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学び舎の緑風  作者: 瓶覗
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58,一方その頃・シャム

 木の影に置かれたテーブルセットに腰を下ろして、持ってきた本を開く。

 木漏れ日を浴びながらのんびり続けた読書は、もう少しで終了というところで駆けこんできた子供に中断された。


「ねえ、シャム!」

「なーに?もうちょっとー」

「いま!いまきて!」


 ぐいぐいと手を引くその必死さに根負けして、本を閉じて棚に戻しに行く。

 その間にも急かしては来るが、本をちゃんと戻さなかったら怒られることを知っているからか無理に連れていこうとは思わないらしい。


「こっちだよぉ」

「もー、何があるのー?」


 手を引いて前を進む子供の、綺麗に結われた金髪を眺める。

 そこから見えている耳は、人のものより先が尖った形をしていた。


「これ!シャムこれわかる?」

「んー?ああ、マギアストーン?」

「これね、まだへいきかなー?」

「まだ平気だよ。目印付けてー、動いたら大人に教えてあげな」

「はーい」


 手を引かれて向かった先は森に少し足を踏み入れた場所で、そこにあった大きな石を指さしてエルフの少女はシャムを見た。

 ただの石に見えるこれは、その実石なのだけれど少し特殊な石で、魔力を集めてため込んで、そのうち魔力を貯めすぎると魔物に変化するのだ。


 何か魔法を扱う時にこの石から魔力を持っていったりも出来る便利なものなのだけれど、魔物に変化されては面倒だ。

 この子は魔力がだいぶ溜まっているこの石を見つけて、まだ放置しても大丈夫か聞きに来たのだろう。


 純血のエルフは、体内に魔導基盤を持って生まれることがある。人間が持っていないそれは魔法を扱うために必要なものであり、人間は体内にないそれを魔導器をもつことで補う。

 この少女は純血のエルフであり、魔導基盤を持っている。


 魔導基盤を持つエルフは特に魔法への適性が高い。誰に習ったわけでもないのに、シャムに言われた通りに目印をつけてそれを保っていられるくらいには。

 シャムも魔法適性は低くないが、ハーフエルフと基盤持ちのエルフでは埋められない差があった。


「タミン、他の場所でもこれ見つけた?」

「んーん。これだけ。さがす?」

「いや、ないならいいのよ」


 いっぱいあるならお土産に一個くらい持って行ってもいいかと思ったけど、ないのならわざわざ探すほどでもない。

 魔物になる以外は便利な石だし、セルリアあたりは欲しがるだろうかと思ったのだ。


「シャム、がっこうたのしい?」

「楽しいよ!」

「わたしもいける?」

「……それは、長老とかに聞いてみないとかなー」


 年はあまり変わらないけれど、時間が経つごとに私の方が早く成長する。

 私はもう大人とほとんど変わらない見た目になって一人で村を出て学校に行ったけど、村にいる間ずっと一緒にいたこの子はまだ小さな少女の姿のままだ。


 話し方も行動も幼いままな、こうして私を大人の代わりに扱うようになった。

 分かっていたことだけど、エルフとハーフエルフでは同じ時間を生きられない。そして人間とハーフエルフも、同じ時間は生きられないのだ。


「……まだ考えなくていいかな」

「シャム?」

「何でもないよ」


 少なくとも、今考えないといけないことでないのは確かだ。心配そうに見上げてきた少女の頭を撫でて、元居た書庫の木陰まで戻ることにした。

 彼女も何か読みたい本があるのかついてくるので二人でのんびり移動する。


 元々読んでいた本を取り出して、魔法で高い所にある本を取り出している友人を見守る。

 彼女が失敗するとは思わないけれど、まあ何となく見てしまうのは仕方のないことだろう。

 なんて考えていたら書庫の扉が開いて、別の人が入ってきた。手を振ってすれ違い、開けていてくれた扉を潜って外に出る。


「シャムー」

「なーに?」

「うえのたなにね、ほんがふえたの。はざまのさきのおはなしだって」

「へぇー……タミンはもう読んだの?」

「んーん。みんなよみたがるからまってるの」


 この村は、エルフと人間とが暮らす村。エルフは元来知識欲が高く、エルフの村には大きな書庫や図書館があることが多い。

 そしてそこに新しく本が増えると、みなこぞって読みに来るのだ。


 エルフの村にない本を見つけるとつい買っていこうかと思ってしまうくらいには、皆新しい本に強い興味を示す。

 実際お土産にと買ってきた本はシャムの帰村と同時に書庫に運ばれていって人が集まっていた。


「タミン、次買ってくるならどんな本がいい?」

「んーとね、りゅうのほんがいいな」

「龍?ドラゴンじゃなくて?」

「うん。ぜんぜんないの。りゅうのほん」

「そっかー……じゃあ見つけたら買ってくるよ」

「うん!」


 なんだか珍しい本をねだられたような気がするが、村にない本となるとある程度珍しいものになっていまうのだろう。

 見かけることがあるかは分からないが、探してみるのは手間でもないしいいだろう。休日にみんなで街に出かけて本屋に寄ることも多いのだし。


 今後別の国なんかに足を伸ばすこともあるかもしれないし、どこかで一冊くらい見つけられるだろう。心配しなくても、エルフの時間は長いのだ。数年かかって見つけるくらいで問題ない。

 数年たったとしても、きっと彼女の外見は変わっていないだろうし。


「……あー、亜人の本ってどこにあったんだっけ」

「にかいのおくだよ。さんこめのたな」

「お、ありがとー」


 持ってきた本は早々に読み終わってしまったので、何か別のものを、と思って脳内に浮かんだのはリオンの姿。

 亜人の一覧本とかあるだろうかと思って呟くと、横から詳しい場所が囁かれた。


 きっと彼女はもう読み終わったのだろう。読んだことのある本は全て覚えているようなので、知っているということは読んだことがあるということだ。

 書庫の中に入って、まずは読んでいた本を棚に戻す。


 そのまま二階に上がって、三番目の棚を眺める。

 ここの管理をしているのは一人のエルフなのだが、そのエルフの感性に伴って本が収められているので、並び順がよく分からないのだ。


 ここの棚にあると聞いているから迷わず来ているけれど、いつもなら半日くらいは本を探しているだけで終わってしまったりする。

 まあ、ここにあると分かっていても棚一つ一つが大きいので結局時間はかかるのだけれど。それでも別にいいのだ。ハーフエルフの時間もそれなりに長いのだから。


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