56,とても豪華な湯沸かし器
カーネリア様とのお茶会の翌日、予定もなかったので庭で魔法の練習をしていたら森の方から足音が聞こえてきた。
この家を知っているのだろう足音を聞きつけたのか、横にコガネ姉さんが立っていて、足音の方をじっと見ている。
多分、姉さまの知り合いの人だろう。今日は誰か来るような気がする、と姉さまが言っていたから。
姉さまの来客予想はやけに正確だから、誰かしら来るのは知っていて外で魔法の練習をしていたので別に驚きはしない。
コガネ姉さんが言うには、独立する前から来客予想は正確だったらしい。
魔法ではないのにそんなことが出来るのが不思議だ、と姉さんも言っていたから、原理は謎のまま。
まあ便利だからいいじゃない、という姉さまの緩い考えを否定も出来ず今日まで来ているらしい。
「よいしょー……お、コガネくーん。やっほう」
「レプ。歩いてきたの?」
「まあね。ちょっとした運動代わりに。アオイちゃんいる?」
「居るよ。呼んでくるから、座ってて」
現れたのは、赤からオレンジのグラデーションがかかった長い髪に黄色と緑のオッドアイという非常に目立つ見た目の人。
今日は髪を一つに纏めているが、それでもまあ目立ち具合は変わらないだろう。
レプ、と呼ばれていたが名前はレラプというらしい。
私は数回あったことがあるだけだが、姉さまとは昔から知り合いだったはずだ。確か、姉さまのお師匠さんの友人、のはず。
「久しぶりー。セルちゃん私のこと覚えてる?」
「はい。お久しぶりですレラプさん」
「可愛い。はぁー可愛いわ。来てよかった」
こんな感じのゆるーい人だけれど、とても腕のいい魔道具の職人さんなのだ。
姉さまが持っている意味の分からないくらいの性能のものは、大体このレラプさんの制作物らしいし。
今回も、姉さまからの依頼で来たのだろうか。
いつもなら姉さまがレラプさんのところに出向いているのだけれど。
まあ、ものによってはレラプさんが来ることもあるのだろう。
「わあー!レプさーん!」
「お、アオイちゃーん。久しぶり」
「お久しぶりですー!」
家から出てきた姉さまが勢いそのままレラプさんに飛びついて、勢いよくぐるぐる回って着地した。
姉さまが昔の知り合いに会うとよくやるダイナミック再会の喜び。ちなみに命名はシオンにいだ。
「今日はどうしたんですかレプさん!」
「お届け物よーっと。はい、湯沸かし器」
「わあ。仕事が早い」
「……湯沸かし器?」
「そう!セルちゃんに持たせようと思って」
「流れるようにすごく甘やかされてる!?」
作るだのなんだの言ってはいたが、まさかこんなにしっかりしたものを渡されるとは思わなかった。
なんでそう、私に渡すちょっとしたものに対してそんなにお金をかけてしまうのか。
レラプさんの作る魔道具は質がすごくいいので、うん、まあ、なんというか、材料費もすごいのだ。
出来るだけ安価に作っていると言っていたし、事実出来るだけ安価な材料を使っているのも知っているんだけど……うん。出来る範囲には、限りがあるのだ。
魔道具は学校で少しだけ、一口というか半口くらいだけ齧ったので、ちょっとだけ分かる。
あれを完全に理解は出来ないだろうなと思うし、やろうと思ったら今から研究部に転入しないといけなくなる。
するつもりはないので、理解は出来ずに終わるだろう。
「はい、使い方の説明するよー。使ってるのはここの炎の魔石ね。分かると思うけど、これの色が薄れたら交換時期。んーで、ここから水入れて、ここを押すとちょっとしたらお湯沸くから。入れる水は魔法で作ったのでも大丈夫だよ。中に水を長時間放置しない様にだけ気をつけて」
淡々と言われる説明を頭の中で整理する。……うん。使い方は簡単だし、大丈夫だろう。
……まあ、簡単に使える、魔法で作った水でも使える、って簡単に言うけどそれを出来る道具を作るのは全然簡単じゃないんだよね。
あら便利―なんて呟いている姉さまはそれを分かっているのか居ないのか。
基本的に薬学以外の能力が低いのが姉さまの自他ともに認める特徴だ。
多分、分かっていないんだろうな。別に困らないからいいけれど。そのあたりの知識はコガネ姉さんが補うのが基本になっているので。
「凄いなあ。回路どうなってるん?」
「ま、色々小細工をね」
簡単に言っているけれど、その小細工が凄い技術なのだ。
この中で理解できるのはコガネ姉さんか、ウラハねえくらいだろう。
それでも何となく分かるような気がする、くらいのものらしいから本当にレラプさんは何者なのか分からない。
それを聞くと、皆笑って目を逸らすから多分何か言えないようなすごい人なのだろう。
あまり、深く聞きすぎると困らせるだろうかと聞かない様にして随分と経った。
こうやって会うたびに疑問に思うんだけどね。でも聞かないので疑問は疑問のままだ。
「レプさん、今日は泊っていくんですか?」
「いや、このまま街に出ようかなって。そのうち迎えが来るからそれまでね」
「なるほど」
つまりこの魔道具を届けがてらお散歩がてら、なのだろう。
魔物に遭遇しても問題はない、と言っていたのを聞いたことはあるから心配はいらないのだろうけれど、魔道具師ってそんなに強いものだっただろうか。
まあ何事にも例外はあるから何とも言えないが。
……あれだけの性能の魔道具を作れるのだから、魔物の撃退くらい道具でどうにかなるのだろう。
なるのだということにして納得しておこう。
「そういやセルちゃん、飛び方増えたんだって?」
「はい。空気固形化させるやつ覚えました」
「おお……流石優秀……」
頭を撫でられて、とりあえず身を任せているとしばらくしてレラプさんは離れていった。
この後街に行くと言っていたから、お茶をしていったりもないのだろう。
「そんじゃーね。バイバーイ」
「はい!今度は私が会いに行きますね!」
「ははは。待ってるよ」
「あ、レラプさん。ありがとうございました」
「いいのよ、お代は貰ってるし。じゃーね」
軽い足取りで長いグラデーションの髪を靡かせながらレラプさんは入ってきたのとは別の方向の森から出ていった。
あの方向だと、ヘリオトロープに向かうのだろうか。
最近行っていないから、ちょっとだけ気になるのだけれど。
休みが明ける前に一度行っておきたいと言ったら連れてって貰えるだろうか。
言うだけ言ってみよう。多分聞き入れてくれるだろうし。
……でも、大陸を越えて第三大陸のガルダまで行くと言っていたような気もするので、どうなるだろう。
ガルダは姉さまのお師匠さんのお店のある国で、姉さまが独立するまでいた国で、私の杖を作った店のある国で、クリソベリルのある国だ。やる事は、いっぱいあるだろう。




