9,優し気な顔と真逆の行動
教室内の注目を一身に集めても気にした様子はなく、その少女はあくびをかみ殺している。
机の上に乗せられた枕が中々異質だ。
何よりも、先生がそれを許しているというその事実がより一層それを異質に見せる。
「ソミュール、差し支えなければ、属性を教えて貰えますか」
「時空だよー」
「ありがとうございます」
半分しか開いていない目を擦りながら、ソミュールという少女は緩く答える。
……時空の魔力、それは確か、狭間と呼ばれるものの生成や破壊が出来る魔力だった気がする。
魔法特化種の姉はどの属性の魔力も扱えたので時空の狭間と呼ばれる場所に繋がる穴を塞いだりもしていたが、あれがこの少女にも出来るのだろうか。
魔法適性は才能、というが属性も才能だ。
とはいっても適性は個人個人の差があるが属性には血のつながりがある。
私の風の魔力が最も姉さまとの血縁関係を否定する材料になったりするので、この少女の親も時空の属性なのだろう。
……少しだけ羨ましい。私も時空魔法いじくりまわしたい。
風も好きだけれども。それでも、自分が出来ない分野をやってみたくもなる時もあるのだ。
「……はい、少し静かにしましょうか。自分の属性以外でも、相性のいいものは扱えます。それがより希少なものであっても使える魔法はあります。いいですね?」
でも先生、私は時空魔法使えなかったです。練習したらできますか?
なんて幼稚な感想を考えつつ大人しく話を聞く。まあ、絶対に扱えないといけない魔法というものはないので自分の属性にあったものを扱えていればいいのだ。
「さて……この分だとやったほうが早いですかね?今年は優秀な魔法使いも多いですし。……よし、移動しましょう。予定より早いですが、魔法に触れてみます」
言いながら持っていたはずの杖をどこかにしまって、ノア先生が歩き出す。
その後を追いつつ杖を抱えなおす。
もしかしたら、ソミュールというあの子が目立って私は目立たなくなるのでは?
目立つのはもう諦めたが、そもそも人見知りする質なのだ。目立たないなら有難い。
なんて思いながらそっと目線を動かすと、うとうとしながら歩いているソミュールがいる。
手に持っているのは枕で、杖は見当たらない。……タスクタイプなのか、あるいは。
「さあ、着きました。それでは始めますね。……まずは、魔法を扱ったことのある人とない人で別れましょうか」
先生が止まった場所は、校舎と林の間。
端的に広く空いていて何かあっても被害の少ない場所、なのだろう。
「別れましたね?魔法を扱ったことのある人たちに関しては、端的に魔法基礎の復習です。扱ったことのない人たちは一から学びましょう。
それと、大切なことですが。扱う予定のない人たちも、魔法を知ることは生き抜くうえで重要なことです。疎かにはしないようにしてくださいね」
また、笑顔に圧を込めている。怖い怖い。
確かに、魔獣でも魔法を操る種族はいる。全く魔法にかかわらないで生きていると、それから逃げる方法も分からなくて逃げきれないなんてこともあるのだろう。
「そうですねぇ……それでは、まずは自分がどの程度魔法の発生を認識できるのかを確認しましょう。戦場でわざわざ予告をしてから魔法を撃ってくる相手はいませんからね」
そういって先生は、本当に何の予告もなしに氷の塊を上空に発生させた。
後ろに回していた手に杖を出現させて気取らせないという、本当に不意を衝くための行動だ。
発生させたその氷にはきっと気配遮断でも乗せていたのだろう、殺気はなく、それでも思わず反応して杖を構えてしまった。
私含め、反応したのは数人だけ。
その反応を見てか他の人たちが上を向き、その後に騒めき始める。
それを見て先生はにこやかに笑った。
「今、一番反応が早かったのはソミュールでしたね。魔法を練っているのも気付きましたか」
「んー……揺れてたから」
「そうですか。いい反応です。セルリアは出現と同時ですか、そちらの方が気付きやすいですか?」
「急に流れが変わったので……」
「なるほど、なるほど。ゲーテ、貴方はどこで?」
「えっと、光が変わったので」
氷の発生に気付いた生徒一人一人に理由を聞いて、先生は杖を持ったまま腕を組んで満足げに頷いている。
そして、気付かなかった生徒たちの足元に氷を発生させた。
「気付けなかった人たちは、これから徐々に探知の精度と範囲を鍛えていきましょうね。一先ずは、その足元の冷気に気付けるようになることを目標としましょう」
その声で足元を見た生徒たちが慌て始め、慌てすぎて氷で滑る人もいた。
ノア先生は、先に衝撃を与えてから吸収させたい人らしい。最初に大きな衝撃を受けると、目指すか諦めるかは極端だと思うのだが。
なんて、ゆるゆると考えていたら急に頭上から殺気がした。
殺気の元は最初の氷。溶かされずに残っていたそれが、急に落下を始めている。
先生を見ても先生は笑っているばかりで、一瞬だけ目があったと思ったらにっこりととてもいい笑顔を向けられた。
ああもう、くそ!なんて悪態を漏らしてみても事態は変わらない。
最初の試験にしては、余りにも早すぎやしないだろうか。
「……燃えよ、燃えよ、原始の炎……」
どうしたものかと思っていたら、微かに演唱の声が聞こえてきた。
炎の中級魔法の演唱、私はド下手くそな属性の物。
確かに、溶かすのが一番早いかもしれない。
声の主は分からないが、私はこの演唱が完了するまで時間を稼ぐべきだろう。
そう思って杖に魔力を込める。
使うのは、演唱は必要ないくらいに使い込んだ初級の応用魔法。
杖の先に風を込める。魔法の準備段階はもう終わらせているので、込めた風をそのまま氷に向かって打ち出し、風の威力を上げていく。
どこかに吹き飛ばすわけにはいかないので、氷ごと包み込むようにして氷の落下を止め、その場に留まらせる。
そんなことをしている間に他の生徒も氷に気付いたらしい。
これに関しては、最初と違って殺気が籠っているからか気付いた人も多かったみたいだ。
……なんて、思っている余裕は意外とない。
先生が掛けたのであろう落下の魔力が強くて、完全に落下を止められないのだ。
どうにかこうにか遅くはしているが、炎の人はなるべく急いでほしい。
「風よ吹け、現時と混ざり合いて突風と化せ」
重たいなぁ!と思っていたら、横から声が聞こえてきた。
聞こえた略式の演唱は、現状使っている私の魔法を強く強化するもの。
ちらっと目線を動かすと、そこにはソミュールが居てにこっと微笑みかけてくる。
それを確認したところで、炎の演唱は終わったらしい。
勢いよく発せられた炎の球は、私が作っていた風の膜に溶け込んで全体的に氷を溶かしていく。
しずくが落ちてくるか後思ったが、それも全て蒸発させてくれたらしい。
氷を完全に溶かし切ったところで先生が笑顔で拍手をし始め、見ていた生徒はそれに驚いて勢いよく先生の方を向き、魔法で解凍に参加した数人の生徒は鈍い動きで先生を見た。