら別の人に聞いて」
「うーん優秀」
私としては見慣れた姉さまの姿を眺めながらふと思い出した学校でのひと時を報告すると、姉さまからよしよしと頭を撫でられた。
対応としてはあれでよかったみたい。先生たちが姉さまを知っているから、と適当に流しただけなのだけれど。
「そういえばセルちゃん、明日はどうする?」
「明日……あ、フォーンに行くんだっけ」
「うん。行くようならお使いを頼みたいのと、行かないならお手伝いを頼みたいなって」
つまりどっちにしても頼み事はあるから好きに選んでいいということか。
まだ帰ってきたばかりでフォーンに用事はないし、リオンにも行くとは言っていない。
なら、久々の家の手伝いの方が楽しいかな。
「行かないでお手伝いするよ。何をする予定?」
「畑の野菜たちを一気に収穫しようと思ってるんだ。詳しくはウラハが知ってます」
「ふふ。明日ちゃんと説明するわ」
姉さまから説明を丸投げされたウラハねえが笑ってそれを後回しにし、お手伝い筆頭であるサクラお姉ちゃんが楽しそうに笑う。
この家の敷地には結構大きな畑がいくつもある。
野菜の収穫というなら今回弄る畑は食用のあれこれが植えられているところだろう。
それの他に薬の材料になるものが植えられている畑や、基本的に私は近付くなと言われている毒草なんかが植えられた畑もある。
そんな風に明日の予定を話しながら夕飯を食べ、デザートまでしっかりと食べてからお風呂に入って部屋に戻る。
まだ寝るには少し早いかな、なんて考えて、シオンにいから借りた本を開く。
学校の部屋から外は見えないが、家の部屋からは外がよく見える。
今日は星がとても綺麗だ。この家は周りが森で、家以外の明かりがないから星を見るには絶好の場所。
ベッドの上に座って本を読んでいたのだけれど、せっかく帰ってきたしと言うことで窓を開けてみた。森の気配と共に風が入ってきて、なんだかちょっと贅沢をしている気分だ。
このまま行けば、明日はよく晴れるだろう。
なんて考えながら風で捲れてしまったページを遡り、本の続きを読み進める。
学校に行く前から家にあった本だけれど、これを読むならもう少し後の方がいいと言われてまだ読んでいなかったものなのだ。
あの時はどういうことなのか分からなかったけれど、この本には学校で習ったようなことがよく出てくる。
理解度が違うから後にした方が、ということだったのだろう。
「セルちゃーん」
「わあ、シオンにい。どうしたの?」
「読書に夢中になって時間見とらんかなーって。あってた?」
「え……もうそんな時間?」
「うん。時計確認してみぃ」
部屋に入ってきたシオンにいに言われて時計を開くと、時刻は深夜と呼んでいいだろう時間になっていた。
シオンにいが来なかったら気付かなかっただろう。
「ありがとうシオンにい」
「ええんよ。おやすみ」
「おやすみー」
手を振って部屋から出ていくシオンにいを見送り、窓を閉めて本を閉じる。
ベッドサイドのテーブルに本を乗せて明かりを落としたら窓越しでも分かるほど星が輝いているのが見えた。綺麗だなーなんて考えて星空を眺めている間に、いつの間にか眠ってしまっていた。




