7,ああ愛しき宝の山よ
初めて入った図書館は、静かだが人の往来が多く、勝手の分からない新入生としては、とりあえず人にぶつからない様に歩くしかない。
図書館に入ってすぐの所にはソファが置かれた読書スペースが。その奥には机と椅子のある自習スペースがあるようだ。
その間の壁際に、立派なカウンターがあった。
きっとここで貸し出しやなんかが出来るのだろう。
まずは話を聞こう、と近付くと、カウンターの内側に座っていた女性が顔を上げた。
綺麗な金髪に、同色の目。長い髪を一本のみつあみにして前に垂らした姿は、姉さまとは別の優雅さがある。
「初めまして。ご利用は初めてかしら」
「はい」
答えると、カウンターから二枚の紙が出てきて差し出された。
一枚目は図書館の利用方法。貸し出しの方法や、注意事項などが書いてある。
二枚目は、貸し出しに使うカードのようだ。
借りたい本を持って行ってカードと共に出すと、借りることが出来るらしい。貸し出し期限は二週間で、それ以上借りていたい場合は期限内に図書館に来て延長申請をすること、と。
あまりに返品された本の状態が悪化していたり、何度も期限を過ぎたりすると貸し出しに制限がかかる場合があるらしい。
なるほど、普通に気を付けていれば問題はなさそうだ。
お礼を言ってカウンターを離れ、いそいそと本棚の間に入り込む。
並んでいる本は、見たことも無いようなものがほとんどだ。
あまりの量に目移りしながら本棚の間を進み、とりあえず目についたものをぱらぱらとめくる。
本は、図書館から持ち出さずに読書スペースに持っていくのは自由らしい。
ただ、戻す場所が分からないなら適当に収めるのではなくカウンターに、ということが紙に書いてあった。
本を適当な位置に戻されると後が面倒なのはよく分かる。
トマリ兄さんに適当に戻された本を探し出して元の位置に戻すのは本当に面倒で、それだけがトマリ兄さんに対する文句だった。
「……あ……これ、借りれるのか……!」
ずっと気になっていた本があることに気が付いて、迷いなく手に取った。
欲しかったが、買ってとねだるには申し訳ない値段だったのだ。
かといって自分で買うかと言われると、そんなお金は持っていない。
そんなわけで気になっていたのに読めていなかった本、それが今この瞬間手の中にある。
もうこれは読むしかないのだ。何かしらに読めと言われている気すらする。
本を抱えてソファに移動し、そっと腰かけて本を開く。
読み始めると、止まらない。
黙々と読み込んで気付けば時間が過ぎていた。
夕食の時間も迫ってきているので、この本を部屋に置いてから食堂に行こうと思うと少し急いだほうが良さそうだ。
ひとまず本と貸し出し用のカードを持ってカウンターに行き、先生がカードに何か書き込んでいるのを眺める。
貸し出し許可はすぐに貰えたので本を抱えて廊下を急ぐ。
汚したくはないし、食事中に本が手元にあると食事に集中できなくなってしまうのだ。
部屋に本を置いて一息つくと、丁度夕食のチャイムが鳴った。
杖を抱えなおして部屋の外に出て食堂へ向かう。
今日も今日とて最上位薬師だのなんだのと声が聞こえるが、どうせこれからも続くだろうから全て聞こえないことにした。
気にしてもどうにもならないので、それが一番だ。
食事を持って適当に空いているところを探して腰を下ろす。
食堂は賑やかだ。授業や寮は「戦闘職」「研究職」と二つに分かれているが、食堂は一つしかない。
ここには全生徒が集まっていることになり、人数が多ければその分賑やかにもなる。
知り合いや友人が居れば楽しい食事になるのだろうが、残念ながらまだそう呼べる相手はいないのだ。まあ、まだ授業も始まっていないしある程度は仕方ない。
何かあるとしたら明日からだろう。
明日の授業は、何だったか。しっかり覚えているわけではないが、魔法基礎とかあった気がする。
私に魔法を教えてくれたのは魔法特化種族の姉で、特化種が故に最初は人間への教え方がこれでいいのか、とだいぶ不安そうにしていた。
まあ、その人だけではなく他の兄姉や姉さまの知り合いの魔法使いやらが教えてくれることもあったので、何か途轍もなくおかしいことにはなっていないはずだ。
はずだが、これ見よがしに杖を抱えている時点で何かしら話を振られるような予感はしている。
あまり目立ちたくはない、なんて思ってももうどうにもならないので諦めたが、私は炎だけ扱うのがドのつく下手くそなのだ。
それだけ振られなければいいな、と願ってみたりする。
きっと明日から、戦闘職と研究職で日程が全く違くなるのだろう。
そもそもその呼び分けは分かりやすいようにと付いているだけらしく、研究職でも研究をするとは限らないし戦闘職でも戦闘をしない選択肢もあるらしい。
私はどちらか選ぶときに、魔法は全て戦闘職と聞いてこちらを選んだ。
研究職の中に薬学があり、それは気になったのだが魔法が優先だ。
それに、薬学を学ぶためにわざわざ研究職を選んだとなれば姉さまからもの言いたげな視線が飛んできそうである。
最上位薬師様は、人に教えるのは上手くないのだ。
私も薬学をやりたい、と思ったことは少しくらいあったかもしれないが、本格的に目指す道にはしていない。
あまりにすごい人が横にいると、なんというか自分がやる理由はないな、と思ってしまうのだ。
何せ最上位薬師、数百年に一度現れる生ける伝説である。
身近過ぎて、そんな感じはしないが。
ダラダラと食事を済ませて、時間が終わるのを待って部屋に戻る。
授業の内容も一年後に選択する科目も考えるのは後回しだ。
今はとにかくこの借りてきた本の続きが読みたい。
どうせ持っていくものは決まっているので、そのあたりも問題はない。
ただ一つ心配なのは本に夢中になって夜眠るのが遅くなることだけだ。
なので、寝支度を整えたら時計をベッドの横にかけておく。
ふと目を上げると見える位置、時計を見て時間が遅くなっていれば、慌てて寝ることになるだろう。
それすら全く見ずに本を読み続けたら、それはもう仕方ないので諦める。
欲と言ったら最初に読書欲が出てくる人間なのだ、もう仕方ない。
そんなわけでいそいそとベッドに入って本を開き、手元の明かりを頼りに続きから読書を開始する。
借りてきた本は、神話時代に関するもの。
神話時代とは、この世界が作られる前の世界らしい。
まあ、おとぎ話のようなものだ。
この世界には「島」と呼ばれるものがなく、全ての陸は地続きになっている。
だが、神話時代はむしろ「大陸」がなく、陸は全て大小さまざまな島だった、と。
想像も出来ないようなことが色々と書かれていて、読んでいるのはとても楽しい。
一言「おとぎ話だ」と片付ける人もいるが、意外と痕跡が残っていたりして本当にそんな世界があったのだろうと思えてしまうのだ。
楽しい楽しい読書の時間は予想通り時間を忘れて没頭してしまい、気付けば寝ようと思っていた時間を大幅に過ぎていた。慌てて本を閉じて目を瞑るが、そう簡単に寝付けはしないものである。