59,一方その頃・ロイ
膝の上に乗せた本に目を落とす。そのまま少し読み進めていたら、声をかけられたので顔を上げる。
見せられた紙を確認して、別の色で修正をいれて渡してきた子供に返す。
帰村したロイは、子供たちにねだられて村の一角で文字を教えていた。
もともと子供たちから絶大な人気のあったロイは帰ってくるなり子供に囲まれ、そのまま世話を任されて読書の片手間に子供の面倒を見る日々を送っているのだ。
文字を教えて、と言われるのも別に今回が初めてではない。
ロイが居ない間もやっていたらしいが、それでもロイが居るならそこでやると言って聞かないのだ。
集まった子供が皆文字の読み書きをやっているわけではなく、それぞれが好きなように過ごしながらロイに自分のやっていることを見て、見てと言っていた。
「ロイなによんでるの?」
「ダンジョンの階層形式図鑑」
「なにそれー」
膝に登ろうとする子供を抱え上げて、ロイは読んでいた本を見せる。
詳しい図解と共に細かくダンジョンの形式統計なんかが書かれているこれは、少なくとも幼い子供にとって楽しい読み物ではないだろう。
「なんてよむの?」
「これは魔窟。ダンジョンの一種」
「へー。むらのちかくにあるやつ?」
「あれは洞窟だね」
分かっているのか居ないのか、ふんふんと頷く子供に笑いかけてページを捲る。
本を覗いているだけで楽しいのか、膝の上から降りようとはしないのでそのままだ。
「ロイ!わたしもだっこ!」
「はいはい」
こうなっては読書をしてもいられない。
両足に一人ずつ子供を乗せて、文字の練習をする子を見つつ近くで走り回る子供たちに気を配る。
そろそろ親たちが回収に来るだろうか、と太陽の位置を確認して、畑の方に目を向けた。
「ローイ」
「んー?回収?」
「いや、そのまま連れて来てくれって」
「はーい。よし、皆行くよー」
「えー」
「ついてこない子は置いてくよー」
本当に置いて行くわけではないが、そういって小走りに進むとみんなついてくるので毎回やってしまう。多分、これも遊びの一部なのだ。
そのまま村の中央まで移動して、子供たちが家に帰っていくのを見送る。そしてふと、本を置き忘れてきたことに気が付いた。
「ロイ?帰らんの?」
「いや、本忘れてきちゃった」
「あー……二人抱えてたもんな。なんでお前そんなに子供に人気あるんだよ」
「さあねえ。みんな気付いたら集まってるから」
笑いながら横に並んだのは、ロイより一つ年上の青年。
年が近いのもあって、昔から兄弟のように共に育った相手だ。
「あんなに懐かれてちゃ、また出発の時に泣かれるぞ」
「もう、こっそり行くべきかな?」
「それはそれで俺らが面倒。ロイは?って延々聞かれる」
休みが終わるまで、もうそれほど時間はない。
子供たちにもそろそろ言わないとなぁ、と思って早数日経っている。
また数か月帰ってこないのだと言ったら大泣きされるわくっつかれるわで大騒ぎになるだろう。事実、入学前に村を出るときにそうなった。
「俺もちょっと寂しい」
「ははは。実は僕も」
「だったら残らね?」
「むしろ来ないの?」
「俺お前みたいに頭良くねえんだって」
「戦闘職もあるって言ってるのに……」
「それに、来年入ったらお前が先輩じゃん」
「……あ、そうだね?」
「そうなったらもうお前に勝てる要素無いからやだ」
「勝負じゃないでしょー」
断られてしまったが、これが本当の理由ではないのだろう。もしかしたら多少ありはするのかもしれないけれど。彼は村から出ない。何となく、昔からそれは知っていた。自分の知らない何かがあるのかもしれないけれど、理由までは分からない。
出ない、というそれだけは知っているのだ。だけど、村の外で見つけたあれこれをどうしても見せたくて昔からよく連れ出そうとしていた。
今ではそれはしなくなったが、連れ出したいという気持ちはずっと変わらない。
無理にとは言わないけれど、いつか。彼が村を出たいと、見てみたいと思うようなものを見つけられたらいいなと思う。
言ったことはないけれど。誰にも、言ったりはしないけれど。
「ロイ?」
「なんでもないよ。戻ろっか」
「おう」
置いてきてしまった本を回収して、来た道を戻る。
もう大分日が傾いて、早くしないと道が見えなくなってしまう。
小さな村だから別に問題はないのだけれど、それでも早く戻ったほうがいいだろう。
「そーいやさ、学校って色んな人が居るんだろ?」
「そうだね。楽しいよ」
「可愛い子もいる?」
「……うん。そうだね」
「え、仲良くなってたりする?」
「あー、うん。可愛い……可愛いか、うん可愛いと思うよ」
「何その煮え切らない答え」
「いや、普段すごいなーって思って見てるから……」
一般的に可愛いと言われるだろう容姿をしている子は近くに二人もいるのだけれど、二人とも単純にすごい人だからそういう認識をあまりしていなかった。
……それに、あまり考えているとどうしていいか分からなくなりそうだし。
「好きな子とかいないの」
「それを考えてる暇があったら別のことしてるかな」
「えーつまんねぇー」
「びっくりするくらい覚えること多いんだよ」
これは、別に嘘じゃない。覚えることが多くてやる事が多くて他に意識を回せないのは本当だ。
それを、意識してやっているというものなくはないけど。
やる事が多いおかげで余計なことを考えて変に意識したりしなくていい、と無駄に色々詰め込んだりしているわけだけれど。
言わなきゃバレないのなら、ないと同じなのだ。だから何もないということにしておこう。もし今後何かあったら、こっそり手紙とか出してみてもいいかもしれないとはおもっているけれど。
なんて思いながら歩いているうちにそれぞれの家の前に着き、手を振って別れて家に入る。
母が夕飯の支度をしていて、手を洗ってきてそれを手伝って夕飯を食べて。あとはもう風呂に入って寝るだけだ。
そうやって意識しない様にしてはいても、いい加減子供たちに話さないと行けないのだというその意識は強くなる一方だ。明日こそは、と自分に言い聞かせながらそっと布団にもぐるのだった。




