63,後期最初の手合わせ
授業が本格的に再開された日の一限は、予告されていた通り模擬戦だった。
午前中いっぱい使って模擬戦をして、午後は座学が予定されている。
まあつまりは普通の日程に戻るということなので、いつも通りくじ引きで対戦相手を決められていく様子を眺めてリオンと壁際で駄弁ることにした。
パッと見た感じ装備品が大きく変わった人がそれなりの数いるようである。
休みの一か月間、リオンのように冒険者活動に精を出していた面々だろうか。
リオンは装備変更もなく、大剣を手入れしながら使い込んでいるようだ。
「セルの杖、なんか変わったか?」
「変わってないよ。調整はしてもらったけど」
「へー。なんか変わった気がしたんだけどな」
「目がいいのか勘がいいのか……調整かけたから出力上限が変わったの。それでちょっと重さも変わってる」
魔法使いではない人に気付かれるとは思わなかった。
持ったわけでもないのによく気付けるものだ。
鬼人って、そういう特技とかあるんだろうか。それとも彼個人の特技なのか。
「重さ変わって扱いにくくなったりしねえの?」
「そんなに変わんないよ。剣とかと違って振り回す必要はないしね」
「お前はよく振り回してるじゃねえか」
「それはしっかり練習してあるから大丈夫。というか片手で持てるものなら大体回せるし」
リオンの剣なんかは重さが変わると気になるのかもしれないけれど、私の杖は別にそれほど繊細でもないのだ。
極端に重くなりすぎたりすれば影響は出るけれど、今回の調整程度は誤差である。
片手でぶん回せるならそれでいい。重さに関してはそのくらいの感覚なので、機能面だけ突き詰めて調整をかけてもらった。
無理に行使しすぎないように、とお小言も言われたけどそれは本当にその通りなので何も反論する気はないし。
「あ、ソミュールだ。起きてるの珍しい」
「おー……相手可哀そうだなー」
「そう?ソミュールの魔法正面から見れるなんて滅多にないからちょっと羨ましい」
「そりゃ、セルはそうだろうけどよぉ……」
まあ、見たくはあるけど勝てるかは分からないから当たりたくない気持ちも分かるけど。
でも周りに止めてくれる人がいて、相手も自分も死ぬことはないだろう環境で本気でやり合えるのは結構貴重な経験だと思うのだ。
「……私、結構思考回路変わったんじゃない?」
「そうなのか?」
「うん。これは最初の課題もクリア出来たりするかもしれない」
今の瞬間、完全に姉さまならとか考えずに姉さまなら嫌がるだろう一歩行き過ぎれば殺し合いになりそうな手合わせのことを考えていた。
……まあ、他の兄姉の影響はあるんだろうけど。意外と、血の気は多い人が多い家だったし。
トマリ兄さんとコガネ姉さんがたまに庭でじゃれ合ったりしているのも見ていたので、そもそも戦うことが嫌な訳でもないのだ。
二人が本気でやり合いすぎて姉さまから本気で怒られているのも見たことがあるから、姉さまの前でやらない方がいいんだろうな、って思ってもいたけど。
「ソミュールこっわ」
「そう?出力抑えてるみたいだけど」
「あれでかよ」
目線の先では珍しく起きて手合わせに参加していたソミュールが相手を完封して勝利を収めたところだった。
ミーファの横に戻った瞬間に膝を抱えて寝始めたので、眠気が限界だったのもあって決着を急いだのだろうか。
「……リオン呼ばれてるよ」
「おー。セル中々呼ばれねえな」
「まあ、くじ引きだし仕方ないね」
中盤を過ぎたあたりでリオンが呼ばれていき、一人ぼんやりと壁に寄りかかる。
リオンの相手は魔法使いのようだが、力押しに対応出来ていないようだ。
大剣を背負っているからと油断していると、リオンはいつの間にか懐に潜り込んでいる。
それに反応出来ない時点でリオンの勝ちなのだ。
近接で対応出来ないなら近接の距離に近付かせてはいけない。
まあ、見た感じ相手はサポート系の魔法使いだから、単独戦は得意ではないのだろう。
苦手分野でリオンと当たったのは不運だとしか言いようがない。
来年はもっとしっかり専門分野で動けるようになるのだろうから、今が苦手で固まってる人たちは来年から一気に伸びるのだろう。
「何考えてんだ?」
「来年が楽しみだなーって」
「おう……?」
疑問符のついていそうな返事をされた。
そんなことより何か感想はないのかと言われたのでさっきのが感想だと言ったらすごく不服そうな顔をする
……どんだけ見られても、どうせリオンが勝つんだろうと相手しか見てなかったからこれしか言うことないんだよ。
見てないのが最高の誉め言葉だと思っておいてほしい。
「ちゃんと見てろよー」
「だから見てたってば」
「相手の方だろ」
ぶつくさ言ってくるリオンを適当にあしらっていたら呼ばれたので、これ幸いとそそくさ移動する。
相手は短剣装備の人。見覚えはあるけど名前は憶えていないから今までの手合わせで当たったことはないはずだ。
手合わせの円の中に入って、ゆっくりと杖を回し始める。
風を起こしながら相手を見ていた感じ、今までと同じやり方で大丈夫そうなので追い風を作ってから相手の軸足を掬って、逃げる先に風を起こして体制を崩させる。
転がして風で封じ込めて短剣を奪えばおしまいだ。
手合わせは全部これで終わらせているけれど、いまだ攻略されたことはないので次の手は見せないままだ。
これがリオンとかと当たったりすると絶対引っ張り出されるので当たりたくない。
手の内もバレているのに突破されていないというところで近接勢が私に苦手意識を持っているらしいので、存分にその意識を増幅させたい。
「はえーよセルお前」
「何回もやってるから慣れてきたよね」
「いっつもそれだもんな」
「風は良いよね。見えないからどこにあるかバレないのよ」
んふふ、と笑ったら質が悪いと言われた。
なんとでも言ってくれ。もともと姉さまみたいな純粋真っ白な性格してないのだ。
姉さまの知り合いたちは声を揃えて「シオンに似ている」と言うのでつまりそういうことなのだろう。シオンにいもかなりいい性格しているので。
まあ、こんなにのんびり構えた模擬戦が出来るのは今年までだろうから、どうにもならなくなるまではせいぜいのんびり構えておきたいものだ。
私は家で教えて貰っていた分魔法の扱いが分かっているが、それは言ってしまえば周りより伸びしろがないということだ。周りが伸びてきたら手を抜いてもいられなくなるだろう。
あけましておめでとうございます。
昨日、一月二日は数年前まで興味のなかった駅伝が気になったのでのんびり眺めながら緑風の続きを書こうと思っていたのですが、しっかり見てしまいパソコンを開きすらしませんでした。
こんなに見入ってしまうものだったとは……




