67,予告されていた模擬戦
室内運動場、という場所がある。
生活施設と纏めて呼ばれる、食堂や図書館がある建物に主に戦闘職の戦闘訓練などに使うために作られたらしい。
ちなみに、屋外運動場は林の前の空間らしい。
特に区切ってはいないけれど、皆あそこでやるからそう呼んでしまっていいだろう、みたいなことをみんなが言うせいでそう呼ばれているんだとか。
それでいいのか、と思ったし言ったのだけれど、いいんだよ、と軽く流されてしまった。
ちなみにその話をした相手は回復魔法の先生であるアリシア先生だ。
そして、呼び始めた「みんな」は先生たちらしい。
……なんで今、そんな話をしたのかと言うと。今いる場所が室内運動場だから。
ついでに言うと、今日は午前授業で終わりの日程であり、何をするとも言われていなかったところに室内運動場集合の連絡があった。
普段ならただの練習試合で終わるのだけれど、今日はどうやらそれで終わり、ではないらしい。
……というかまあ、なんというか。ここまでくれば、何をするのかなんて分かってしまうものだ。
つまり今日が、前々から予告だけされていた先輩たちとの模擬戦の日なのだろう。
「セル?お前何難しい顔してんだ?」
「んー……まあ、何でもないっちゃ何でもないんだけど……」
「模擬戦楽しみにしてたじゃねえか」
「そうなんだけどさ。でもやっぱりはしゃぎ過ぎちゃいそうじゃない?」
楽しみにはしていた。だって自分たちより数年長く先生たちから様々なことを教わっている先輩たちと大怪我の心配なく遊べるって、絶対楽しい。
でもそれはつまり、これまでのんびりと杖を回して模擬戦をこなしていた私は一気に使う魔法の上限を跳ね上げないといけないことになりそうなのだ。
「……どういう形式でやるんだろ。複数対複数だったらリオンに支援かけ続けるだけとかじゃ駄目かな?」
「攻撃魔法で専攻取る、って言ってんなら攻撃しとけよ……」
複数対複数だったとしてもリオンと一緒に行けるとは決まっていないのに、そんなことを考えてしまうくらいにはどうしようかと考えている。
楽しみだからこそ、楽しくなってくるととりあえず魔法撃っとけの雑思考に陥る悪癖を直しきれてないのが不安で仕方ない。
ソワソワしながら授業開始を待っていたらヴィレイ先生が現れた。
横に居る先生は……校内で見たことくらいはあるけれど授業をやっているのは見たことがない。
なんの先生なのだろうか。武器なんかは持っていないようだけれど。
「さて、始めるぞ」
ヴィレイ先生が手に持っていた何かをその場に投げて、室内運動場で思い思いに散らばっていた生徒たちは、何となく呼ばれているんだろうと察して先生の前に集合した。
こういう察しの良さは先生に鍛えられたような気がする。
呼ぶのを面倒くさがって目線だけでこっちこい、みたいなことを言いたげにしてくることも割と多いのだ。
そんなに声を出すのが面倒なのかな?と疑問に思うのは私だけではないらしく、教室で先生が居ない時にその話になることも割とある。
「察しているだろうが、今日は前から予告していた上級生との模擬戦をする。普段戦闘実習をしている組で行うから固まっておけ」
普段の戦闘実習というと、私はリオンとミーファと一緒になる。
良かった。単独戦よりやりやすそうだ。
……でもそうなると、先輩たちも複数人なのだろうか。一対多は数年の差があっても辛いんじゃないかと思うけれど。
「……ヴィレイの説明は終わったかな?よし、じゃあ君たちの対戦相手を紹介するよ」
ヴィレイ先生の話を聞いていつもの組に固まり始めた私たちを眺めつつ、待機していた先生が前に出てきた。柔らかそうな布を肩にかけた先生だ。髪を綺麗に纏めているのと、それなりに高いヒールを履いていることでちょっと記憶に残っていた人である。
「さ、おいで三人共」
「はーい」
出入り口の方を向いて声を張った先生に、のんびりとした返事が返ってきた。
三人共、と言ってた通り入ってきたのは三人。そのうち一人は見たことがある。
「メイズさんだ」
「セルちゃんの知り合い?」
「うん。たまに遊びに行ってる研究室の人」
確かに戦闘職なのは知っていたけれど、何となく研究室のイメージが強くて魔道具の制作を眺めながらお茶を飲んで眠そうにしている人、みたいな印象しかなかった。
なので戦うと言われてもちょっとイメージが湧かない。
「経験の差、ってことでこっちの手の内は明かしておこうか。一人ずつ自己紹介する?私が言う?」
「先生に任せる」
「男子二人は?」
「任せまーす」
「あ、居た!やっほー!」
「メイズは話を聞け!」
教えてくれるんだーとのんびり考えていたら、目があったメイズさんに思い切り手を振られた。
横の人に怒られている姿を見て苦笑いしつつ、とりあえず手は振り返しておく。
結局先輩たちの紹介は先生がするらしく、その後ろで先輩たちの小声の言い合いが地味に聞こえてくる。
「後ろは気にしないでね。これでもしっかり強い子たちだから。じゃあ一人目、レウルム。おいで」
呼ばれて、さっきまでメイズさんを叱っていた男の人が前に出た。
手にはそれなりに大きな盾を持っているので、多分盾がメインの人なんだろう。
「見たら分かるだろうけど、このレウルムは盾をメインで扱う前衛の子だよ。びっくりするくらい周りを見てるから、死角から殴り掛かっても防いだりするよ。びっくりして止まらない様にね」
その説明だけでもびっくりなのだけれど。
それは、よく見ているというだけではないと思う。気配に敏感、とかなのだろうか。
というか死角から殴り掛かっても防ぐ、と言われるくらいには死角から殴り掛かられているらしい。
「はい次、イーラス。おいで」
次に呼ばれたのは、長い前髪で目元を隠した女の人。
背負っているのは……弓矢、だろうか。
「この子は弓兵だよ。気配を消すのにも長けてるけど、何より狙ってから撃つまでが早い。一瞬でも目があったら撃たれたと思った方がいいよ。実際撃ってるから」
目があったらとりあえず回避しろと。つまりそういうことだろうか。
……数年で、この域にまで行けるものなのだろうか。
いや、まあ、今回戦う先輩たちの中に魔法使いは居ないのであまり比較にならないんだけども。
「じゃあ最後ね、メイズ、おいで」
最後がメイズさん。正直戦う姿が想像できないんだけど、何を専攻しているんだろうか。
結構気になるのでかなり説明が楽しみだ。
「メイズは短剣と体術を専門にやってるよ。短剣吹っ飛ばしたら殴ってくるからね。あれは初めて見るとびっくりするよ。後は、動きが早いから見失わない様に。……うん、説明はこのくらい。さあ、それじゃあ模擬戦を始めようか」




