53,刺されかねないあれこれ
王宮の長い廊下をのんびりと歩くサフィニア様は昔と変わらず私の話を聞きたがった。
カーネリア様もだけど、基本的に王宮の中で過ごしているからなのか外の話を聞くのが好きらしいのだ。まあ、私も知らない話を聞くのは楽しいからそういうことなのだろう。
「学校は楽しい?」
「楽しいですよ。過ごしているだけであらゆる感覚を育てられている気がしてきます」
「アオイさんが寂しがっていたよ」
「それは、はい……知ってます……」
ここでも寂しい寂しいと呟いていたらしい。
行っておいで、と快く送り出されたはずなのだが、それとこれとは別、ということのなのだろうか。
やりたいことがあるなら、思う存分やってきなさい、なんて微笑んでいたのに。
「サフィニア様は薬師試験、中級を受けられたんでしたっけ」
「うん。一回で受かってよかったよ」
「このまま上級を?」
「いや、しばらくは中級までの薬を全て作れるようにしようかな。……受けるときはフォーンに赴くから、見つけたら声をかけてよ」
「……私まだ刺されたくないから嫌です……」
「なんで?」
「サフィニア様は年々高まる自分の人気に興味を持ってください」
カーネリア様も結構な美人だけれど、流石息子と言うべきかサフィニア様もかなりの美形だ。
それに加えて絶賛成長期、ついでに剣の腕もかなりのもの。美形で強くて賢くて謙虚で優しい王子様、とか騒がれないわけがないので。うっかり外で話そうものなら後ろから刺されかねない。
「……僕にとって友人と言える相手はセルリアくらいなのだけれど」
「カーネリア様の部下のお子さんたちと話してたりするじゃないですか」
「あれは……うーん……やりたいこととか、分かりやすくて……」
「私も分かりやすいと思いますけどね」
「それはまた別だよ。……はい。ご所望の書庫ですよ」
「わあい。……いや、これも刺されかねん……」
流れるように招き入れられてしまったが、このやり取りもうっかり刺されたりしないだろうか。
この国の中でなければ正直ある程度どうにか出来るとは思うのだけれど、何せ私魔法使いなので。魔法が使えないのなら役に立たないのが私だ。身を守ることも出来ない。
「流石に、王宮内で襲われたりはしないよ」
「それは……まあ、そうですね」
「目の前で何か起こったら守るくらいは出来るだろうし」
「サフィニア様に守られたら余計に刺されそうな気がしますね。……こうなったら私も剣術に手を出すかぁ……」
お茶会に呼ばれるたびに怯えているのも面倒なので、どこかのタイミングで魔法以外にも手を出してみるのはいいかもしれない。何もお茶会だけではなく役に立つものだろうし。
とはいえ、まずは魔法に注力するんだけどね。剣に興味があったとしても魔法使いなのでね。
そこを間違えてはいけないのだ。
「よかった。お茶会には来てくれるんだね」
「まあ、呼ばれますし、姉さまも楽しそうですし」
「……母様に呼ばれるからじゃなく、友人に会いに行く、とかは駄目?」
「友人?」
誰だろうかと本を探していた目をサフィニア様に向けると、彼は笑顔で自分を指さしていた。
この王子様、昔から私を友人という枠に入れたくて仕方ないらしいのだ。それが嫌な訳ではないんだけど、ないんだけど……!
「刺される……刺される……」
「それは、誰に刺されるの?」
「サフィニア様、そろそろ婚約者うんぬん言われる歳になったんでしょう」
「そうだけど……友人ならいいんじゃないかな、なんて」
「女って怖いんですよ。本当に。刺すくらいしますよ」
ここに来る理由が私ではない方がいいのだ。なんて、思っていたりするので。姉さまたちがお茶会をするから、ついでに連れて来られて暇な者同士こうして喋っているくらいがいいんじゃないかと。
それが平和なんじゃないかと、そんな風に思っているのだけれど。
「……母様が呼ばなくなったら、セルリアはここには来てくれない?」
「サフィニア様は呼んでくれないんですか?」
「呼んだら来てくれるの?」
「姉さまを呼んでくださいよ。そうしたら私も連れられてくるので」
なんだか堂々巡りな気がする会話をしながら書庫を見て回っていると、なんだか気になるものを見つけた。本ではなく、壁に。何やら天井まで真っすぐ一本の線が伸びているのだ。
「……サフィニア様、書庫、広くなりました?」
「っふふ。うん。実はこっそり」
「こっそりの規模じゃない気が……」
いたずらがバレた子供のように楽しそうに笑った王子様を横目に書庫の増設部分に足を踏み入れる。
置いてある本は、薬師関係が多いだろうか。多分、サフィニア様が薬師試験を受けるようになってから本が一気に増えて、それで増設したのだろう。
ここの管理権は彼が持っていたはずなので、カーネリア様に言ったのか言っていないのかは分からないが書庫を大きくするくらい……できる……のかな?
いやでも、だってこれ部屋ごと大きくしているのだから壁を壊して新しく壁を作っているのだろう。
そんなに気軽にやっていいことではないだろうし、そもそもこの国では魔法が使えないのだからどれだけ時間がかかるのか。その間ここに本を置いておくわけにはいかないだろうから……
「いや何やってるんですか!?」
「あはは!」
心底楽しそうに笑うその姿はカーネリア様そっくりだ。
なんて思いつつ見上げていると、しばらく笑って満足したのかサフィニア様は壁に触れてまだちょっと笑っている声を出した。
「いや、冗談で言ったら誰も反論せずに工事が始まって……」
「冗談とか言わないと思われてたんですか」
「それでも、無理だと言われるかな、と思ってはいたんだよ。いやあ、やっと指摘してもらえた」
「カーネリア様も止めなかったんですか」
「楽しそうだな、って」
「ああああ……」
そもそも突拍子もないことをしがちなのは女王の方だった。
供もつけずに町を散策していたくらいなのだから、その程度では止まらないのだろう。楽しそうだからやってみよう、は家でもよくある事だったが規模が違う。
もしかして女王の無茶ぶりに慣れた結果のこれだったりするのだろうか。直接聞くのは流石に勇気が足りないので帰ってから姉さまに聞いてみようか。
なんて考えながら本を探す作業に戻る。
増設された場所にあった薬師関係の本は家にもある気がするので一旦置いておいて、ここでしか読めないような何かが読みたい。
そう思って増設部分から元の位置に戻り、目についた本に手を伸ばす。
高い所にある本に手が届かない、なんて思うのもこの国の中くらいだ。いつもなら届かなかった時点で魔法で運んで手元に引き寄せる。
どうしたものかな、なんて思っていたら後ろから手が伸びてきて私が取りたかった本を抜き取り、そっと差し出してくれた。
「違った?」
「あってますけど、そういうところですよ!」
思わず叫んでしまったけれど、叫ばれた本人は分かっていないらしくきょとんとしている。本当に、そういうところですよ王子様。
刺されるーというのはアオイちゃんが言っていたらセルちゃんが覚えてしまった使い方です。セルちゃんがいつもより緩い発言をしている時は大体アオイちゃんのせいです。




