54,姉と母の楽しい会話
セルリアとサフィニアが庭園を去って行った後、残された二人はその後姿を見送ってから用意されたお茶を飲み、のんびりと会話を楽しんでいた。
元々こうして話すためのお茶会なので、他に誰が居ようが居まいが変わりはしないのだ。
「セルリアは年々他人行儀になるな」
「そうですねぇ。立場とか色々気にするタイプみたいで」
「……まあ、全く気にしない訳にもいかないだろうが……アオイを見て育ったならもっと自由に過ごすかと思っていた」
「もしかしてこれ、私が自由過ぎるって話ですか?」
気にしなくていいという言葉がただの建前ならアオイだってそれなりに気を遣うのだが、カーネリアがアオイに言った立場を気にするな、という言葉は心の底からそう思っているのであろう言葉だった。
なのでアオイも何も気にせずこうしてのんびりお茶を飲んでいるのだけれど。
思ったままそれを声に出すと、女王はどこまでも楽しそうに笑う。
こうして笑っている姿はであった頃から変わらないな、なんて考えているのはバレているのだろうか。
「アオイはそれでいい。そも、お主は気を遣う必要のない地位に上がったではないか」
「知らないですねー私はただの薬屋なのでー」
スッと目を逸らしてお茶を飲み、そのまま茶菓子にも手を伸ばして息を吐いた。
目の前の女王はどこまでも優雅に自分の好みではない甘みの強いお茶に口を付けている。
「そういえば、サフィニア様の婚約者ってどうなったんです?」
「居らんよ。……出来る限り、自由にさせたいとは思っているのだ」
「なるほど。じゃあ周りが勝手に囃し立ててるんですね」
「どこまで噂が広まっている?」
「城下町の酒場でちょこちょこ話題になるらしいですよ。また聞きですけど、まあわざわざ教えてくれたってことはそれなりに、ですかねぇ」
アオイには複数の情報収集手段がある。
基本的に町などで情報を拾ってくるのはトマリだ。フラッといなくなることがある彼は、イピリアに足を伸ばして酒場に来ていたらしい。
どこかに行っているのは知っていたのだが、何もなければ報告されないので声をかけられてちょっと驚いたりしつつ噂話の内容を聞いた。
何となく教えておこう、くらいの感覚だったらしいので、特別な意味などはないのだろうけど。
「サフィニア様、今年でおいくつでしたっけ?」
「十七になった」
「ならまあ、騒がれ始めますよねぇ」
「昔から多少はあったがな。ここ最近分かりやすく娘を連れて歩く者も増えた」
「あらあら」
運よくサフィニア様に会えれば、ついでに運よく娘が気に入られれば、とそういうことだろうか。
大変そうだなーというアオイの緩い思考を肯定するかのように、カーネリアは面倒そうな顔をした。
「カーネリア様の時はどうしたんですか?」
「先王の指示だ。モルモーとの外交的な意味合いもあった」
「ひえ。よく分からない難しそうな話だ」
カーネリアの夫は、第二大陸のモルモーという国の王族だった。
アオイも数回あったことがあるが、なんというか穏やかで優し気な人だったなーという印象だ。
政略結婚だったのだろうけど、カーネリアとの仲も悪くはない……というか良好だったはず、という記憶がある。
事実、カーネリアは夫が死去した後も自分の夫はその人だけであるとして他を寄せ付けることはなかったし、夫が死去してしばらくはアオイに茶会に来いと声をかける頻度が非常に多かった。
しばらくするとそれも落ち着いたので、きっと顔に出ないだけで寂しかったのだろう。
「サフィニア様って、異性の好み的なのあるんですか?」
「さてな……好んで横に置きたがるのはセルリアくらいだぞ」
「おや……?まさかセルちゃん気に入られて……はいますね。うん」
「昔から知っているのはセルリアくらいだろうからな」
それ友人的な感覚じゃないです?なんて声は無視されて、最終的には王族って大変なんだなーと緩い感想を零して終わった。
「そういえば、この庭園色味が変わりましたね」
「そうか?」
「はい。前より淡い色が増えた気がします」
「……流石、見ているものだな」
「お、当たりですか」
「ああ。奥の整備をサフィニアに任せ始めた。あれは色味の薄いものを多く植えているようだからな」
「好みの差ですねぇ。まあ、サフィニア様にはそっちの方が似合う気もします」
「我にはあまり似なかったからな」
「え、似てますよ」
そうか?と首を傾げたカーネリアは本当に自分と息子が似ているとは思っていなかったらしい。
確かに周りから見ればとても似ている血縁者同士が自分たちは似ていないと思っている、なんてことはよくあることな気がするけれど。
ついでにこの親子はどことなく内面も似ているので認識の違いにお互いびっくりしてしまった。
「……似ているか?」
「似てますねぇ」
「確かに髪色は同じだが……」
「いやそういうことではなく」
目をぱちくりさせたカーネリアは思ったよりびっくりしていたらしい。
若干混乱しているのか、眉を顰めつつお茶に口をつけている。
アオイも同じようにお茶を飲みつつ、庭園の出入り口に目を向けた。なんとなくだが、そろそろ二人が戻ってくる気がするのだ。
「カーネリア様」
「なんだ?」
「セルちゃんの魔法が見てみたい、っていつだか言ってましたよね」
「ああ。見れるものなら、見てみたいな」
「サフィニア様が王位を継いだら、カーネリア様は暇になりますかね」
「……ふっははは!ああ、そうだな。そうなったら、見に行こう」
「まあ、その前に見れるかもしれないですけど……」
完全に自由になどなれなくとも、多少の外出程度なら出来るのでは、と口にした空想は女王のお気に召したらしい。
心底楽しそうな笑い声の後に、いつ頃になるだろうかと算段を立て始めてしまった。
本当にやるつもりなのだろう。その頃にセルリアがどこで何をしているかは分からないが、あの子はきっとカーネリアからの頼みとあらば第四大陸に戻ってくるくらいはするだろうし。
何年後になるかは分からないが、案外出来そうである。
というか、彼女が見に行くと口に出している以上いつになるかは置いておいて絶対に実行されるのだろう。
カーネリアはそういう人である。絶対に出来ないことを声に出したことはない。
勝手に決めてしまったが、まあセルリアは根本的に魔法が好きなので見せるくらいはしてくれるだろう。帰ってきてからというもの、上空で日光浴をしていたりするくらいだ。
学校も楽しいとは言っているが、最初にやりたがった魔法が飛行だった子である。
昔から飛ぶのも飛ばすのも好きだったので、自由に飛べなくて多少の不満は溜まっていたのだろう。
リコリスの上空はヒソクがよく眺めているらしいので危険も多くはないし、セルリアは昔から飛び回っていたので飛行系の魔法に関しては複数扱える。
それなら好きにさせておくのが一番だろう。帰ってきている間くらいは、学校に行く前のように自由に過ごすのも悪くはない。……まあ、それは別にして連れまわすのだけれど。
と、そんなことを口にしたら女王に楽し気に笑われてしまった。




