88,ダンスパーティー逃走組
廊下を足早に進む。先ほどまで図書館に居たのだけれど、そこで二冊ほど本を借りた後は走ってはいないけれどそれなりの速度で廊下を進んでいた。
今日は休みで、やる事もないから図書館に籠っていようと思ったんだけれど、そうもいかなくなってしまったので引きこもり先は自室に変更だ。
というのも、今日は例のダンスパーティーがある日であり、普段は人が多くても静かな図書館まで小さな声が重なってそれなりにうるさく、ついでに何故か私にまで声をかける人が居て思わず逃げて今に至る。
もし行くようなら一緒に、と言われたのを「いや行かないです」と一言言って本を二冊借りて逃げてきた。
……別に逃げる必要はなかったのかもしれないけれど、驚いて逃げてしまったのだから仕方ない。
だってびっくりしたんだもの。何となく見覚えがあるな、くらいの人から急に声をかけられたら誰だってびっくりするだろう。
ワタシワルクナイヨ。ということで絶賛部屋に向けて逃走中なのだ。
今日はこのまま部屋から出ないことにしたので途中食堂によって夕飯用にパンを買い、何となく人が近付いてくる気配を感じてそっと逃走を再開した。
なんでわざわざ私なんかに声をかけてくるんだ。意味が分からない。
「はぁ……なんか疲れた……」
部屋に入って扉を閉め、鍵がかかっていることをしっかり確認してから椅子に座り込む。
本を机に置いて、パンが潰れてないか確かめてから机の上に乗せた。
図書館から逃げてきたけれど、本は二冊借りれたし一日暇を潰すくらいは出来るだろう。
なんて考えながら落ち着くためにお茶を淹れることにした。
最近シャムがオススメのお茶をくれたので今日はそれを淹れてみるとしよう。
シャムおすすめのお茶を飲みつつ本を読んで心を落ち着けて、部屋の外の喧騒は無視する。それでいこうそれがいい。
ため息を漏らしつつお茶を淹れていたら、扉が静かにノックされた。
……まさか部屋にまでダンスパーティーのお誘いが来たわけじゃないよね?
警戒心もあるけれど、ここが私の部屋だと知っている人はそんなにいないし多分知り合いだろう。
そんなわけで一応左手に杖を持って警戒はしつつ扉を開けると、そこには長い耳をペタンと伏せたミーファが立っていた。
両手をぎゅっと握っていたミーファは私を見て安心したように息を吐いた。
「セルちゃぁん……」
「ミーファ?どうしたの?」
「あのね、今日、すごく色んな音がして……知らない人に声をかけられたりもするし……その、一人で部屋に居るの、なんだか怖くて……」
つまりは私と同じで今日の喧騒から逃げたいのだろう。
ソミュールは寝ているだろうし、他に逃げ込める場所として私の部屋を選んだのだろうか。
……私も暇を潰せればいいし迷惑なわけじゃないので大歓迎だ。
「どうぞ?ちょうどお茶を淹れたところだよ」
「ありがとう!」
ミーファを中に招き入れてティーカップを二つ出す。
進めた椅子にちょこんと腰かけて物珍し気に部屋の中を眺めていたミーファにお茶の好みを聞くと、基本的にはストレートで飲むと言われたので砂糖なんかは付けずにカップを差し出した。
「わあ……セルちゃん、お部屋でお茶が出来るのすごいねぇ……」
「姉さまたちが色々とくれたからね」
自分の分も机に置いて、予備の椅子を持ってきてミーファの正面に腰を下ろした。
お茶に口を付けてふう……と息を吐いたミーファは、ようやく落ち着いたのかペタンと伏せていた耳を持ち上げてピコピコ動かしている。
「セルちゃんはダンスパーティー行かないんだね」
「知らない人とか、あんまり得意じゃないからね」
「そうなの?」
「実は、ね。私も逃げて帰ってきたところだったんだ」
素直に告白すると、ミーファは意外そうな顔をしてもう一口お茶を飲む。
……気に入ったのだろうか。なんだか嬉しそうだ。
「ミーファは行かないんだね?」
「うん……音が大きいのは苦手だし、私踊れないから……」
「そっか」
「……セルちゃん、踊れるの?」
「んー……まあ、何種類か習ったよ」
なんなら二種類くらいは教えることも出来る。
姉さまが普段踊るダンスも二種類で、第三大陸で主に踊られているダンスと、カーネリア様に習ったのだという古くから踊られているもの。
私もカーネリア様に誘われて古くから踊られているそれは覚えたのだけれど、第三大陸で踊られているという方はあまり得意ではないので基本的に踊らない。
代わりにシオンにいが教えてくれた第一大陸で踊られることが多いらしいダンスを覚えた。
「ダンスってどれくらい種類があるの?」
「私が知ってるのは十何個かだけど……もっとあるんだろうね」
「そんなにあるんだね……」
「ミーファって出身はどこなんだっけ」
「えっとね、第六大陸の小さい村だよ」
なら、多分よく踊られるものなら知っていると思う。
踊りたいというのなら軽く教えられるけれど、言われていないので今はいいだろう。
……そういえばソミュールは踊れたりするのだろうか。
「ダンスパーティー、何人くらい参加するんだろうね……」
「シャムが参加するって言ってたから明日にでも聞いてみようか」
「そうなんだ……すごいね」
「ねー。今度お茶のお礼もしないと」
「このお茶?」
「そう。シャムのオススメなんだ」
そんな話をしていたら、にわかに外が賑やかになっていた。
私でも分かるくらいなので、ミーファからしたら結構な音量だろう。
ビクリと肩を揺らした彼女は音の元を探しているのか耳をせわしなく動かしている。
「な、なんだろう……」
「準備が始まったとかなのかな」
「会場って、生活施設の方だよね?」
「うん。食堂がメインホールになるはず……だけど、中庭も会場扱いになるんだっけ」
「その準備、なのかな」
「多分……ちょっと見てみる?」
「え?」
「練習中の魔法があるんだよね」
まだまだ成功率は高くないけど、練習としては良い機会かもしれない。
そんなことを思って言ってみるとミーファは目を輝かせた。
この可愛いウサギちゃんは魔法を見たりするのが結構好きらしい。
ソミュールが起きている時に花を作ってミーファの周りに浮かべていたりするのだけれど、それを目で追って耳をピコピコ目をキラキラさせているのを見た記憶がある。
私が魔法を使うのは基本的に戦闘中なのでゆっくり見ている暇はなく、たまにこうして魔法を使うタイミングがあるとじーっとこちらを見てくるのだ。
あまりにも楽しそうな様子になんだか笑いが込み上げてきた。
こうなったらどうにか成功させないといけない。




