8,魔力の種類は平凡です
読書に勤しんでいたらうっかり寝るのが遅くなってしまったが、翌日の目覚めはそれほど悪くなかった。
もともと目覚めは良い方なので、それもあってなのだろう。
とりあえず朝食を食べて、本は置いて部屋を出る。
杖を抱えて歩きながら髪を撫でつけていたら、前方に白いうさ耳が見えた。
あの子も、初日からそれなりに注目を集めてしまっているようだ。私は全て諦めたが、あの子は視線は苦手な部類だろう。可哀そうに。
なーんて勝手に同情していたのがバレたのか、その子がふと振り返った。
後ろを歩いていたので、ばっちり目があう。
「お、おはようございます!」
「おはよう」
元気よく挨拶されて、とりあえず返したらなぜか表情を明るくされて、そのまま走り去ってしまった。
……分からない。何がしたかったのだろうか。あの表情の感じからすると、私に特別悪い印象があるわけではないと思うのだが。
分からないことを考えても仕方ないのでとりあえず朝食を食べて、今日最初の授業に向かう。
今日は、魔法基礎が最初のようだ。
集まる場所は教室になっているが、どこかに移動して始めるのだろうか。
一旦自分の席に座って大人しくしていると、時間になるのと同時に先生が入ってきた。
ヴィレイ先生ではなく、魔法適性の検査の時にいたもう一人の先生だ。
「おはようございます。魔法基礎、始めましょう。皆さんと会うのは二度目ですが、まずは自己紹介をしますね。私はノア。研究職十期生の担任で、魔法回路と攻撃部門の魔法を受け持っています」
よろしくお願いしますね、と微笑んだ先生は、髪を後ろで一つに纏めてモノクルを着けていた。
この先生の着ている服もヴィレイ先生のものに少し似ていて、中央が長く横は太ももが見える長さだ。ノア先生は後ろの丈が前よりも長い。
細身のズボンを履いているところまで同じなのに、ノア先生からは怪しさを感じないので髪型は大切なのだろう。
……ヴィレイ先生の怪しさは髪もだが、長い裾も影響がある気がする。
「さて。魔法に触れたことのある人は分かる内容だと思いますが、まずは聞いてくださいね。この世界において魔法とは、人と別の次元で動いているものに働きかけて目的の動作を起こすこと、です。そのための呪文であり、その働きかけをそのまま発するための道具が魔導器になります」
言いながら先生はステッキタイプと呼ばれる長さの杖をどこからともなく取り出した。
それを緩く振りながら、にこやかに笑う。
「まずは杖の種類です。私の持っているこれはステッキタイプ。セルリア、杖を貸してくれますか?」
「あ、はい」
頷くと、机の横から杖が勝手に浮いて先生の方へ飛んでいった。
魔力の移動を感じるので、先生が動かしているのだろう。
風の気配、だが、風は起こっていない。感じられるような風ではなく、杖を支えるだけの小さな風で目的地までしっかりと運びきる能力。
地味だがこういう場所にこそ、術者の技量と性格が出る。
圧倒的格上の気配を新しく感じるのは久々だ。
この先生から何か学べるというだけで、心が躍り始めてしまう。
「これはロングステッキ、一番大きいタイプですね。……セルリア、これはどこの……今はやめましょうか、うん。さて、サヴェール、杖を貸してくれますか」
「はい」
何か言いかけた先生が、言うのをやめて別の杖を浮かせて運び始めた。
次に持ってこられたのはタスクのようだ。
それを持ってきながら、浮かせた私の杖をその場でぴたりと停止させている。
「これがタスクタイプと呼ばれる杖です。一般的に魔法使いが使う中では一番小さいものですね。杖は大きく分けてこの三種です。もう一種は今は扱わないので、ひとまず気にしないでください。二人ともありがとうございました」
ふわふわと杖が戻ってきて、しっかりつかむと纏っていた風の気配が消える。
……すごいな、ここまで出来るようになるだろうか。
昔、自分が飛ぶ練習の最初期に木箱を浮かせて運んでいたが、ここまで精密に操ってはいなかった。
今からあれを再開して、どこまで出来るようになるか。
時間つぶしもとい鍛練の内容が決まってきた気がする。
「さて、杖がなければ人間は魔法を扱えません。なぜか分かりますか?……ソミュール」
「んえ……体内に魔導基盤がなくて、魔力の運搬は出来ても魔力への干渉が出来ない……から……」
「その通りです。よく出来ました」
やけに眠そうな声が答えた気がするが、先生が気にした様子はない。
パチパチと軽く拍手をして、自身の杖を緩く振る。
意味もなく杖を動かしてしまうのは魔法使いあるあるらしい。私も弄るし、知り合いの魔法使いもみんなやる。絶対に手元にあるからつい弄ってしまうのだ。
「魔法の杖と端的に言わず、魔導器と呼ぶ理由はそこですね。魔法を導くための器具、それが魔導器です。自身の望む方向に魔法を向かわせられずに発動してしまったことを、暴走と呼びます」
ゆったりと語ってた先生は、急に手に持っていた杖を逆の手にパンっと音を立てて当てた。
驚いて杖に手を伸ばしてしまうのは条件反射なので仕方ない。
「この魔法基礎の授業は、二限目も続きます。二限目になったら移動して、実際に魔法に触れることになりますが、くれぐれも過剰な自信をもって魔法を扱えると思わないように。一度でも暴走を起こした生徒は、要観察対象になりますからね?」
ニコニコと笑って脅すあたり、ヴィレイ先生よりも迫力があるかもしれない。
とはいえ大事なことなのだろう。
一度暴走を起こした魔法使いは、次も暴走する可能性が高い。
体内の魔力の出力上限が狂ってしまうからだと聞いた。
なので、私も魔法の特訓は段階を追ってゆっくりとやっていたのだ。そうしないと、暴走して二度と魔法に触れられなくなってしまうから。
「……さて、座学を続けましょう。皆さん、自分の魔法適性は覚えていますか?属性を覚えていてくれると助かるので、思い出してくださいね」
何事もなかったかのように話を続ける先生にこの人も曲者か、と苦笑いしつつ、強者とはそういうものだったと思い出す。
一癖ならいい方だ。三癖くらい行くともうどうにもならなくなる。
「属性にはいくつか種類があり、それを持っている人数によって希少値というものがあります。例えばですが、この中で属性が「炎・風・地・水」のいずれかの人は手を上げてください」
私を含め、手を上げたのは教室内の八割ほど。
むしろ他がそんなにいるのか、と驚いてしまった。
「はい、ありがとうございます。この通り、今の四種の属性は最も多いものですね。次は「雷・氷・木」の人はどのくらいいますか?」
ここで、二割のうちの八割……くらいが手を上げた。
雷辺りが少し羨ましい。雷の属性は、飛びつつ高速移動が出来たりすることがあるのだ。
「……残りは二人ですね。次の括りは「毒・光・闇」です。……はい。ありがとうございます。あと一人が最も希少な属性「無・爆発・時空・音・雪」のいずれかですね」
そこで手を上げたのは、一人だけ。先ほど眠たげな声で質問に答えていた少女だった。