70,楽しすぎてついうっかり
軽く、地面から足が離れる。
数センチだけ浮いてフラフラと漂う。
盾で殴り掛かってくる相手を避けて、周りを不規則に回るように。
相手との距離を保つのに、風より質量のある魔法も使う。
……魔法に質量があるのかと言われるとあれだけれど、まあそれっぽいものはあるのだ。
風は軽い。軽くて速い。雷も、軽くて速い部類。
なので使うのは氷にした。本当は水の方が得意なのだけれど、氷を風で吹き飛ばすのは結構得意な方だしこっちがいいだろうと。
風に乗せて漂わせた氷の塊を、なるべく死角を狙って放つ。
全て防がれてしまうけれど、一瞬こちらから意識が逸れるだけでもいい。
先輩にも言ったけれど、なるべく長くこちらに留まってもらうのが目的なのだ。
氷を大量に作るのはリオンと遊ぶ……いや、特訓するときにもよくやっているから、魔力の効率は中々だ。
「あーもう!ほんっとに質わりぃ、な!」
「あはは!誉め言葉です!」
いつもより深く考えない様にしているからか、ついつい楽し気な声が出てしまった。
攻撃魔法が一番好きで一番得意だけれど、その「質の悪い」妨害も得意分野の一つなのだ。
一番一緒にいた兄が搦め手を好む人だったから、その手のことはかなりの量教わった。
避けて、距離を取って、氷を飛ばして、砕けた氷を作り直して。
くるくる、ふわふわ。そんな擬音が付きそうな、戦っているというよりは躍っているような時間が続いた。
体感ではそれなりに長くやっているのだけれど、実際の時間はそれほど経っていないだろう。
風を巻き上げて氷を上に飛ばしていたら、リオンの剣に纏わせていた風が霧散した。
……リオンが、退場したようだ。
「動き止まってん、ぞ!」
「うわっ」
一瞬気を取られた瞬間に、氷と風の隙間を通って目の前に肉薄されていた。
後ろに下がろうと思ったところで、ミーファの剣に纏わせてた風も霧散していることに気付く。
……なんだか、不味い予感がする。
雑に放置していた思考を、一瞬だけ回す。
二人の剣に纏わせていた風が消えた方。その名残を探す。
嫌な予感は当たるもの。逃げようと思っていた真後ろに、風の壁を挟んではいるが残りの先輩二人が居る。
後ろに逃げてはいけない。横に逃げる余裕はない。
逃げるために壁の風を消したせいで、今まで感じていなかった殺気のようなものも背中に刺さるくらいに感じる。
思考はもう一回放棄した。考えたって、どうにもならない。
半ば本能のように、それまでレウルムさんの方に真っすぐ向けていた杖の先を下に向ける。
斜めに構えた杖を両手で持って、思い切り下に風を起こした。
後ろには逃げられない。横にも逃げられない。前にも当然行くことは出来ない。
そうなったらもう、上に行くしかないだろう。
実は学校内で飛んだのは今回が初めてである。もうちょっと秘密にして居たかったけれど、そんなことは言っていられないので仕方ない。
「まっじか!」
「うおー!セルリア飛んでる!」
円から出ない様に気を付けながら、飛んできた矢を風で打ち落としながら真下に向かって氷の塊を落とす。
……ああもう、しっかり防がれた。急いで作った割にはいい感じの質量してたのに。
なんて思っていた次の瞬間、頭に矢が当たった気がして、瞬きの間に場外に叩き出されてしまっていた。風で吹き飛ばせないような矢とか、対応出来ないです。はい。
「お、セルも落ちたか」
「凄いねセルちゃん、飛べるんだね」
「…………楽しかったぁ……」
寄ってきた二人にかけられた言葉をまるっと無視して、つい本音が漏れた。
あー楽しかった。ぜんっぜん敵わないわ。
でももっかいやりたい。駄目かな、時間はある気がするんだけれど。
「セルって意外と戦うの好きだよな」
「んー。まあ、別に手合わせは嫌いではないよ」
「一人も倒せなかったね」
「そっちのこと全然見えてなかったんだけど、どんな感じだったの?」
「弓矢避けながらメイズさん?のこと狙ってたんだけどよ。ぜんっぶ躱されて俺は矢でやられた」
「私も矢で、かな。避けた先に撃たれちゃった」
「え。私も矢なんだけど」
まさかの、全員が弓矢で脱落させられていた。
私なんて上の方に居たのに撃たれたし。風の膜も一応張っていたのに意味なかったし。
顔を見合わせて、はわぁと緩い声を揃ってあげる。
「すげぇな。あ、そうだセル。なんだっけ、前髪?上げてたぞ」
「お。二組目だ」
警戒されただけ、まあ頑張ったってことでもいいかな。
私は楽しかったしそれでいいんだけど、どうだろう?
二人も納得しているんだったらそれでいいと思うんだ。初回だし、いいじゃない。
「セルなんか、頭回ってなくね?」
「あー……戦闘用に思考を放棄したからね」
「そんなこと出来るの?」
「考えないだけだからね。とりあえず風起こしとけーってなるだけ」
もうメンドクセエ殴っとけ、と。そんな思考で雑に動くだけ。
そんなことを言ったら、なるほど普段の俺かとリオンが納得の声を出してきた。
知ってたけどね、ミーファがちょっとマジか、そこまで?みたいな顔してるよ。
話しながら眺めていた最終組の手合わせもすぐに終わり、今は何時なのかぼんやりと考える。
あまりの実力差故に時間が大分余っているだろうし、これからまた何かあるのだろうか。
「一周回ったな」
「意外と時間がかかりましたねぇ。優秀優秀」
「まだ行けるか」
「行けるんじゃないですかね。うちの子たち大分テンション高くなってきてますし」
先生たちの話し声が聞こえてきて、何となく次の言葉を予想する。
ミーファにも当然聞こえているらしく、小声でもしかして……と呟いていた。
リオンは聞こえてはいるみたいだけれど私とミーファの予想は分からないらしく首を傾げている。
「何となく戦い方は分かっただろう。時間もあるので、もう一回初めの組からやっていくぞ」
「やっぱり」
「だと思った」
「マジかー」
さっきの話し声が聞こえていなかった組からは大分大きめの驚きの声が聞こえてきているが、先生たちが気にした様子はない。
先輩たちも驚いていないので、最初から知らされていたことらしい。
私は楽しいから願ったり叶ったりだ。リオンも同じ感じらしく、ミーファも別に抵抗があるわけではないようだ。そんなわけで、作戦会議をしつつ順番を待つことにした。
セルちゃんは「戦うことが好き」というより「格上相手に魔法ぶっ放して遊んでもらうのが好き」です。全部防いでくれるから遠慮しないでいいよね!ね!!って思考です。
戦闘狂ではない、はず。




