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学び舎の緑風  作者: 瓶覗
55/477

55,楽しい庭園散歩

 選んだ本を抱えて庭園に戻ってくると、カーネリア様と姉さまは何やら大変楽しそうな談笑の最中だった。

 ……カーネリア様が笑いを堪え切れていなくて姉さまが顔を伏せている辺り、本当に楽しそう。


「……ふふふ……ああ……戻ったか……」

「はい、母上……大丈夫ですか?」

「なに話してたの?姉さま」

「うん、ちょっと、ふふっ……ちょっとね……楽しい楽しい未来構想、みたいな……っふ……」


 なんで未来構想で笑う要素があるのか。内容を問いただしたいけれど、このままでは二人とも何も言えなさそうだ。

 サフィニア様と顔を見合わせて、とりあえず持ってきた本を読んでいることにした。


 持ってきた本はイピリアの歴史書だ。魔法の使えないこの国の歴史が結構詳しく書いてある。

 まあ、王宮の書庫に収められているくらいなのだから当然かもしれないけれど。ともかく希少なものには変わりないし、こんなに気軽に読んでいいのだろうかと思いもするけど女王と王子の許可を得ているのだから遠慮せずに読んでしまおう。


「はあ……アオイが居ると退屈せんなぁ」

「いやいや、今回は私じゃなくてカーネリア様ですよ。なんで国外観光からああなるんですか」

「楽しそうだろう」

「楽しそうではありますね。すっごい楽しいでしょうね」

「ならばいいでは……っふふふふ」


 ……本当に何を話していたんだろう。カーネリア様が国外を観光する機会が近々あったりするのだろうか。それでその話を……?

 と思ったけれど、サフィニア様が目をぱちくりさせているからそういうわけでもないらしい。


 そういえば未来構想、とか言っていたし、そのうち観光したいね、くらいの話なのだろうか。

 ……いやでも、それであんなに笑う要素はどこに……?

 昔から話している時は楽しそうだったけれど、今回は特に楽しそう。話していた内容が気になって仕方ない。


「……ああ、そうだ。サフィニア」

「はい母様」

「お主が管理している一角をセルリアに見せてやれ。我とアオイは先ほど見てきた」

「分かりました。……セルリア、すぐに行く?」

「はい。……姉さま、笑いが収まらないならお茶は飲まない方がいいと思うな」

「ごっほ……うん、そうね……行ってらっしゃい……」


 お茶を飲んでいる最中に思い出し笑いでむせている姉さまの背中をさすってから、本を机に置いて立ち上がる。

 庭園の中を歩くのは好きだ。カーネリア様の気分や、その季節によって花が変わって何度見ても飽きることはない。


 ……それに、さっきカーネリア様はサフィニア様が管理している場所、と言った。

 前に来た時はやっていなかったはずなので、ここ半年で管理まで任されるようになったのだろう。

 楽しそうに先導する王子様を見上げつつ、世間話に興じることにした。


「サフィニア様は、どんな花を植えたんですか?」

「まだ育てやすいものしか植えていないよ。流石に、いきなり母様のようには出来ないから」

「カーネリア様は手間をかけてらっしゃいますよね」

「うん。庭園から出て来なさ過ぎて、周りが困るくらい」


 そういって笑ったサフィニア様は、別に困っていないようだ。

 まあ彼はこの庭園にも入れるので急ぎの用事があったら探しに来れるのだろう。

 改めてここの入室を許可されているというのはかなりのことなのではと思ってみたり。


「このあたりから、僕が手入れをしているかな」

「……サフィニア様らしい色ですね」

「そう?」


 カーネリア様はあまり植えない、色味の薄く株によって少しづつ色の変わる花々。

 ここにあっていない訳ではないし綺麗なのだけれど、手を入れた人が違うんだな、と分かる程度には周りとの違いがあった。


 カーネリア様の庭園は大輪の花が咲き誇る舞踏会のようだと思ったけれど、サフィニア様の庭園はちょっとした花畑のようだ。

 これが熟練度の違いなのか、単純な好みなのかは分からない。


「……これは……」

「ああ、それは薬草の一種。どうせなら育ててみようと思って」

「なるほど」


 そういえば書庫の増設部分に薬草関係の本も何冊か置いてあった気がする。

 まあ、薬草は大体生命力が強いので育てるのは問題ないだろう。どちらかというと、周りの草花まで侵食して育ってしまうことの方が問題だ。


「どうせなら毒消しも植えてみては?」

「それが、毒消しはどうもここの環境に合わないみたいで」

「……ああ、そっか。ここで育てようと思ったら木箱でも置かないといけなくなりますね」

「うん。だからどうするか考え中。セルリアはどう思う?」

「……えー……中身くりぬいた丸太でも置いてみますか?」

「……いいかもしれない」

「え。割と冗談だったのに」


 毒消し草と呼ばれている種類の草は、日陰を好んで育つ。

 それだけでなく、周りより少し冷えた場所の方がよく育つのだ。

 この庭園は温室なので、そのまま育てるには少し気温が高い。日陰を作ってその中だけでも少し温度を下げてあげるのがいいだろう。


 ……と、言うことで適当に丸太とか言ったのだけど、思いのほか気に入られてしまった。

 この庭園に横倒しの丸太とか……いや、サフィニア様管理のこの空間になら合いそうな気がする。

 なにせ森の中のお花畑感がある場所だし、むしろ雰囲気が出ていいんじゃないだろうか。


「セルリアは薬草にも詳しいんだね」

「いえいえ、そうでもないですよ」

「そう?普通は見分けのつかない薬の材料も見分けて持ってきてくれる、ってアオイさんが言ってたけど」

「見分け方を教わりましたから。家で育ててる分くらいならどうにか、って言うだけです」


 最上位薬師の姉を持ったのだからそのくらいはまあ、当然なのではと思っているけれど、もしかしてそうでもないのだろうか。

 ……でも、家ではずっとやっていたことだし。自由に飛べるようになってからはサクラお姉ちゃんとモエギお兄ちゃんの手伝いで家の木の実なんかを飛びながら回収したりもしていた。


 どの木からどのくらいどの実を、なんて口頭で言われるのを全部覚えて回収したりもしていたので、覚えようと思って覚えたというよりいつの間にか覚えていたのだ。

 気になった時に姉さまに聞いたりもしていたけれど、大体は家に生えているのを見て覚えた。


「そういえば、この庭園は木は植えないんですね」

「育てるのに時間がかかるし、どうしても人を入れないといけないから、って母様が言ってたよ」

「そんなに他人を入れたくないんですか」


 なぜ……と呟いてみるけれど、まあカーネリア様の安らぎの場だしな、と内心では納得してみたり。

 この庭園で一番背の高い植物はカーネリア様がかなり前に植えて育て続けている花なのだが、どんどん伸びてだいぶ大きくなっている。


 あの花をあそこまで育てられるのなら木くらい育てられそうな気もするけれど、まあ植える必要がないのも事実だ。

 サフィニア様が今後どうするのかが気になるところではある。


 そんなこんなで話しながら庭園内をぐるっと一周し、戻ってきたら姉さまたちの笑いもすっかり収まっていた。

 なのでお茶を頂きつつ本を読みつつ、私の学校の話だとか姉さまの仕事の話だとか、のんびりと話すいつものお茶会が始まった。


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