81,年末と来年の話
朝食をものすごい速度で食べ終えたリオンと一緒に一限の教室に向かう。
廊下の途中でミーファを見つけて、運ばれているソミュールを浮かせたりしながらいつも通りの時間に教室に入りそれぞれの席に着いた。
今日のこの一限目は来年度へ向けてのあれこれがあるらしい。
詳しくは聞いていないけれど、テストが終わってからではあまり時間が無くて詳しく出来ないから、とテスト前に終わらせてしまうのだとか。
……もうすぐ入学から一年経つなんて、なんだか少し信じられない。
時間の経過が早く感じるのは毎日充実している証拠なのだろうか。
いや、考えてみたら私、家に居る時ももうこんな季節かぁ、なんて毎回思っていた気がする。
つまりいつも通り。時間は気付いたら過ぎ去っているもの。
別に学校に通っているからとかではなかった。
それでもまあ、最後に姉さまに会ってから数か月経っているとなると驚きだけれど。
「……全員居るな。始めるぞ」
教室に入ってきたヴィレイ先生が全員席に座っていることを確認して、持っていた冊子を教卓に置く。
教室に入ってきて一瞬止まったのは、珍しく遅刻者が居なかったからだろうか。
「前もって話していた通り、この時間は来年に向けての話をする。メモを取りたい奴は勝手に取れ」
そんな先生の声を聞いて、カバンの中からメモ帳とペンを取り出す。
書く必要が全くないようなことならヴィレイ先生はそんなことを言いすらしないので、メモを取る余裕があるなら書いた方がいいのだ。
「まず初めに、来年お前たちがそれぞれひとつずつ選ぶことになる専攻授業だが、前に配った一覧には乗っていないものがあるので説明をする。テイミングと呼ばれる技能だ。
お前たちの学校生活の初めに入った小屋は覚えているな?ああいった魔獣を操る適性ありと判断された場合教師から声がかけられるものなので、受けたくても声がかけられなかった場合は諦めろ。
では次。来年から学校内の教師以外にも校外から特別教師が来ることがある。誰が来ても過剰に騒がない様に心積もりをしておけ」
それはつまり騒がれるような人たちが来る、ということなのだろう。
……なんだろうなぁ、この感じ。なんだかヴィレイ先生と目が合った気がするんだ。
これもしかして、私は知ってる人が来たりする……?
まあ姉さまの知り合いはかなりの確率で能力値がおかしくなった感じの人だから、周りが驚くような人が来たとしても、たとえそれが姉さまの知り合いだったとしても、割とありそうな話なのだ。
というか姉さま自身も能力値がおかしくなっていらっしゃるからね。うんうん。
「次。来年から研究職との合同授業が入ることがある。学科として確立されていないものを特別授業として行うこともあるので参加は必須だ。寝坊等して参加しなかった者は後で呼び出すからな」
なんだかリオンが心配になってきた。
一限目に入っていなかったら大丈夫だろうけれど、多分普通に入ってくるだろうし。
あとから呼び出されて落ちこみつつ教務室に歩いていくリオンの姿が目に浮かぶ。
今年しっかり起きれていたら大丈夫な気もするんだけどね、多分ダメだろうと思うんだ。
呼び出されたとしたらそれを無視する性格はしていないだろうし、まあ最終的には大丈夫だと思うんだけど……どうなるだろうか。
そして私はあまり他の人の心配ばかりしていないで自分のことも考えないといけない。
一番に考えるべきは……やっぱりヴィレイ先生から初めに出された課題だろうか。
あれだけはどうにも、進んでいるのか否かが分からないので困ってしまう。
「最後に……テスト後にダンスパーティーがあるのは知っているな?ダンスパーティーなどと名は付いているが、横のつながりと作るための懇親会のようなものだ。相手が居ようが居まいが行きたければ好きに行っていいが羽目を外しすぎない様に。
それが終わると卒業式、その後は来年度に向けての準備があるためひと月ほどの休みに入る。専攻授業の提出はテスト明けに行うので各自考えをまとめておくように」
先生がそこまで言ったところで、外から叫び声が聞こえてきた。
近くで叫んだわけではないようだが、全員が聞きとったらしく一斉に声がした方を見る。
絹を裂くようなその声に、思わず自分の武器に手を伸ばしたのも私だけはないようだ。
「……静かにしていろ。立つな、座れ」
静かに響いたヴィレイ先生の声に、全員が動きを止めて立ちかけていた人は静かに座り直す。
全員が席に座っていることを確認してから、ヴィレイ先生はそっと耳に手を当てた。魔法か魔術か分からないけれど、どこかに確認を取っているようだ。
……今、妙なテンションになっているのか、くだらないことばかり思いつく。
ヴィレイ先生は耳に手を当てているんだと分かるけれど、でもその手は見えていないんだよなぁ、とか。今考えなくてもいいだろうことばかり思い浮かぶこれは何なのだろう。
「そうか、分かった」
少しして、ヴィレイ先生は事態の把握をし終えたらしい。
後ろを向いて何か話していたのだけれど、振り返って私たちに向き直る。
「騒ぎがあったのは大通りのようだ。拡声魔法の誤爆でここまで声が聞こえただけで騒ぎ自体はそこまで大きなものではない。すでに収束しているらしいから気にするな」
淡々とそう言って、ヴィレイ先生は話を締めくくる。
……なんだろう、嘘ではないと思うのだけれど、全てを教えてくれたわけではないような気がするのだ。
たまに兄姉たちがやるのと同じ。聞かせたくないこと、聞かせなくてもいいことを意図的に隠してそれ以外を話し、終わりにする。
ヴィレイ先生が隠したことをわざわざ聞き出す必要もないと思うのだけれど、朝から感じていた違和感が大きくなるような、そんな感覚に襲われる。
「……話は以上だ。時間はまだあるが、終わるまで教室外には出るな。これから個別に用があるものだけ呼ぶので呼ばれた奴は廊下に来るように」
いつも通りに話を終わらせたヴィレイ先生は生徒を一人呼んで廊下に出ていく。
……本当に、私の勘違いなのかな。それならそれでいいんだけどね。
教室の中もヴィレイ先生の様子を見て落ち着いたみたいなので、私もいつも通り本を読んでいることにした。
「セルリア、来い」
「はい」
……読書、しようと思ったんだけどな。呼ばれるようなことを最近何かしただろうか。
まあ、呼ばれたなら行くだけなんだけど。
「何でしょう、先生」
「何が不安だ?」
「えー……うーん……うぁぁぁ……?」
「何の声だ」
「なんのと言われたら、何でバレてるのかとかなんて言えばいいのかとかそもそも言語化出来るもんじゃねえんだよなとかそんな感じですけど」
「口調が崩れてるぞ」
「気にしたら負けです」
思い切り頭を抱えた私を呆れたような目で見ている先生は、もしかして姉さまのことを思い出したりしているのだろうか。
気にしたら負けだよ、とはよく姉様が言う言葉。
姉さまがよく言うので、家の中で浸透してしまっている言い草。
何に負けるのかはいまだに謎だけれど、何かに負けるらしい。
なんて、現実逃避のように考えてみたけれど、ヴィレイ先生は私がちゃんと答えるまで逃がしてくれる気はないらしい。
年末と言っていますが、感覚的には年度末なのでこの世界にはそろそろ春が来ます。




